第49話 正田宅(9)

 やっぱり、嘘なんだろう。


 私はひっそりと息を吐き、領収書とボールペンを引き取ってバッグに片づけた。たたきに手をつき、そして立ち上がる。


「めがねの購入については、私のほうから雅仁まさひとさんのケースワーカーに申し送りをしておきます」

 不貞腐れたように私をにらむ雅仁さんにそう言った。


「正田さんに身体的、精神的な虐待の兆候を見つければ、正式に訴えますからね」


 正田さんはまだ社協のデイサービスを週一回利用している。職員にも「何か変化があれば連絡してください」と伝えておこう。心の中でそう決めた。


「それではまた来週。この時間に生活費を持って伺います」

 彼から視線を外し、正田さんにそう声をかけて背を向けた。


 背後には総君がいて、安堵したように微笑む。私も少し笑って見せた。気の弱い総君には刺激が強すぎただろうか、そう思ったときだ。


「おい、あんた」

 雅仁さんが私の背中に声を投げつけてきた。


「なんですか」

 あんた、という名前のつもりはないが、溜息をついて振り返ってやる。


「あんた、最近男が出来たんだな」

 顔をしかめるようにして笑う雅仁さんの言っている意味が、良くわからなかった。


「……は?」

 思わず尋ね返すと、粘着的な笑みを浮かべて私を眺める。


 正直。

 その視線に、怖気が走った。


 どれだけ怒鳴られ、凄まれてもなんともなかったのに、その好色でまとわりつくような視線に鳥肌が立つ。


「結婚してねぇんだろ? 同棲か? それともお泊りに来ただけなのか? やらしいな、お前」

 雅仁さんに、にたにたと笑われ、顔が歪む。


「全くもって意味が分かりません。失礼します」


 そう言い捨てて、私は玄関を出た。

 後ろ手に、叩きつけるように扉を閉める。

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