第49話 後編

「ねぇ、君!」

 化石を受け取った若い男に、用唾は優しく声を掛けた。

「あっ、さっきの」

 若い男は、目を見開く。用唾が若い男に近づこうとした時、二人の間にあの美女が割って入った。

「何の用でしょうか?」

 美女は、若い男を自分の後ろにかばい、無表情で、じっと用唾を見る。

(うっ!)

 美女の何とも言えない異様な迫力に、用唾は思わず一歩下がった。

「あっ、え、えっと」

 用唾は、口をパクパクするだけで、何も言えない。

「用がないようでしたら、これで……」

「まっ、待ってくれ!」

 去ろうとした二人の前に、用唾は回り込む。

「さっきは、悪かった!」

 用唾は頭を下げた。若い男と美女は、お互いの顔を見合わせる。

「どうか、この通り、許してほしい!」

「い、いえ、頭を上げてください!」

 若い男は、慌てた様子で用唾の頭を上げさせようとする。

「も、もういいですから。気にしてませんよ」

「そうか。ありがとう」

「それで、一体何のご用でしょうか?」

「実は……」

 用唾はそこで一拍置き、口を開く。


「君のその化石を譲ってほしんだ!」


「えっ?」

「……」

 若い男は驚いたように、美女は相変わらずの無表情で用唾を見る。

「実は、俺には息子がいるんだ。息子は化石が好きで、今日も此処に来たがってた。でも息子は、訳があって来られないんだ。だから、せめて、何か記念になるものを持って帰ってやりたくて……」

「そうなんですか……」

 若い男は用唾に憐みの視線を向ける。だが、美女の視線は変わらない。

「でしたら、売店で何か買えばいいのでは?」

「そ、それじゃダメなんだ!売店で売られてる化石はどれも小さい。息子は喜ばないだろう」

「ですが……」

「頼む。あの子は……あの子は病気なんだ!」

「!」

「……」

「何年も入院していて、碌に外で遊んだことはない。でも、あの子は化石がとても好きなんだ。だから、せめて、せめて何か立派な化石を……」

「分かりました」

 若い男は、持っていた化石を用唾に差し出す。

「どうぞ、差し上げます」

「い、いいのか?」

「はい」

 若い男は、用唾にニコリとほほ笑む。

「息子さんにお渡しください。きっと、喜ばれますよ」

「あ、ありがとう」

 用唾は、男に礼を言うと差し出された化石を受け取った。

「大切にするよ」


 用唾は若い男と美女に手を振り、その場を去った。

(バーカ!)

 心の中で用唾は、若い男を嘲る。

(俺の作り話をあっさり信じやがって、馬鹿な奴だ!)

 もちろん用唾に子供はいない。先程した話は、全て作り話だ。

(化石さえ手にしてしまえば、こっちのもの。あいつが後で「やっぱり返せ!」と言っても、すでに所有権は俺にある!)

