第80話 テレビ前(4)

『え……。冴村さえむらさん、バイク?』 

 目を瞬かせて彼女を見上げると、『息子の』と顔をしかめて答えてくれた。


『夫が夜勤からまだ帰って来てないから、車が無くて……。まだ、大学行く前だったから、息子のバイクを奪って乗ってきた。住所は去年もらった年賀状で確認した』

 そう言って、手に持っていた紙袋を私に差し出す。


『ああ、年賀状』

 私は呟く。

 なんとなく、毎年惰性で職場のみんなに出しているのだけど、まさかこんな時に役立つとは。


『自宅に一人でいても不安だし、暇だろうから。差し入れ』

 冴村さんは、私からの電話を受けて、すぐに家を飛び出して来てくれたらしい。

 服装も随分ラフで、顔は化粧前だ。おまけに、冴村さんのデニムパンツ姿なんて初めて見た。いつものきちんと感溢れる服装も素敵だけど、こんな格好もまた似合っている。

 突き出された紙袋には、数枚のDVDと、コンビニスイーツがいくつか入っていた。


『局長には私から連絡をいれておくし、状況確認のために警察と情報共有するけど、いいか?』

 冴村さんに言われ、紙袋を抱えてただただ、頭を上下に振った。


『何かあれば、すぐにボラセンでも私のケータイでも鳴らして』

 すぐ行くから、と言われ、妙に安心した。そんな私の安堵に気付いたのか、冴村さんはにこりと笑いかける。


『じゃあ、鍵かけて。大人しく、ちゃんと家にいるように』

 冴村さんはそう言うと、ヘルメットをちょっと掲げて見せ、さっさと帰宅してしまった。


『……冴村さんが既婚女性で、コトちゃんがノーマルでよかった』

 ぼそり、と背後で声がするから振り返ると、こちらも珍しく、そう君が機嫌悪そうに眉根を寄せている。


『なんで?』

 尋ねると、むっつりとした顔で覗きこむ。


『コトちゃん。目がハートになってる』


 だって、カッコいいんだもん。

 そう言うと、更に総君は眉間の皺を深くした。


 その後も総君はなんだかぶつぶつ文句を言っていたけど、九時を過ぎて業者が来た頃にはいつも通りになっていた。


 思いのほか作業は早く、一時間程度で終了して業者が帰った頃を見計らい、私は総君を促して冴村さんが持参してくれたDVDを一緒に見ていたのだけど。


 良く考えれば、昨日は徹夜だったわけで。

 アメリカ製の派手アクションが売りな映画だったのに、気付けば眠っていたらしい。


「これ、息子さんのDVDかなぁ。ってか、大学生、って言ってたね」

 ラグの上で足を崩した。

 いつもの部屋着姿だ。業者が帰った途端、もう楽な格好を選択した。


 床に放っていたDVDパッケージを手にとり、表紙の写真を眺める。数年前に話題になった映画だった。


「そう言ってたね」

 私が持つパッケージを横から覗き込みながら総君が答えた。ふわり、と冷気を感じるけど、影はない。


「冴村さん、四〇歳だよ。一体いくつの時に産んだんだろう」

「大学一年生だったら十八でしょ? だったら、二二歳の時には産んでたんだろうから……」

 総君が指を折りながら計算する。私は感嘆の声を上げた。


「じゃあ、二一歳の時には、お腹の中に子どもいたのかなぁ。いや、ちょっと待って。一年生の場合は、でしょ? もし4年生とかだったら……」


「十七とかに産んでる計算?」

 総君が首を傾げ、私は「ひえ」と声を上げた。


「そんな若い頃から、ちゃんと恋愛して、結婚して、その間仕事もして……。なにそれ」

 おもわずため息がこぼれ出る。


 私は来年三〇になるというのに、冴村さんが持っているものを何ひとつ手にしていない。

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