第35話 三度目

「一体どうしたんだ、僕は」

 また胡蝶さんと如何わしいことをする夢を見てしまった。しかも、あの夢は昨日、波布さんに強引に家の中に入れられた出来事が元になっている。

「まぁ、実際には部屋には入ってないけど……」

 強引に家の中に入れられたけど、波布さんの部屋に入る直前、僕は逃げ出した。もしあの時、あのまま部屋の中に入っていたら僕はどうなっていたのだろう。

 もしかして、夢のようなことをされたのだろうか?たった今見た夢の光景が頭の中で再生される。

(ダメだ、ダメだ)

 僕は頭を振って、夢の光景を追い出す。

「なんで……」

 どうして僕は胡蝶さんの夢ばかり見るのだろう?

 しかも、前見た夢といい、今回見た夢といい、まるで波布さんが胡蝶さんに置き換わったような夢を……。


「梅雨、起きてるの!?」

 部屋の外から、母親の声がした。慌てて返事をする。

「う、うん。起きてるよ」

「早くいらっしゃい。あの子また来てるから。待たせちゃダメよ!」

「あの子……あっ」

 僕は急いで部屋から出ると朝食を掻き込み、家を出た。


「おはようございます」

 波布さんはニコリとほほ笑み、僕に挨拶をした。


(き、気まずいな)

 学校に向かう途中、僕はなかなか波布さんと話すことが出来なかった。

 波布さんは色々と僕に話し掛けてくるが、さっきから僕は「へぇ」とか「うん」とか相槌を打つことしかしていない。昨日のことを思い出し、どうしてもまともに話すことが出来ない。

(このままじゃ、ダメだ……よし!)

 僕は意を決して口を開く。

「波布さん……昨日は」

「すみませんでした」

 波布さんの言葉が僕の言葉と重なった。

「え?」

「昨日はすみませんでした」

 波布さんは頭をペコリと下げる。

「雨牛君の気持ちを考えもせず、あんな行動を取ってしまい、本当に申し訳ありませんでした」

「波布さん……」

 今まで僕がどんなに「やめて」と言っても僕に迫ってきていた波布さんが……。やっと僕の気持ちを考えてくれるようになった!

 胸の中になんだか、温かいものが広がる。もしかして、僕は今、感動しているのだろうか?

「いや、いいよ。謝らないで、気にしてないから」

「本当ですか?」

「うん」

「よかったです」

 波布さんは心底安心したように、ほっと息を吐いた。

「実は心配していたのです。雨牛君に嫌われてしまったのではないかと……」

「嫌わないよ」

 僕は波布さんを安心させようと、できるだけ優しく微笑んだ。すると、突然口をふさがれた。

「うぐぅ?」

 夢の中で胡蝶さんにされたような濃厚なキスだった。幸い周りに人はいない。

「な、何するの!」

 波布さんの肩を掴み、強引に引き離す。波布さんは自分の唇を指でなぞっている。

「すみません。雨牛君の優しさが嬉しくて、つい……」

 波布さんは幸せそうに笑う。僕は大きなため息をついた。波布さんはちっとも変っていなかった!


「ところで、今日は起きてくるのが遅かったですが、何かありました?具合でも悪いのですか?」

 波布さんは心配そうな目で僕を見る。さっき強引にされたキスは怒ってもいいと思うけど、心配そうに僕を見つめてくる波布さんを見ていると怒る気がなくなる。

「いや、別に……ちょっと夢を見ただけだよ」

「夢……ですか。ひょっとして、怖い夢でも?」

「まぁ……そんなところ」

 流石に夢の内容までは言えないので、適当に誤魔化す。

「そうですか」

 波布さんは少し何かを考え、ポンと手を叩いた。

「では、雨牛君が怖い夢を見ないように、今晩添い寝を……」

「しなくていいからね!」

 少し強い口調でたしなめる。でないと、本当に来そうだから。いや、強く言っても来そうだ。どうしよう。

 僕は波布さんの意識を添い寝から逸らせることにした。

「波布さんはさ……似たような夢を続けて見ることってある?」

「あります」

 僕の質問に波布さんは即答した。

「へぇ、どんな夢?」

「雨牛君の夢です」

 またしても即答だった。

「僕の……夢」

「はい」

「具体的にはどんな?」

「雨牛君とキスしたり、抱き合ったり、ベッドの中で……」

「も、もういいよ!」

 慌てて止める。その先は聞いたらまずい。

「そ、そんなに僕の夢を見るの?」

「はい」

 波布さんは僕を見て、フッとほほ笑む。

「愛している人の夢ですから、当然、毎日見ますよ」

 その言葉に僕はドキリとした。

 波布さんの言葉通りだとすると、僕が胡蝶さんの夢を見続けているのは……。


「あ、あのさ」

「何?」

「……あれ?」

 僕は何を言おうとしていたのだっけ?思い出せない。

「ううん、なんでもない」

「変な雨牛君」

 彼女はクスリと笑って、僕の手を取る。

「早く行こ。遅刻しちゃうよ」

「そうだね」

 彼女の手を握り返す。小さく暖かい手だ。

「胡蝶さん」

 手を取り合いながら、僕と胡蝶さんは学校に向かった。


               ***


 けたたましい音と共に目が覚める。僕は鳴り続ける目覚まし時計をゆっくりと止めた。

「どうなってるんだ?」

 僕は胡蝶さんと過ごす三度目の夢を見た。


 今回の夢は、一日中胡蝶さんと一緒だった。

 胡蝶さんと僕は同じクラスで部活も同じ。一緒に授業を受け、一緒に生物部にいる生き物の世話をした。

 部活が終わると、胡蝶さんを家まで送った。胡蝶さんは上がっていかないかと僕を誘ったが、僕はそれを断った。すると、胡蝶さんは僕の口にキスをして家の中に入っていった。

  

 そこで目が覚めた。


「どうして、僕は……」

『愛している人の夢なら、当然、毎日見ますよ』

 波布さんの言葉が頭の中に蘇る。顔が熱くなるのを感じた。


「やっぱり、僕は胡蝶さんのことを……いや、そんなはずない。そんなはずは……」

 心の中で自分の感情を否定する。でも、顔の熱さは、なかなか消えなかった。


 

 


 

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