第7話

 昼間のイブニングドレスからナイトドレスに着替え、フェリシアは、カツカツとヒールの音を響かせながら階段を降りていた。

 フェリシアの私室は円型の城の中心、主塔の最上階にあり、その他の部屋はすべて一階と地下にある。

 主塔から一階までの階段を降りるフェリシアは、珍しく蜂蜜色の髪を結い上げ、オレンジ色の薔薇を挿していた。肌触りの良いドレスの上からは、あいかわらず棘の多い薔薇を纏っている。闇の中にもよく映える光沢のあるワインレッド色のドレスは長袖で、手首までぴったりと肌を覆い、腰のあたりで切り返しがあり、スカート部分には薔薇模様の赤色のレースが薄くあしらわれている。

 夜用のドレスといえば、胸元が開いていて肌を大胆に露出するものが多いが、それは夜会用のものである。〈災いの姫〉が住む城で夜会が催されることはもちろんない。

 そのため、フェリシアが身につける夜のドレスとは、動きやすく脱ぎやすい、装飾が少ないドレスだった。

 基本的にフェリシアは、薔薇以外装飾品はつけず、肌の露出は最低限に抑えていた。そうして、恐ろしいほどに白く滑らかな肌が誰にも触れられることのないよう注意してきた――今日までは。


 兄でさえこの肌に触れたことはないのに、あっさりと薔薇の棘を超えられて呪われた身体を抱き締められた。

 次は絶対にそんなことはさせない、とフェリシアは薔薇の数を増やしていた。ワインレッドのドレスや薔薇模様のレースもあいまって、薔薇のドレスを着ているようだ。

 しかし、いつもは気にしないような髪型や、いつもは絶対にしない薔薇の髪飾りをしている点でいえば、かなり見た目を気にしていた。魔術師の前でだらしない姿は見せられない、という考えからではあるが、今まで魔術師の前で着飾ったことはなかった。もちろん、自分から会いに行ったこともない。

 その行動がまるで恋する乙女のようだ、とはフェリシアは自分で気づいていなかった。

(それにしても……ザックが言っていたことが気になるわね)

 ギルバートの手当てを頼んでいたザックから、先程報告があったのだ。

 フェリシアに触れたためにできた生傷の他にも、身体中には深い古傷があちこちにあり、その傷に比べれば、今日できた生傷の方はかすり傷のようなものである、と。日々身体を鍛えているザックですら驚きを隠せなかったらしい。

 魔術師は、戦うための騎士とは違って、あまり身体の作りがしっかりしていない者が多い。背は高いが、身体の線が細く、頼りない。それは、いつも魔術の研究ばかりに勤しんでいるからである。自分の身体を鍛えずとも、魔術を極めればすべてがうまくいく。彼らにとって重要なのは、魔術のみ。そして、〈神の使い〉であるという誇りだ。

 しかし、自らの身体では戦わないはずの魔術師であるギルバートの身体は傷だらけ。思い出してみれば、抱き締められた時に感じたギルバートの腕は力強く、身体はしっかりしていた。魔術師らしからぬ、鍛えられた肉体だった。

(本当に、何者なのかしら?)

 得体の知れない、無所属の魔術師。

 しかし、ギルバートの正体を突き止める前に、フェリシアには相手にすべき敵がいる。

 その敵の姿を思い浮かべると、フェリシアの表情は硬く、厳しいものになる。


 図書室は、ヴェラント城の南側にある。主塔からの階段を降りて、左から二つ目の部屋だ。

 薔薇が精緻に彫られた樫の扉を開くと、真顔で何かを考え込んでいるギルバートが見えた。しかし、フェリシアに気付くと、その顔は一瞬で明るくなる。飼い主に尻尾を振っている犬のようだ。犬になったギルバートを思い浮かべて、フェリシアは内心でくすりと笑う。フェリシアの匂いを覚えて、離れていてもずっと付きまとってきそうだ。

 しかし、フェリシアを見て笑顔を見せているギルバートだが、その笑顔には少し違和感がある。何かを言いたいのに言えない。それを誤魔化しているような表情。フェリシアは、ギルバートのことをほとんど知らない。それなのに、彼の方はフェリシアに一方的に好意だけを向けてくる。自分のことを何も話さずに、フェリシアのための魔術師だと笑うのだ。それでもいい。魔術師のことなど知りたくはない。

 そう思っていたのに、彼が何を考えているのかが気になる。

「何を考えていたの?」

「姫のことですよ」

 ギルバートはにっこりと笑う。はぐらかされた。そう思い、ギルバートを探るように見つめるが、その真意は全く掴めなかった。何を考えていようと、彼の勝手だ。

 ただ、フェリシアを裏切りさえしなければ。

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