 用唾はニヤリと笑う。


「これで、動画の再生数も上がるぞ!」


               ***


「良かったのですか?」

 せっかく抽選で当たった化石をすんなりと渡した雨牛に波布は尋ねた。

「うん。元々、タダで貰ったものだしね」

「あの人の話を信じるのですか?」

 波布がじっと雨牛を見る。

「あの人の言っていることは、おそらく嘘だと思います」

「かもね。でも、本当かもしれない。だったら、僕が貰うよりも、あの人の息子さんが持っていた方がいい」

「ですが……」

「それにね。嘘だったら、嘘だったで別にいいんだ」

 雨牛は、とても優しく笑う。

「病気の子は、いなかったってことだからね」

 雨牛の言葉を聞いて、波布の頬が赤く染まる。

「……雨牛君はプロゴルファーに向いてるのかもしれませんね」

「何の話?」

「雨牛君は、とても素敵だという話です」

 そう言って、波布は雨牛の頬にキスをした。


               ***


「良し、これでOK」

 自分の部屋に戻った用唾は早速、準備を始める。いつもは、あらかじめ録画しておいたものを動画で流すのだが、今日は違う。

 用唾は、久しぶりに生放送をしようと考えていた。生放送の方が生々しく、リアリティがあってよいと考えたからだ。

「じゃあ、始めるか」

 全ての準備を終え、用唾は生放送を配信を始めた。


「皆さん、こんばんは!」

 用唾は、カメラに向かって笑顔を向ける。


『こんばんわ』

『生放送久しぶりだな』


「そうですね。お久しぶりです」

 人少ないな。と思いながらも、用唾は出来るだけ明るく挨拶をする。

「今日は、面白いことをしてみたいと思います」


『おもしろいこと?』

『何すんの?』


「今日、博物館に行ってきたんですよ。そこで、抽選があったんですね。それで……なんと、これが当たったんですよ!」

 用唾は、化石をカメラに向ける。

「これ、なんだか分かりますか?」


『化石?』

『魚の化石だな』

『いつの時代の?』

『なんて名前?』


 化石の登場にコメントが増える。化石に皆、興味深々の様子だ。

「確か、ジュラ紀?って言ってましたね。名前は……そういえば聞いてませんでした」


『そこ、一番大事だろ』

『なんで、聞いてないんだよ』

『そもそも、本物なのか?』

『怪しい』


 批判的なコメントが並ぶ。用唾は、イラッとしたが、耐えて軽く流す。

「本物ですよ。今回はですね。この化石を使ってあることをしたいと思います!」


『何?』

『何すんの?』


「はい。では、本日はコレをやります。ジャジャン!」

 用唾は、手書きのフリップボードをカメラの前に出す。そのフリップボードにはこんなことが書かれていた。


『本物の化石を壊してみた!』


『えっ?』

『マジか!』

『壊すの?』


「はい、壊します。後ろをご覧ください!」

 用唾が椅子から離れると、体で隠していた部屋の中をカメラが映した。

 部屋の床には新聞紙が敷いてある。大きな金槌も見えた。


「今から、この化石を金槌で叩き壊そうと思います!」


『ええええええええ?』

『はっ?』

『本気か?』

『もったいない』

『やめろ!』

『なんで、そんなことするの?』

『面白そう!』


 コメントが一気に増える。それに満足した用唾は、上機嫌で化石を部屋の真ん中に置いた。

「では、今から叩き壊します!」

 用唾は、金槌を高く振り上げる。

「せーの!」

 そして、金槌を化石に向かって一気に振り下ろした。ガンという音が鳴り、金槌が当たった箇所が欠ける。


『いいぞ、もっとやれ!』

『やめろって!』

『バカじゃないの?』

『誰か止めろよ!』

『これ、犯罪じゃないの?』


 増え続けるコメント。用唾は心の中でニヤリと笑った。

(よし、思った通りだ!)

 用唾は最初から、これが目的だった。

 化石を壊すというインパクトのある動画をとる。これで、再生回数を増やそうという狙いだ。

 気をよくした用唾は何度も何度も、化石に金槌を振り下ろす。


 ガン、ガン、ガンとうるさい音が部屋に響く。化石は砕けていき、刻まれた古代魚の形はもう、原型を保っていない。

(よし、最後の一振りだ)

 用唾は思いっきり、金槌を振り上げると化石に叩きつけた。部屋の中に一番大きな音が響き渡る。


 用唾が金槌をどかすと、化石はバラバラに砕けていた。


「はぁ、はぁ、ふう」

 用唾は汗をぬぐうとパソコンに取り付けていたカメラを取り、バラバラになった化石の残骸を直接映した。

「はい、ご覧ください。見事にバラバラになりました!」


『すげえええ!』

『ホントにやりやがった!』

『おもしれええええ』

『ふざけるな!』

『信じられない!』

『マジ、こいつクズだな』

『逮捕されろよ』

『はっ?この化石こいつのなんだろ?自分のものなら、別に壊したっていいじゃん!』

『そういう問題じゃないだろ』


 画面は多くのコメントであふれている。内容は賛否両論。だが、それはどうでもいい。用唾にとっては、再生回数が増えることが重要なのだ。

(やった!これで、再生回数うなぎ上りだ!)

 用唾は満足そうに笑う。


 だが、一つのコメントで事態は一変する。


『あれ?何かいる?』


『あっ、ほんとだ』

『破片の下に何かいる』

『はっ?何かって?』

『何が?』

『いや、いるよ!』


「ん?」

 コメントを見ていた用唾は眉根を上げる。

「えっ、何がいるって?」


『破片どかせ、何かいる!』


(何か?)

 不審に思いながらも、用唾はバラバラに砕けた化石の破片をどかしていく。すると、真っ黒な塊が現れた。

(なんだ?)

