第94話 寝室(8)

「なんだ」

 暗い部屋に、リビングからの目映い光が流れ込んできた。


 おもわず目を細め、それから顔を伏せる。その私に、そう君の穏やかな声が降って来た。


「ほら」

 冷たい気配にいざなわれて、顔を上げる。総君が私の側に跪き、鳶色の瞳で覗きこんでいた。


 総君は手を伸ばし、私は頬を彼の両手で包まれていることに気付く。


 触られている感覚はないし、総君だって、触っている感触はないだろう。ただ、「触れたようにみせた」だけの仕草だ。


 だけど。


「やっぱり、可愛い」


 総君の手は、酔っ払って熱を持ったような私の顔に、とても心地よかった。

 火照りを醒ますように頬を包む彼の手から、逆に私の熱が彼に伝わったようだ。


 自分で「可愛い」と言っておきながら、彼のほうが照れて赤くなっている。


「目を見て、言いたかったんだ」


 目元も、耳も。

 それどころか首まで真っ赤になって。

 だけど、私の頬を手で包んだまま総君は目をそらさなかった。


「コトちゃん」

 名前を呼ばれ、私は「はい」と返事をする。


「大好きだ。だから、僕と付き合ってくれませんか?」

 真っ赤な顔で。

 改めて総君は告げる。


 数ヶ月前に、困ったように『多分、僕のことが見える適齢期の女性と言うのがそんなに居ない気がするのです。これもご縁だと思って……。その……』と、私に交際を申し込んでいた彼ではなく。


 顔を赤く染めながらも真剣な双眸を私に向けて、総君が言う。


「僕自身、一体いつ消えちゃうのかわからないのだけど。消えてなくなるその瞬間まで、僕の側にいてくれませんか?」

 微かに震える声で、だけど総君ははっきりと言い切った。


「……私でいいのね」


 総君の手を頬に感じながら尋ねる。

 例えこの気配がただの冷気だったとしても、確かに私はこの体に、彼の手を感じた。


「コトちゃんが、いいんだ」

 総君は断言した。


「私に触れないけど、いいのね?」

 再度尋ねると、総君の顎がぎゅっと張った。多分、歯を食いしばったのだと思う。


「きっとね。触れてしまうと、僕、願いが叶って姿が消えるような気がする」

 彼は困ったように笑った。


「だから、神様が工夫してくれたんだ。いつまでもコトちゃんの側にいられるように。コトちゃんの側にいても、満足できないように、きっとこんな工夫をくれたんだと思う」


「それは……」

 私は小さく噴出す。


「困った神様ね。それ、神様?」

 悪魔かも、と答えて総君も笑った。

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