オンステでやることじゃない、とおもうんです(1)
これまでの経緯は簡略化して、状況だけを説明する。
剛くんは真面目な顔で聞いてくれて、それから、ぼそり、と言った。
夢と魔法って、キャストにもかかるんっすか?
――うん、そこはわたしにも、答えられない。
◆
翌日。
本当は昼入りだったわたしとマキちゃんは、早朝から部署部屋にいた。
――花ちゃん、結局昨晩帰ってこなかったから。
そして何より。
鍵を、あっちに渡してしまったせいで、わたしたちから迎えに行く術も、なくなってしまったから。
花ちゃんはひとり暮らしだし、今日はオフなのでたぶん騒ぎにはならない、けど。そーゆー問題では、ない。
わたしとマキちゃんは、二人そろって頭を抱えていた。
「……どーしましょ……いやほんと、どーしたら……」
「鍵と衝撃は……状況から分かってはくれたと思うんです、けど……」
で、帰ってこれるかというとそれはまた別問題な気がする。なにせわたしも、あの世界で一瞬鍵をなくしかけているのだ。
そして何よりも問題なのが、今回あちらの世界が『ふしぎの国のアリス』である、ということ。
シンデレラや白雪姫はまぁ、まだいい。
いろいろアレではあったけど、秩序はあった。少なくとも、言葉の分かる人物はいた。けど。
秩序ないもん、アリスの世界って。
サイケデリックでシュールでカオス、が持ち味の世界にぶん投げられて、なにをどうしたらいいか、とか。考える余裕あるんだろうか。
そう思うとぞっとする。お願いだから、無事でいますように。
「まだ頭抱えてるんっすか?」
剛くんだ。
「……そりゃそうでしょうよ」
「無駄じゃないっすか? だって今、手の打ちようないんっすよね?」
「そうだけどさぁ」
「カゴさんなら大丈夫っすよ」
「なんでさ」
「強いから」
剛くんの花ちゃんに対する評価って。信頼なのか何なのか。
「俺、もう入りなんで行きますね。なんかあったら教えてください」
「あ、はーい。いってらしゃい」
と、手を振りかけた時だった。部屋の扉から、ひょこっとさと子さんが顔出した。
「あ。牧野いた。早いねー」
「ちょっとね……」
「いま時間空いてるよね? ちょっといい? 例の」
ちょいちょい、とさと子さんが手招きする。
――例の?
「何ですか?」
「何でもないわ」
マキちゃんはぽんとわたしの頭を叩いて行ってしまった。さと子さんと二人、部屋を出ていく。
「……なんすか、あれ」
「さあね」
剛くんが怪訝そうな顔をする。
「最近ちょいちょいありますよね、マキさんがSVと出てくの」
「だ、ねぇ」
そうなのだ。最近ちょいちょいある。どっか別の部屋で話してるみたいなんだけれども。
「ヒラさん、なんか聞いてないんっすか?」
「なんで。聞いてないよ」
「へぇ。じゃ、誰も知らない系っすかね」
「なんでよ」
「マキさんと一番仲いいの、ヒラさんじゃないっすか」
そうかなぁ。
「マキちゃん、誰とでも仲いいよ。っていうか仮にそうだったとしても、何も聞いてない」
聞いたことはあるんだけどね。さっきみたいにはぐらかされて終わりだっただけだ。
「ふぅん。ま、いーや。俺行きますね」
「はいよー」
今度こそ手を振る。剛くんと同じ九時十五分入りはもうひとりいるけど、先に現場に向かってるはず。そしてこのあとは、十一時入りがわたしとマキちゃんとあと数人で、そこまでは誰も来ないはずだ。
ふしゅうと息を吐いて、長机につっぷす。
コチ、コチ、コチ、と壁掛け時計の音とエアコンの音がうるさい。
――実際のところ、マキちゃんとSVのあれに関しては、ひとつ思い当たるところはある。たぶん、面談だ。
推測でしかないけれど、マキちゃん、正社員雇用の話が来てるんじゃないかなぁ。いま、部署内で一番有望株だし全然おかしくない。雇用条件とか、正社員試験とか、社員研修とか。まぁ実際そうだとすればいろいろ、ありそうだし。
「正社かぁ」
――まぁ、まだ確定ではないけどさ。口の中で呟く。花ちゃんもたぶん、同じ推測してるだろうなぁ。