 用唾は顔を近づけ、その黒い物体をよく見る。

「あっ!」

 用唾は思わず、声を上げた。


 そこにいたのは、真っ黒な色をした『蛇』だった。

 真っ黒な『蛇』が、とぐろを巻いている。


『なにこれ?』

『蛇だ!』

『蛇!?』

『化石の中から蛇が出てきた!』

『嘘だろ!?』


 化石を破壊したことに対する称讃や批判のコメントは、すっかり消えていた。

 コメントは、突如として現れた『蛇』に対するもので、一色となる。

「なんだ?これ?」

 用唾は思わず呟く。


『こっちが聞きたいよ』

『なんで、化石の中から蛇が出てくるんだよ』

『仕込んでたんじゃないの?』


 仕込みというコメントに対して、用唾は慌てて否定する。

「いや、いや違う!仕込みじゃない。本当だ。本当に蛇が出てきたんだ!」

 バラバラに叩き壊した化石から『蛇』が出てきたのだ。用唾は興奮気味に叫ぶ。


『仕込みじゃないなら、凄くない?』

『ちょっと、待て。確かこの化石ってジュラ紀のものだって言ってたな?』

『ああ、そうだ!』

『ジュラ紀って、どれぐらい前?』

『一億数千万年前』

『はっ?マジかよ!?』

『じゃあ、この蛇、一億年以上前の蛇ってこと?』

『いや、いや、違うだろ。今の時代の蛇が化石の隙間から潜り込んだんだろ』

『どこから、潜り込むんだよ』

『この蛇の大きさ。化石とほとんど同じだぞ。隙間から入り込めるわけがない』

『これ、学会で発表できるレベルだろ』

『俺たちは世紀の大発見の瞬間を目撃してしまったのか』


 画面はコメントで一杯だ。

 生放送の主である用唾も、興奮を隠しきれない。

「あ、あのさ。これ、ど、どうすればいいと思う?」

 用唾は思わず、画面の向こうにいる観覧者に尋ねた。

 

『そりゃ、テレビだろ』

『いや、その前に専門家を呼ぶべき』


 様々な意見が出る中、こんなコメントが書き込まれた。


『触ってみて!』


「え?」


『そうだ、触れ!』

『触れ!』


『触れ』というコメントに用唾は動揺する。

「えっ?触るの?」


『触れ、触れ!』

『とりあえず、持ち上げてみて、何の蛇か分かるかもしれない』

『そうだ、持ち上げろ!』


「えっと、マジか……」

 蛇は苦手だ。出来るなら触りたくない。


『全く動かないな。多分、もう死んでる』

『ああ、死んでるな』

『死んでるんだろ?なら、平気だって』

『死んでる蛇は襲ってこない』

『怖いのは生きてる蛇。だから、安心』


「う、うん」

 出来れば触りたくない。だが、ここで触らなかったら、観覧者たちは、きっと白けてしまう。だが、反対に触れば、さらに盛り上がるだろう。

 そうすれば、再生回数は、もっと上がる。


「よ、よし。触るぞ!」


『よく言った!』

『がんばれ!』


 コメントに後押しされ、用唾は黒い蛇に手を伸ばす。

(そうだ。もう死んでる蛇に何をビビることがある!)

 用唾は蛇の胴体を思いっきり掴み、思いっきり持ち上げた。


「どうだ!」


『すげええ』

『よくやったぞ!』

『勇者現る』


 コメントは、用唾を称賛するもので一杯となる。

(き、気持ちいい!)

 称賛コメントに気を大きくした用唾は、黒い蛇を持ったまま、カメラに笑顔を向けた。


 その時だ。


 ガブリ。


 用唾の手に猛烈な痛みが走った。

「へ?」


『え?』

『はっ?』


 用唾も観覧者たちも、一瞬何が起きたのか分からなかった。

 何が起きたのか理解しても、信じられなかった。


 黒い蛇が用唾の手に噛み付いていた。


「うわあああああ!」

 用唾は叫び声を上げながら手を振った。数回手を振ると、黒い蛇は用唾の手から口を離した。

 黒い蛇は、ボトリと床に落ちる。


『噛まれた?』

『嘘だろ?』

『生きてた?』

『まさか?』

『ありえないだろ!』


 困惑のコメントが画面に流れる。すると、さらに信じられないことが起きた。

 

 黒い蛇が、ニュルリと動き出したのだ。


『動いた!』

『動いた!?』

『まじか?』

『おい、逃げるぞ!』

『捕まえろ!』

『何やってるんだ。早くしろ!』

『逃げられるぞ!』


 画面は黒い蛇を捕まえろというコメントであふれる。しかし、用唾は動かない。それどころか、コメントに対して返事もしない。


『おい』

『どうした?』


 異常を感じた何人かの観覧者が、用唾を心配するコメントを書き込む。


「くっ、はっ!」

 突如、強烈な寒気が用唾を襲った。体中から大量の汗が噴き出す。それから全身が痺れ、その場に倒れた。持っていたカメラが床を転がる。


『なんだ?』

『どうした。大丈夫か?』


 パソコンの画面にコメントが流れる。だが、用唾にはそれを見る余裕がない。

 あれだけ寒かったのに、今は何も感じない。寒いどころか、体の感覚が全く何もない。

(や、やばい!)

