ヨグイリディアの根の魔剣
石畳で綺麗に整備された道を、一組の青年と少女が歩いています。
青年の背には大きな布袋が下げられていて。その中から、歩を進める度に金属同士が擦れるような音が鳴っていました。
刃物に携わるお店が並ぶ通りを歩いて、しばらく。一軒の鍛冶屋の前で立ち止まると、青年はその扉をノックします。
やや間を開けて、中からは一人の老人が出てきました。白い髭を持った、威厳のある佇まいの老人に、青年は丁寧に頭を下げます。
「お久しぶりです、師匠」
「……モルガと、ノノちゃんか。セフィナはどうした?」
「今日は留守を任せてます、今日は──」
師匠に、見て欲しい剣があって。
と、モルガと呼ばれた青年が背負っていた袋を下ろすと、老人は逃げるように一歩後ろに下がって。中から見えた剣が数本ある事に気がつくと、震える足を止めるように手を添えました。
「……これは?」
「えっと……あの剣を作る前に打った剣と、最近作った剣です。倉庫の整理の際にしまいきれなくなりまして……師匠に差し上げたいな、と。商品としての出来は保証します」
剣を受け取った老人は、やや警戒しながらも、鞘から引き抜いて刀身を見ました。
そして数度何かを確かめるように頷いたあと、どこか呆れたような顔で、
「……これを商人に流してみろ、うちの新参が作った剣が手抜きだと思われる……地下の倉庫で保管して置こう、良いな?」
「はい、ありがとうございます」
言いながら、老人は剣を鞘に戻します。
それを見たモルガが、その場から去ろうとして。その背中に、一声。
「また、剣を作る気になれたんだな」
「……はい、色んな人のおかげで」
「そうか……頑張ったな」
そのどこかぶっきらぼうな言葉を聞いて。
「……親子で、同じこと言ってますよ」
モルガは一度振り返り、静かに頭を下げるのでした。
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「ししょー、泣いてる?」
「……泣いてない」
セフィナへのお土産を探す道中、隣からふとそんな声が掛けられて。表情を見せないためにそっぽを向きながら、僕はこぼすように返事をする。
「良かったね──っていうのも変だけど……ちゃんと泣けるのは、いい事だと思うよ? ししょー」
「だから泣いてないって……」
ちらりと視線を向ければ、ノノは楽しそうに微笑みを浮かべながら、こちらの様子を伺っている。
それがどうにも悔しくて、僕は話題を逸らすように僕は広場の方へと指先を。
「ほら、なんかあっちの方が騒がしいし、お祭りでもやってるのかも。行ってみるか?」
「ふふっ、ししょーがそういうのならっ」
白髪を揺らしながら、ノノがにやにやしながら前に躍り出る。
……まあ、楽しいならいいか、と。そんなことを思いながら、僕たちは共に歩みを進めて。
「──いいから! 魔剣の錆になりたくなけりゃ、その剣を寄越せって言ってんだよ!」
変に話を逸らしたことを、すぐ後悔することになった。
騒ぎの中心、みんなの視線の中心にいたのは、いかにもといった風貌の粗暴な男だった。手には、奇妙に捻れた剣を持っている。どうやらあれで店員を脅しているらしい。
「……ウルムケイト、持ってくるべきだったかな」
「でも、ししょー」
あんまり、こういうゴタゴタに関わりたい方では無いけれど。魔剣絡みなら話は別だ。重みのない腰付近に手を添えながら考えていると、横からノノが裾を引っ張ってきた。
「あれ、多分魔剣じゃないよ」
「なるほど、騙りか」
魔剣であるノノが違うの言うのであれば、それで合ってるのだろう。
魔剣を騙る、というのはそこまで珍しい話でもないらしい……が、この国でそれをやるのは相当だ。直近まで魔剣を収集する組織があったことは知らないのだろうか。
……まあ、魔剣ではないのであれば、自警団で取り押さえられるだろう。問題はどうやってそのことを伝えるかだが──。
「お前も知ってんだろ? 魔剣を作れる鍛冶師がこの国から旅に出た話……俺の剣はな、そいつに作らせたんだよ!」
と、脅しの信憑性をあげるためか、男がそう付け足して。その広場にいた何人かの視線──今脅されている店員も気づいてたのか、それが僕の方に向かう。
……なんで、こんなに間が悪いのか。自分以外に集まる視線に男も気づいたのだろう、こちらの方を向いて近づいてくる。
「……ノノ」
「任せてっ、ししょーに作ってもらった剣として……あんなパチモノには負けられない……!」
少し対抗意識のようなものを燃やすノノが1歩前に出て。
「そこのガキども……何見てやがる、何もんだ!」
一つ、息を吐く。
大丈夫、今ならもう、ちゃんと言える。
「魔剣の研ぎ師で……鍛冶師だよ。あんたに打った覚えはないけどな」
男が、一瞬呆気に取られる。
その隙に、ノノが駆け出して──突然地面から飛び出した根が、男の体を縛り上げた。
「えっ、ししょーこれなに!?」
驚いたノノが、まさか私が? と言いたげに自分の手を見つめる間に、縛り上げられた男の後ろから、一人異国の装いに身を包んだ人物が姿を現した。
その手には、先端が鞭のように曲がったレイピアの様な武器……恐らく、魔剣。
「失礼、怪我でもされたら困りますので」
……まさか、あの男も。魔剣の鍛冶師も魔剣本体も、たまたまここに集まることになるとは、思ってなかっただろうな。
「魔剣の研ぎを依頼したいのですが……話を聞くに、あなたが研ぎ師ということで、よろしいか?」
「はい……あちらの方と違って、嘘は付いてませんから」
半ば根っこの塊みたいになっている男に、内心両手を合わせながら。
「あなたの魔剣、完璧に研がせて頂きます……少し、山奥まで歩くことにはなりますが」
新しい客に、笑顔で応対するのだった。
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