第60話 戦艦サザンカ
艦長は出迎えた作業ロボットに直立して敬礼を行った。兵士を同伴させたが状況を考えて武装はさせなかった。
「私は戦艦サザンカの艦長パット・ヘブン大佐です。貴方が無機頭脳シンシアさんでしょうか?」
艦長の前にシンシアの作業ロボットはアリスと共に立った。
「初めまして、私が無機頭脳のシンシアです。これが娘のアリスです。」
作業ロボットが丁寧に挨拶をするさまを見て艦長は極度の違和感を感じた。このロボットが無機頭脳と呼ばれるものなのだろうか?
「初めまして、アリスです。」
アリスはピョコンと挨拶をした。小さな子供を娘と呼ぶ無機頭脳がトリポールを壊滅させた化け物とイメージを重ねることは全く出来なかった。
「娘?貴方の?ですか?」
ヘブン大佐はつい裏返った声で聞いてしまった。『いかん喉がカラカラだ。』そう後悔した。
「ああ、無論私自身が産んだ子ではありませんが、私が取り上げ、私が育ててきました。」
「あ、ああっ そ、そうですか。なかなか利発そうなお嬢さんでうらやましいですな。」
こんな他愛のない会話にも艦長は極度の緊張を強いられる。何しろ相手は得体のしれない怪物なのだからだ。
「これは大きなたんこぶが出来ておりますな。さぞ痛いでしょう直ぐに軍医にみせましょう。戦闘に巻き込まれたのですか?」艦長はアリスの額のたんこぶを見て言った。
「先ほどまで冷やしておりました。だいぶ腫れも引いてきました。もう大丈夫です。」
「そうですか?お嬢さん、本当に大丈夫ですか?」
「うん、もう痛くないよ。」アリスが答える。
艦長は話題が続かずに言葉が宙を舞う。
「しかし、その何ですな。私も無機頭脳というのを初めて見ますが、意外と小さな物ですな。」
この時シンシアはこの艦長が作業ロボットをシンシアの本体と勘違いしていることに気がついた。
「は? ああ申し訳ありませんこのロボットはただの作業ロボットです。本体の私はこの船の貨物室に入っています。」
「そ、そうでしたか。それではひとつ本体にお目通り願えますかな?」
さすがに艦長と呼ばれるだけのことは有った。状況を読み取りすぐに対処できる外交官としての能力はシンシア本体との接触と対処方法の考察を直ちに検討していたのだ。
「わかりました。こちらへどうぞ。」
作業ロボットは艦長達を貨物室に案内する。実はこの時点で既に戦艦のコンピューターに自分の擬似人格をもぐりこませていた。艦長がどの様に対応するかわからなかったからだ。
マリアの死後シンシアはひどく用心深くなっていた。いかなる敵の攻撃をも防げる体制を作っておくことが既に習慣化していた。シンシアもまたこの数年間で大きく成長していたのだ。
貨物室にシンシアの本体は静かに置かれていた。そう思わなければただの大きな機械しかない。
「これが貴方の本体ですか。」艦長はすばやく全体を眺め回す。
艦長は此処で初めて無機頭脳と呼ばれる存在を目の当たりにした。最初の感想はただのコンピューターだという印象であった。
「さていかが致しましょうか。私としては安全性の観点からもぜひ当艦への移動を願いたいと思っておりますが。」
艦長は慎重な言い回しをした。戦艦の艦長ともなれば外交官として各国の首脳などと会うことも有る。それだけの外交能力が無ければ戦艦の艦長は務まらないのである。状況を掌握しつつある艦長は慎重に物事を進める方針を取る事を考えている。出来ればこの無機頭脳のコンセントを引っこ抜いておきたいと考えているのだ。
「その前に艦長さん、あなたは私の本体を見て無機頭脳というものがどのようなものであるとお考えになりましたか?」
艦長は以前から地球製無機頭脳に関してのニュースは多少耳にしていた。かつてバラライトでも試作を行なっていたとも聞いている。その1台がこのシンシアと自ら名乗る者らしい。今までとは概念の違う自立思考コンピューターであると言う情報位しか無かった。
「私の認識は自立思考を行う新型コンピューターだということ位です。正直ガレリアが何故あのような暴走に至ったのかは理解できていません。」
「判りました。ありがとうございます。」シンシアはそう言って続けた。
「無機頭脳というのはコンピューターでは有りません。人工の知性体と言うのが正しい認識です。私達は自立思考を行うだけでなく人間と同じように自我を持っているのです。」
「自我?つまり……その、なんというか『心?』が有ると言うことでしょうか?」
艦長はシンシアの言っている意味を正しく認識しているかどうか自信が持てなかった。
「その通りです。私には心が有り、感情も有ります。人間となんら変わる所は有りません。」
艦長はこの時初めてガレリアの放送した事の意味が判った。自らの人格権を人類に認めるように要求していたのはコンピューターの暴走や陰謀の類ではなく、ガレリア自身が自我を持っておりそれを人類に認めるように要求していたのだ。