 用唾は蛇には詳しくない。だが、分かる。この異常は、あの黒い蛇に噛み付かれたから起きたのだと。


 きっと、あの黒い蛇に噛み付かれた時『毒』を注入されたのだ。


「たっ、た、」

 喉が痺れ、助けてという言葉すら出ない。段々と、息も出来なくなってきた。

(く、苦しい!)

 苦しい、苦しくて仕方がない。

(し、死ぬ?お、お、俺は死ぬのか?) 

 いやだ。死にたくない。誰か、助けて!


「だっ、だれ……か。た、助け……」


 用唾はパソコンに向かって、手を伸ばす。

 画面の向こうには大勢の人間がいる。しかし、用唾を助けることが出来る人間は、この場に一人もいなかった。


                ***


         <『黒蛇事件』について語るスレ>


『投稿者の遺体、発見されたって』


『知ってるニュースで見た』


『本当に化石の中に蛇がいたのか?』


『ねつ造じゃないの?』


『本物の化石の中に、毒蛇仕込んでたとか?』


『仕込んだ毒蛇に噛まれて死んだのか?間抜け過ぎるだろ』


『ねつ造と決まったわけじゃない』


『本当に化石の中にいたのかもしれない』


『本当に化石の中にいたとしたら、ジュラ紀の蛇が生きてたってこと?』


『お前、馬鹿だな。そんなことあるわけない』


『でも、蛇って何も食べなくても結構生きられるんだろ?』


『いくら蛇でも一億年以上、飲まず食わずで生きられるわけないだろ』


『そもそも、息が出来ない』


『でも、あの蛇生きてたじゃん。それは、どう説明するんだよ』


『それは……分からん』


『分かんないのかよ』


『やっぱり、ねつ造だな』


『ねつ造っていうなら、証拠出せよ』


『お前こそ、ねつ造じゃないって証拠出せよ』


『発見された投稿者の遺体、全身が真っ白で石みたい固くなってたらしいよ』


『なんで?』


『警察の発表によると、遺体から未知の毒が検出されたらしい』


『なにそれ、怖い』


『その毒のせいで、全身が白くなって石みたいに固くなったてこと?』


『おそらく』


『投稿者自身が“化石”になったってことか』


『不謹慎過ぎ、もうちょと考えてコメントしろよ』


『未知の毒ってことは、やっぱりあの蛇の正体って分からないんだな』


『警察が大勢の蛇の専門家に映像を見せたけど、誰も分からなかったんだって』


『やっぱり、ジュラ紀の蛇が化石の中に閉じ込められたんだな。間違いない』


『そもそも、蛇ってそんな前からいたの?』


『白亜紀から登場したってのが、定説だけど、実際はよく分かってない。もっと前からいたっていう説もある。俺個人としては、もっと前からいたと思ってる』


『じゃあ、大発見じゃね?』


『化石の中から生きた蛇が出てきたって時点で、大発見だろ』


『百歩譲って、本当に蛇が化石に閉じ込められてたんだとしても、ジュラ紀の蛇とは限らないだろ。もっと、後の年代の蛇かもしれん』


『それでも、十分凄いけどな』


『動画の再生回数、凄まじいことになってるな』


『なんで、削除されないの?』


『いや、削除されてる。削除された瞬間、誰かが動画に上げるから削除されてないように見えるだけ』


『もう拡散されまくってるからな。全部削除するの無理だな』


『投稿された動画の再生回数全部合わせたら、凄まじいことになるな』


『世界中の人間が見てるからな』


『海外でも話題になってるしな』


『凄いよな。投稿者が生きてて、これ知ったらさぞかし、喜ぶだろう!』


『不謹慎』


『海外で実際にあった事件で、岩の中からカエルが出てきたって話もあるな』


『なんだ、それ』


『検索したらマジだった!』


『翼竜が出てきたって話もあるしな』


『鉄道トンネルの工事中に出てきたんだよな翼竜。しかも、生きた状態で。一声鳴いたら死んだらしいけど』


『それは、さすがに嘘だろ』


『ちなみに、その翼竜が出てきた地層はジュラ紀のものだったらしい』


『ジュラ紀の翼竜が出てきたなら、ジュラ紀の蛇が出てきてもおかしくないな』


『どういう理屈だよ』


『で、結局、あの蛇ってどうなったんだ?』


『まだ、見つかってない』


『警察が家の中くまなく探したんだけど、発見できなかったらしい』


『もう、外に逃げたんだろうな』


『それが一番怖いな』


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