3動き出す影

妖魔祓いのリュウ、参上

 リュウがサザナミに来て三日目の夜。予定であれば今日、妖魔ようまが女性をさらいにくるはずだ。


 町を出歩く女性はフェイだけ。フェイは念のためにと双剣を装備していた。リュウはフェイの近くで気配を消し、妖魔が来るのを待つ。


 生暖かい風が吹く不気味な晩だった。フェイは夜の街を一人で歩く。だが不安がないわけではない。


(怖い。やっぱり怖い。でも……妖魔を恐れてたら、妖魔ようまばらいになんてなれない!)


 くじけそうになる度にフェイは自分を励ました。そして近くにいるであろうリュウのことを考える。


(大丈夫。リュウさんならきっと、成功させてくれる)


 出会ってからたったの三日しか経っていない。にもかかわらずフェイがリュウを信頼するのは、元々リュウに憧れていたから。そしてこの三日間でリュウの人柄を知り、好意を抱いてしまったから。



 不意に周りの空気が変わった気がした。慌てて周りを見るも何も無い。だが次の瞬間、フェイの二倍の大きさの猿がフェイを捕まえた。


 声を出されないように手で口を塞ぐ。もう片方の手はフェイの腹を抱えた。猿は暗闇の中、森へ向かって音も立てずに動き出す。


「来たね」


 妖魔の気配を察したリュウは一言そう呟いた。そして妖魔の跡を追うべく森に向かって走り出した。





 妖魔に連れられたフェイはめまぐるしく変わる周りの風景に耐えきれず、目を閉じていた。妖魔の動きが予想以上に早かったせいだ。


 やがて身体に風を受けなくなる。どこか平らなところに寝かされたことに気付き、フェイは目を開けた。


 目の前にいるのは茶色い毛に覆われた大きな猿であった。夜の暗さに目が慣れてきたからだろう。フェイの視界はだいぶはっきりしてきた。


(リュウさんが来るまで、時間を稼がなきゃ)


 フェイは両手を腰にやる。触り慣れた柄の感触がある。そのことに安堵すると、素早く二本の剣を鞘から引き抜いた。


 ギロリと目の前にいる猿を睨みつける。その体格差に思わず身体が震える。だがそれ以上にフェイを震わせているのは怒りだった。


(こいつがアスカを。アスカを、あんなにしたんだ)


 フェイの異変に気付いたのだろう。猿が咄嗟にフェイとの距離を取る。猿の口元がニンマリと笑う。その目は不気味なくらい優しく細められている。


 フェイが猿との距離を詰めようとした時だった。猿の大きな腕がフェイを掴もうと襲いかかる。咄嗟にかわそうとするもかわしきれなかった。


 双剣が猿に奪われる。猿はそれを遠くへと投げやった。猿が少しずつフェイへと歩み寄る。


(助けて)


 抗う手段を失ったフェイはぎゅっと目を閉じる。猿の荒い息遣いが聞こえてくる。思わず耳を塞いだ。





 猿がフェイに触れようと手を伸ばす。だがその手はフェイに触れることはなかった。猿の手を止めたのは薙刀なぎなたの赤い柄。


「ごめん、少し時間がかかった」


 その声はリュウのもの。恐る恐るフェイが目を開ければそこには、薙刀を構えたリュウの姿があった。


 リュウは素早く片手で旅衣を脱ぐとフェイに托した。そして猿を蹴飛ばすと、薙刀の刃を指でスッとなぞる。次の瞬間、黒い穂先に変化があった。


 リュウの薙刀は一見黒い刃を剥き出しにしているように見える。だがそれは刃ではなくただの金属塊。指でなぞることで初めて銀色の刃が姿を現す。


「下がってて。危なくないところに」

「そんな場所、ないわ!」

「……わかった。そこで見てて。そっちに行かせないようにするから」


 リュウはフェイにそう言い残すと、蹴り飛ばした猿の元へと向かう。薙刀を構えた。猿はもう体勢を立て直し、リュウを狙っている。


 だがリュウが猿に怯える様子はない。素早く薙刀を横に振るって猿の足を払う。そのまま薙刀を回転させ、縦に振り下ろした。


 猿は大きい身体に見合わない俊敏な動きでそれをかわした。そしてリュウの脳天目掛けて拳を振り下ろす。


 リュウはそれに気付いてかわそうとする。だが右足を動かそうとすると痛みが走る。そのせいで一瞬反応が遅れてしまった。


 リュウの頭から顎に向かって血が流れる。薙刀で攻撃をいなそうとしなのだが、出遅れたために間に合わなかったのだ。


 血こそ流れているがリュウの怪我は軽傷だ。猿の攻撃の力を分散させたことが功を奏した。だがリュウは顔をしかめる。

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