4章 大会と大雨
第19話 生活と変化
「おらあ!」
大きな声とともにラケットで打ち放たれたボールは、一瞬のうちに青い卓球台の上を跳ねて後方へと飛んで行く。
「田中さん気合い入ってるな」
ようやく部活に出るようになった山田が汗を拭きながら話しかけてきた。まだ夜はあまり眠れていないのか、眠そうな顔をしている。
「もうすぐ高校最後の大会だからな、気合いも入るだろ」
高校卓球の団体戦はレギュラーが4人から6人。シングルス2つにダブルス2つだが、シングルスとダブルスは同じ選手が出てもよいので学校によってレギュラーの人数が違う。今度の大会はまだレギュラーを発表されていないが、いつも通りなら田中さんだけがシングルスとダブルス両方に出るから、レギュラーは5人だ。5人のうち俺と山田は2年生でレギュラー。責任重大だ。
「居住も山田も、調子は戻って来たみたいだな」
「すみません、ご心配おかけしました」
「頼むぜ、お前らが頼りだからな」
俺も山田も異世界関連でごたごたしていたので、田中さんにも心配をかけてしまっていた。最近は状況も落ち着いて、少しは部活に集中できている。
「去年は県大会も出場できてない。でも今年は山田も居住もいるし、居住の練習メニューでみんな強くなってるからな。いけるところまで行こう」
監督もいない弱小校だと、練習も自分たちで考える。去年の3年生は楽しくやる方針だったから練習の内容も試合形式が多かったが、ちゃんと考えて練習を変えると実力もついてくるものだ。
色々と考えて1年間やってきて、もうすぐその集大成だ。最近はごたごたしていたが、大会までは何事もないといいが。
* * *
家に帰るとユキメが袋に手を入れてごそごそと何か怪しげなことをしていた。
「あ、啓介様!お帰りなさい!」
こちらに気がつくとユキメがいつも通り元気に飛び跳ねる。
「だから、“様”をつけて呼ぶのはやめてくれよ」
「は、はい、そうでした。啓介さ・・啓介さん」
最近「啓介様」呼びをやめるように言っているのだが、まだユキメは慣れないようだ。
「で、何してるんだ?ずいぶん大きな袋だな」
「はい!この間、本国と通信した時に受け取ったんです。啓介さんも1ついかがですか?」
「これは・・・もしかしてダイダラス名物のどら焼き?」
「そうです!ご存知でしたか。名物のシンラ栗のどら焼きです。私の好物なので、ミラ様が送ってくれたのです!」
“ミラ様”はこの間の女の人か。ユキメがずいぶんと懐いていたな。
この「シンラ栗のどら焼き」は、たしか山田が間違いで異世界に飛ばされたときにお土産にもらってきたものと同じものだ。山田が「感動するほど美味しかった」と言っていたので気になっていたのだ。
ひと口食べる。
・・・。もうひと口。
・・・。・・・。もうひと口。
うまい。
「ユキメ、このどら焼き、いくつか貰って行ってもいいか?」
「はい、もちろんです!もとより、啓介さんやこちらでお世話になる方にお渡しするようにと言われているものですから」
「そうか、じゃあ琴寄や鈴木にも渡しておくよ。山田は・・・また混乱しそうだからやめておくか」
「はい!鈴木師匠にもぜひよろしくお伝えください。琴寄さん、というのは先日一緒にいらした女性の方でしょうか」
いつから鈴木が師匠になったんだ?ユキメと琴寄は何度か遭遇していると思うが、言われてみればまともに会話したことは無いのか。
「よろしければ、直接ご挨拶させていただいた方がいいでしょうか」
迷惑をかけている自覚があるのか、ユキメなりに気を使っているのだろうか。
「ああ、そうだな。琴寄には異世界関連のことも話してるから、特に隠さなくていいぞ」
「はい!了解しました!」
ユキメはいつもの通りニコニコとしているが、裏表のないユキメにしてはわざとらしくも見える。勘違いだろうか。
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