4-2
彼女は優秀なパイロットだ。こちらの援護射撃に気がついて即座に反撃に転じた。僕は最後にスモークを焚こう。
「煙草を喫っても?」
「え、あ、いいですよ、どうぞ」
思わず答えた社長の隙に、ミモリは身を乗り出した。
「今回の改修は、確かに民間の郵便機のものですが、製造ラインの観点から比較的新しい部品を発注しました。最前線の戦闘機の部品とは互換性はないけれど、連絡機の一部とは共通している……だから、在庫が軍に取られて、うちに来ていないのですか?」
「いや、そういうわけではない」
外面は平然としているが、僕が煙草に火を点けている僅かな間に、形勢は逆転。ミモリは畳みかけた。
軍用機と民用機は、一般的には使用する部品の精度も規格も違う。けれど、それでは製造ラインをいちいち別に作らなくてはならなくなるから、そこまで先鋭化する必要のない部品は規格を共通化していることが多い。さすがに戦闘機ともなると、ねじの一本から規格が違うことがほとんどだけど、そこまでの性能が追求されない連絡機や哨戒機などは、結構民間の部品を流用している。そうすることでコストが下がるし、部品の調達も早くなるからだ。
「そんな情報、こちらには入っていませんよね。大企業、特に軍事野のお仕事は、必ず組合を通す決まりですよ」
「いや、そちらの想像でしょう? そんなもの、我々は知らない」
「じゃあどこなんですか。どこに納品して、うちに部品を回せなくなったんですか」
「それは守秘義務がですね」
「では、こちらも勝手に想像します。守秘を盾にするということは、そういう想像をされても仕方が無いということです。嫌なら喋れという意味ではなく、わたしは上司や協力会社を納得させるためにそうせざるを得ません」
ミモリの顔が険しい。僕は内心、へえ、と思いながら、煙草を吹かす。
そんな顔、するんだ。
からかって拗ねた時のような、子供っぽい怒り顔ではない。
冷静に自分をコントロールしながら、それでもポーズとして(本心はどうだか知らない)間違いなく怒りを表現している。
同じ怒りでも、こうも違うものなんだな。僕には理解出来ない。僕にとって怒りというのは、どれも同じだ。理不尽や不条理、汚いものへの嫌悪から来るそれ。全部に対して思う。ぶっ殺してやりたい、ぶん殴ってやりたい、機銃をぶち込んでやりたい。
でも彼女のそれは場所によっていろんな使い分けがある。異なる機銃を複数積んでいるみたいだ。
「ご存知の通り、軍という大型発注ともなると、組合を通して入札を行うのが決まりですよね。でも、少なくとも御社が最近、そんな大型入札に参加したという情報は入ってないです。入ってないから、在庫がないのはおかしいと思って私が来たんです。もし軍からの発注を組合に内密で請けたのだとしたら、それは組合の連携を踏みにじる行為ですよね」
「証拠は何もない。憶測でものを言わないでもらおうか」
今まで取り繕っていた顔が、拒絶を示すものに変化する。答えを言っているようなものだ。
「調べればすぐに分かります。組合を通して調査すれば、すぐにでも。つまり取引先に同意を得て、在庫の流通を調べればいいだけです。すぐに分かる。御社は組合から弾き出されますよ」
「脅す気か? シマの孫だからって、大目に見るのは限度がある」
「誠実に対応してくださいっていう話です。飛躍しないでください。そもそも、在庫不足を理由に価格設定を吊り上げようとしたのはそちらです」
「別に吊り上げようとはしていない」
「繰り返しますが、誠実に対応してください。建前はこの際、要らないんです」
「ないものは、ない。それは仕方のないことだ」
「言い直しましょうか。本当に正当な理由であるなら、私は引き下がったんですよ。でももし、軍との取引がその理由だというなら、ルール違反をしているのはそっちです。何なら軍事企業に片端から連絡して確認を取ったっていいんです」
「大企業に逆らうと? それこそ零細企業は相手にされない」
「正確には、そのポーズで十分ですよね」
ミモリは声の抑揚を実に巧みに使った。つまり低く怒りのトーンを維持したまま、しかしよく通る声を意図的に出したのだ。そしてその効果は絶大なものだった。
社長の顔色が明らかに悪くなる。
「企業軍にしてみれば、工場の生産ラインの情報はどんな些細なことも漏らしたくはない。なのに、私たちのような零細企業にそれがばれたとなれば、当たり前ですけど、軍は御社との取引を白紙に戻すでしょうね。そして組合からも弾き出されたとなれば……この会社、保つんですか?」
形勢は明白。背後を取ったミモリが、いつでも相手の機体に機銃をぶち込める状態だ。相手は降参するか撃墜されるか、どちらか好きな方を選べる。まあ、その二つしか、選べないのだが。
自由に選べるよと示された選択肢が、実はごく限られたものでしかない。そんなのはいつものこと。
示された選択肢の外を選ぶと、はい、そこで道が途切れている。崖からダイブだ。翼を持たない僕達は、下に向かって墜ちていくか、無理からにでも翼を生やして飛ぶしかない。これもまた制限された選択肢。
でもまあ、そのこと自体はそんなにたいしたことじゃないんだ。僕がただ愚かしいと思うのは、選択肢を用意して、にやにやしながら、さあ、好きな方を選べと言っている側の人間が、突然そのコルクボードをひっくり返して自分に突きつけられると、途端に狼狽するということ。自分が選択させられる側に立つなんて、想像すらしていなかったに違いない。その姿の滑稽さと来たら。本当に見ていられない。
僕は脂汗を流す社長から目を逸らした。
誰だって、穢らわしいものは見たくない。
逸らした先にミモリの顔。
彼女はぎりぎり、汚れていない微笑を浮かべた。
「考え直して頂けるなら、この辺のお話、あたしの胸に仕舞っておいてもいいんですよ」
彼女はゆっくりと、組んでいた手指を解いて、ぱっと開く
「爺ちゃんの、よしみですから」
どうやら僕の相棒は、営業としても優秀らしい。
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