わたしは、というともちろんまだまだ契約社員のままだ。ちょうど十月に契約更新があって、一年契約でハンコを押した。給与も微々たるものしかあがってない。とはいえ、十月はあの白雪姫の直後だったし、なんか気持ちも高揚してて全然気にしてなかったけど。
スマホを取り出してニュースアプリを立ち上げる。有効求人倍率があがった、という見出しがどうしても目に入る。
……いやいやいや。現実逃避過ぎる。いくらアリスの件でげんなりしてるからって、そこから逃げれるわけじゃない。花ちゃんどうにかしないと。
頭を無理やり切り替える。
シンデレラのとき。それから、白雪姫のとき。ふたつを思い返しながら、なんとか『鍵』なしであちらへ行く術か、あるいは花ちゃんを戻す術がないかを考える。
ひとつだけ、引っ掛かりはあった。
――『彼』のこと。
白雪姫の最後、魔法の鏡に映ったのは、きっと『彼』だった。このパークの世界観を作り上げた創造主。パークの入り口を過ぎたところにある、メインキャラクターと手を繋いでいる像――パートナーズ像――の、『彼』。
あの時の口ぶりからすると、このあちらとこちらを行き来出来るようにした原因は、おそらく『彼』だ。だとすれば、何とかもう一度『彼』とコンタクトが取れれば、この状況も打破できるかもしれない。とはいえ、どうしたらそんなことが出来るのか。もうとっくに亡くなった人だ――本当は。
このパーク内で『彼』にまつわる場所はいくつかある。パートナーズ像もそうだし、なんとなく一番らしいかなぁ、と思うのはお城だ。お城の尖塔で一本だけ、先が金色に塗られているものがある。それは、空の上からでも『彼』がこの場所を見つけやすいように、だ。
とはいえ、あんなとこ行けるわけでもなし。
あと可能性があるとしたらパートナーズ像だけど。あそこは……正直あんまり、行きたくない。ゲストの写真ラッシュにつかまると、普通の仕事が出来なくなってしまう。いや、写真撮るのは好きなんだけど、ちょっと度を越した列ができることがあってしんどいのだ。
「でもまぁ、行ってみるか」
ここでただ待っていても仕方ない。可能性がわずかでもあるなら、動くしかない。
立ち上がって部屋を出ようとした時だった。
「あっ、よかったまだいた!」
「剛くん?」
駆け込んできたのは剛くんだった。息が上がっている。
「ヒラさん、やばいっす! 来てます、あのチビッコ!」
「って、アリス!?」
「そうっす、いまオンステに……」
マジか。
昨日は、サンクスデーだった。正直バレてもなんかややこしくなってもまぁ、いいか。とは思ってた。でも、今日は、今は違う。
――ゲストに迷惑はかけられない!
「剛くん案内して!」
走り出そうとした時、背中に声がかけられた。
「平澤!」
マキちゃんだ。ちょうど戻ってきたらしい。さと子さんも一緒で、驚いた顔をしている。
「何かあった!?」
「あっ……えと」
さと子さんを見て、なんとか言葉を絞り出す。
「昨日の、ちびっ子が」
「あっ……来てるのね!?」
「らしいです。だから。えと」
どうしたらいい。なんて言い逃れる。
――そうだ!
「わたし『迷子対応』入ります!」
剛くんがちいさく「なる」と呟いた。これなら、剛くんは持ち場に戻れるし、わたしもオンステに出ても問題ないし、アリスに会ったとしても対応しやすい。
「そ、そうね」
マキちゃんが頷く。頷きを返してから駆け出そうとすると、また引き留められた。今度はさと子さんだ。
「平澤! オンステ出るならタイムカード切ってね!」
くっ。正直面倒くさかったが、お賃金大事である。ダッシュで部屋に戻って壁に設置されているカードリーダーにキャスト証を通して、ついでにそばにあった備品の無線を持っていく。
「マキちゃん、これ、持っていくんで、なんかあったら!」
「了解、気を付けてね!」
「はい! 剛くん、行くよ!」
「うぃっす!」
剛くんと一緒に走り出す。
背後で、呆然としたさと子さんの声が小さく聞こえた。
「迷子対応、そんな大変か……?」
――大変なんです。
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