3.待ち人~お別れ?3~
「私も、冬馬くんがいてくれて本当に助かっていますよ」
「俺はもう、その言葉が聞けただけで十分です」
「……え?」
「喫茶リリィがなくなっても、ここで過ごした思い出は絶対に忘れません! あと、店長とアルバイトという関係じゃなくなっても、たまには連絡してもいいですか?!」
これからもつながっていきたいけど、まだ告白するには早い。悩んで迷っだ結果選んだ言葉がこれだった。俺としては勇気を振り絞って伝えたんだけど……肝心のさゆりさんはぽかんとしている。
「…………えっと、冬馬くんは何の話をしているのかな?」
「だから、さゆりさんが店を閉めても、これからも仲良くしてほしいってことですよ」
「私、お店を閉めるつもりは一切ないですよ?」
「え? だって、お父さんに会う目的は達成したじゃないですか」
「ああ、そういうことでしたか」
さゆりさんは何か納得したようだったけど、俺はさっぱりわからない。ただ、先走りすぎた感じはする。もしそうだとしたら、なんて恥ずかしいことを言ってしまったんだだろ。
「たしかに一番の目的はそうでしたけど、このお店は母の形見のようなものなので、手放すわけないですよ。それに、以前小林さんがいらしたときにも話しましたけど、このお店で働くのって、とっても楽しいんです。素敵な人たちにたくさん出会えましたしね」
「でも、お父さんはいま違うところに住んでいるんですよね? 離れ離れのままでもいいんですか?」
「ああ、それなんですけどね。お父さん、今の会社を早期退職して、ここに引っ越してくれるみたいなんです。もう同じ過ちは繰り返さないって意気込んでいました」
全身の力が抜けていくのを感じて、近くのカウンター席に腰を下ろした。なんだ、さゆりさんお店をやめるつもりないんだ。お父さんもこっちに来てくれるなら何の問題もない。
俺の居場所は、変わらずここにある。そう思ったらほっとして、大きなため息が出た。まったく、鈴木のおっさんが不安をあおるようなことをいうからだ。
「はあ、良かったー。なくなるかもしれないって思うと不安でたまらなかったっす」
「ふふ、それだけこのお店を好きでいてくれているのですね。やっぱり、冬馬くんにアルバイトにきてもらってよかったです」
「……それなんですけど、お店赤字なのに、俺を雇ってほんとうに大丈夫ですか? たぶん、大学までずっと居座りますよ」
「もちろん、問題ありません。実は、あまり人には言っていないんですけど、副業でがっつり稼いでいるから大丈夫なんです。これ、秘密にしてくださいね」
「ふ、ふくぎょう?」
さゆりさんは人差し指を唇に当てていた。すげー色っぽい仕草で、見てるこっちが恥ずかしくなる……って、そうじゃなくて。今、さゆりさん“副業”って言ったよな?
毎日朝から夜までこのお店にいるのに、いったい他に何の仕事をしているっていうんだ。しかも、相当稼いでいるらしいし。深夜から早朝の間に稼げる仕事ってことか? それって、つまり……夜のお仕事?
「さ、さゆりさん、副業って何をしているんですか!?」
「それは秘密です」
「秘密って、まさか、言えないことをしているんじゃ……」
「少なくとも、冬馬くんが想像しているようなことじゃないですよ」
さゆりさんは箒を手に持ったまま、店の入り口まで歩く。
「時間があるので、外の掃き掃除をしてきますねー」
「ちょ、ちょっと! 勝手に通常営業に戻らないでくださいよ」
返事の代わりに、ドアの閉まる音が店内に響いた。大きな心配事が解消された代わりに、違う悩みがまた俺を悩ませる。でもまぁ、こうやって悩めるのも、このお店があるおかげだ。
「……ま、今日もいつも通りにがんばるか」
さゆりさんの副業は非常に気になるけれど、気持ちを切り替えて開店準備を進めることにした。
――とある商店街にある、小さくて目立たない喫茶店。いつも満席というわけではないけれど、お客さんが途切れることのない不思議な店。
その秘密は、美人で優しい店主が、心から楽しんで客をもてなしているからだ。
この店が魅力的な理由はもうひとつある。それは、人と人を繋ぐ場所であるということだ。
店員と客が会話を楽しみ、ときには客同士で助け合い、新しい出会いを生み出すこともある。ときには恋が芽生え、またあるときには家族の絆を再確認する場所。
それが喫茶リリィだ。
喫茶リリィは今日も営業中。
お店を見つけたら、ぜひ、一歩踏み出して、そのドアを叩いてほしい。香り豊かなコーヒーと、宝物になるなにかが待っているはずだから。
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