4:人造日本人その1

 内務省直属の秘密機関「スーパー日本人養成委員会」では、きたる労働力不足に備え「人造日本人」の開発が急がれていた。日本人の行動パターンをAIに学習させ、自然日本人と同等の動きを保証しながら、昼夜構わず働け、労基法にも触れない。資本家にとって革命的なその労働力は遂に実装前夜まで迫っていた。


 K氏はそんなスーパー日本人養成委員会のしがない公務員だ。個人情報保護の観点からKとさせて頂く。彼は日曜の朝、目黒駅の長いエスカレーターを降りると颯爽と南北線車内へ滑り込んだ。電車が来る丁度に到着するのがちょっとした彼のこだわりだった、しかしながら、彼がこれから向かうのは合同庁舎2号館ではなく、都内某所の進学塾である。そこで今日一日講師として歴史分野を教える。兼業ではなく、スーパー日本人養成委員会からの指示で向かうのだ。


 目的は教師データの採取だ(AI学習用の素材データもこのように言うので二重の意味である)。私みたいな学歴も能力もぱっとしない人間がスーパー日本人養成委員会に所属できるのは、私が数少ない「普通の」日本人であるからである。強いて言うなら秘密主義を通す見込みのある人間ということくらいか。


 普通の日本人なんて何処にでもいるじゃないかと思うかもしれないが、それはあなたの思い違いである。みんな口には出さないが殆どの人が「変人」と言って然るべき秘密を持っているし、自分は変わった少数派の人間だと確信している。アンケートで常に上位のカテゴリーに属すような大衆なんて本当は存在していなくて、社会はみんな少しずつ狂った人間の集まりなのだ。


 そんな訳で、私は「普通」である点において変人で、そのせいで今日は塾講師をさせられることになった。しかし、その日はついに進学塾に到着することはなかった。デモだ。


「政府は労仂者の权利を保護しろ」

「战争産业反対」

「打倒名浜内阁」


 熱帯の昆虫みたいなゲバ文字が踊り、見た感じ数千人が炎天下で行進する。バスは全て止まっていた。行進は六本木のあたりに向かっていた。私は取り敢えず塾長に電話を入れた。


「これはとても行けそうにないです。」


 塾は既に休校になっているらしかった。しかし、地下鉄の駅に戻ると地下鉄が止まっていた。ストライキだが、まさか日本でこんなに目にあうとは。


 仕方なく歩いて帰ろうかと思って裏の商店街を通る、知らない場所だ。街灯は倒され、野菜を入れていたダンボール箱は無造作に路上に散乱していた。まるで終末のようだ。人はみんなデモに行っているらしく、時間が止まったようだった。


 家に帰る頃には夕方になった。みんなパニックだった。停電が起こったのだ。ベランダから外を見ると永田町方面に光が見えた。ビルの光とデモの光だった。ネットは使えない。ロウソクもない。こんなにすることがないのは久しぶりだった。冷蔵庫からレモネードを出して触覚を頼りに氷を入れ、真っ暗な東京と夜空をベランダで楽しんだ。押し入れから望遠鏡を出して新月を見た。その日はスーツのまま寝た。

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