第11話 修復

 サーモバリック王国王都 ウォールアイシティは実に広大である。

 城の食堂での食事は危険なので、私は魔法で姿を少しだけ変え、マルスに護衛を兼ねたマリーと愉快な仲間たちと共に、食事は街中の適当な食堂で食べる事にした。

 同じ食堂には足繁く通わない、高級店は避ける、ガラの悪すぎる店は避ける……結構難しいが、まあ、やれば出来るものだ。

「ほー、こんなメシがあるとは……」

 ズゾゾゾっと麺をすすりながら、私はこそっとつぶやいた。カウンター席しかない狭い店内には、私たちだけしかいない。カウンターの向こうではドワーフのオヤジが、一心不乱に寸胴鍋に取りかかっている。ちなみに、ドワーフとエルフはあまり仲が良くない。人間年で約一千年前の戦争のせいだ。

「……おかしいですね。ここは行列が出来るほど、大繁盛している店のはずですが」

 微かな声でマリーがつぶやくと、オヤジの耳がピクリと動いた。

「ああ、あのエルフの姫さんが王子と結婚してからこうだ。異種族排斥の機運が高まっている……」

「……」

 私は静かに目を閉じた。そう、人間とはこういう生き物だ。分かってはいたが……ちょっと来たかな。私は一気に丼の中身をすすり込み、財布から金貨を取り出してカウンターに置くと、外に駐めてある馬車の荷台に飛び乗った。ピカピカの王家用ではない。使用人が使う普通の荷馬車だ。

「はぁ、全く……」

 自分が打撃を受けるにはいいけど、関係ない場所で被害が出るのは勘弁願いたいわ。マジで。

 すぐさま他の面子も出てきた。一様に心配そうだ。

「なに、合わせなくて良かったのに……」

「そうはいかないですよ」

 代表してマルスが言った。

「いや、全くまいったね……国民に迷惑かけたら、王族としてどーよ?」

 ため息しかでない。はぁ。

「ミモザが悪いわけでは……」

「本心からそう言える?」

 マルスの言葉を遮って、私は少し意地悪な事を言ってみた。思わず苦笑してしまう。

「そ、それは……」

 瞬間、侍女軍団にボッコボコにされるマルス。うむ、貧弱では嫌だ。たくましく育てよ。

「さて、その集団暴行が終わったら帰りましょうか」

 はぁ、どうしたもんかねぇ……。

 当然ながら、答えるものはいなかった。


 城内で安全な場所は、マリーが支配する私の部屋がある区画だけだった。

 国王様も対応に苦慮しているようだが、私とマルスの結婚が引き金になった、街中での異種族排斥の動きは、どうにも止めようがない様子。

 恐らく、今まで鬱積していたものが一斉に出ているのだろう。まあ、異種族を気持ち悪いと思うのは、私も理解出来るけどね。これは、心の根源にあるのでいかんともしがたい。

「しょうがない。体を張るか……マリー、外出着!!」

「えっ、なに考えてるの?」

 なにか、恐ろしいものでも見るかのように、マリーがこちらを振り向いた。

「こそこそ引っ込んでても解決しないわよ。堂々と街中を歩いてやる。背中はあなたに預けたわ!!」

 私は壁に立てかけてあった杖を持ち、クルクル回して見せた。もちろん、攻撃するつもりはない。単なるお守りだ。

「わ、分かった。全く、何を考えているんだか……」

 ブチブチ言いながらも、マリーは素早く服を持ってきた。ささっと着替えて城を出ると、ギョッとしたような街人の表情が並んだ。フン!!

 特になにもなく歩いていくと、お約束の玉子攻撃。杖で叩き落として回避。何が起きるか分からないので、私の索敵能力は極限まで高まる。滾るじゃねぇか。へへへ……。

 頭上からの汚水攻撃は結界で避け、どこからか飛んできた矢はパシッと片手で掴んでへし折る。本気出せばこんなもんだ。

「どうしたの、あなたたち。こんなもんじゃないでしょ? 不満があるヤツは掛かってこい。徹底的にやりあおうじゃないの!!」

 思い切り声を張り上げた結果……誰もこなかった。私がこんな行動に出ると思わなかったのだろう。思い切りビビリまくっている。

「なによ、へたれね。ネチネチやってるんじゃないわよ。護衛を一人だけしか連れていない、アホな王女一人相手にビビってるくせに、気持ち悪い……」

 その時、群衆の中から手に長剣を構えた男が二人飛び出してきた。連携もなにもない、ど素人の動きだったが、私は両手を広げてノーガードでそれを受ける……その刃は私の体に当たる寸前で止まった。

「ど、どうして?」

 「男1」が信じられないものでも見るかのように、私に視線を向けた。

「国民の不満を聞き、それを体を張ってでも正面から受けるのが王族の努めでしょ。税金を取っているのはこのためよ。当たり前の事を言わせないで」

 私は小さく笑みを送った。

「……マジかよ。イカレてやがるな」

 誰かが小声でつぶやいた。悪いが耳はいい。

「ああ、イカレてる。今までにいない王族だ」

 そして、誰かが拍手を始めた。それは、あっという間に拡がり、私はこの国にきて初めて歓声を聞いた。

 広いとはいえ所詮は街の中の事、このプチ武勇伝はあっという間に拡がる事になるのだが、その前に一つ事件が発生した。

 大歓声に水を差すように、緊急を告げる警鐘が鳴り始めた。

「マリー、行くよ!!」

 もたもた歩いている場合ではない。私は彼女を抱えると、「飛行」の魔法で一気に街壁の上に移動した。

「何事?」

 そこにいた若い兵士を捕まえて聞いた。

「魔物の集団です。恐らく、ゴブリン。何度も来ています!!」

 見るとほど近い所に土煙が上がっている。ふむ……。

 ゴブリンとは小型の亜人で、徒党を組んで悪さをする面倒な魔物だ。こういった街によく襲撃を仕掛けてくる。

「隊長は?」

「すでに壁の外です。迎撃隊の編成をしています!!」

 ざっと壁下を見ると、門の所に二十名ほど兵士が固まっていた。よし!!

「ありがとう」

 兵士に礼を述べてから、私はマリーを抱えて再び空を飛び、兵士の集団の前に降り立った。

「ひ、姫!?」

 さっきの若い兵士は気が付かなかったようだが、さすがに隊長は気が付いた。声が裏返っている。

「話しはあと、作戦は?」

 私は杖をくるっと回して地面を叩き、隊長に聞いた。

「は、はい、敵は集団で一丸となって突っこんで来ています。そこで、中央からの突撃隊で切り崩し、左右の別働隊で挟み撃ちにしようと考えています」

 地面にカリカリ絵を描きながら、隊長は説明してくれた。ここは私の本分ではない。作戦に口を挟む権利はない。

「了解。では、中央突撃隊に兵士の一員として参戦します。出来れば先頭近くで」

「はい?」

 隊長が固まった。

「迷惑なのは分かっていますが……。ここ最近、色々とストレス溜まっているもので……言い合いをしている暇はありません。行きましょう!!」

「は、はい。全隊、掛かれぇ!!」

 ズドドド……と二十人ちょっとの迎撃隊が動き出す。

「ねぇ、マリー。この戦いが終わったら結婚しよう」

 すぐ後ろを走るマリーがすっこけそうになった。

「な、なにお約束言ってるのよ!!」

 珍しく思い切り赤面しながら、ツッコミを入れる彼女。

 まあ、冗談と理解してくれて助かったが、滅多な事を言うものではない。

 アホな事をやっている間に、ついに接敵した。茶褐色の皮膚に醜い顔。ゴブリンだ。

「うぉりゃあ!!」

 こんなヤツらに魔法は不要。杖でボコって倒していく。

 戦闘内容について特筆することはない。ただ杖を振り回していただけだからね。あはは。

問題は、この後だった……。


「いやまあ、人気が出たのはいいけど、さすがに……」

 私の株価は急上昇し、異種族排斥気運もそれとなく消えた。これはいい。

 しかし、それと引き替えに、マルスの株価が大暴落してしまったのである。奥さんに任せて、自分は城に引っ込んだままの臆病者として……。

「……」

「おーい、返事してくれぇ」

 私が勝手にやった事。これがいけなかった。なんでマリーだけ連れていったのか、今では大変後悔しているのだが……。

「そんなにマリーが好きなら、僕じゃなくてもいいじゃん……」

 ええい、いじけるな!!

「いや、好きとか嫌いとかそういう話しじゃなくて……」

「じゃあ、どういう話し?」

 うわぁ、めんどくせぇ!!

「あの、実は求婚されたのですが……」

 マリーがニヤリと笑う。てんめぇ!!

「ほら、やっぱり。いいもん、僕一人で……」

「うっ……」


 こうしてまあ、なんとなく事件は解決したのだった。一部を除いて……。

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