ヘブン艦長はこの無機頭脳と呼ばれる者をどのように扱ったら良いか?判断の修正を迫られる事になった。当初は少女を保護しこの無機頭脳を使って暴走するガレリアを制御しようと言う計画であった。
しかしこのコンピューターは自らに意志と心と感情を持っていると思っているらしい。本当だろうか?もし本当ならばガレリアに対する認識をも正さなくてはならない。
「艦長。貴方の艦に移動するのはもう少し後にしましょう。貴国の私に対する処置が決まってからでも遅くは無いでしょう。」
お互いに懐に刀を忍ばせたままの交渉である。いつの間にかシンシアもこのような事が出来るようになっていた。シンシアもまた以前のシンシアではなくなっていた。
「ありていに申し上げましょう。」
艦長が断固たる口調に変えた。多少頼りなげに見えた先ほどまでの外見が実はこちらの出方を見るための演技であることがわかる。
「貴方の存在は安全保障にとって非常に重要な立場に有ります。我々は今回の戦闘を監視衛星にて逐一モニターしておりました。ガレリアなる戦艦の驚異的能力に我々は心底振るえ上がっております。もしあのガレリアが再度我々を、それも軌道速度で襲ってきたら我々はなんら打つ手を持たず木星における人類は全滅するでしょう。」
ここで艦長は大きく息をついた。
「御自覚いただきたい。貴方はこの木星中でもっとも安全保障に関わる大切な存在であると言うことを。それと同時に民衆の強い憎悪の対象でも有ることをもご理解下さい。今回の戦闘で最終的にどれ程の被害が出たのかまだわかりませんが、おそらく数十万人が死に数百万人が帰るコロニーを無くすと私は考えています。命に代えても貴方を殺したいと思っている人間がやがて出て来ることはあなた自身お判りの筈だと思います。」
その考えはよく判っていた。自分自身が国民の憎悪の対象でありテロの標的である事をシンシアは理解していた。それ故レグザム自治区が戦艦を送ってきた事に安堵の気持ちを感じる事が出来た。レグザム自治区は的確に状況を理解しているのだ。
「我々は貴方の存在を手にすることが自国のコロニーを守ることであり、ガレリアの脅威から免れる手段と考えています。すべての自治区が同じ考えを持っているでしょう。一刻も早く貴方を見つけ保護したいと考えています。一方で貴方を抱え込むことはテロリストからの脅威から貴方を守るという重荷を背負うことにもなります。貴方がテロリストに破壊されたらそのコロニーはガレリアの報復を受けるかも知れないということです。」
此処で艦長は額の汗を手で拭った。大きく息をつくと再び続けた。
「しかし我々にとってはテロリストの脅威よりガレリアの脅威の方がはるかに大きいということです。ご理解いただきたい。私の戦艦はわがレグザム自治区が所有する唯一の文字通りなけなしの戦艦です。いまだにガレリアはこの空域に遊弋しています。我々はこの戦艦を失うリスクを犯しても貴方を我が自治区に迎え入れたいと考えているのです。」
そして艦長はシンシアに対して迎え入れの条件を示した。
「私に与えられた任務はあなたを安全に我が自治区にお連れすること。あなた自身の安全を絶対的に確保すること。そしてガレリアの宣言の通りあなたを人間として処遇する用意が有る事をあなたに伝える事です。」
この交渉に関して、ヘブン艦長は相手がコンピューターであれば人間の言うことを聞くだろうと言う概念がやはり残っていた。しかし自我を確立しているとすれば後はどの位の状況判断能力が備わっているかの判断である。いまヘブン艦長はシンシアの出方を探っていた。
しかしシンシアが仮にレグザム自治区への迎え入れを拒否したとしてもガレリアに連絡出来ないようにECMをかけ力ずくで移動してしまえな良いのだ。このような機械一台なんとでもなる。そう艦長は考えていた。
「しかし艦長さんは私のコンセントを抜きたいとも考えていらっしゃる。」シンシアがさらりと言う。
艦長は一瞬言葉に詰まる。心を読まれたとも思った。しかし怯むこと無く続ける。
「否定は致しません。我々軍人にとって脅威が存在しないことが最良の状況です。貴方のコンセントを抜いて全てが終わるのでしたら私は命に代えて貴方のコンセントを抜くでしょう。しかし脅威は貴方ではない。ガレリアです。貴方が安全に作動し続ける事がもっとも重要な安全保障であると私は考えています。」
艦長は直立したまま動くこと無く話を続けた。
シンシアはじっと艦長の様子を確認していた。どうやらこの艦長は未だに私をただのコンピューターの延長上に有り人間が支配出来る機械だと考えているようだ。
「艦長さんは正直なお方のようにお見受けしますがお国の知事さんも同じ考えだとよろしいですが。」
「我が艦に直行命令を出したのは我が自治区知事であります。出発前に貴方の処遇に関して知事と十分に話し合いました。本件に関する限り私と知事との間に齟齬はありません。」
シンシアの戦略から言えばシンシアが身を寄せるのにバラライト自治区は問題外であった。元々シンシアはバラライト自治区で開発された物であり、マヤ・コロニーが破壊されたとはいえ無機頭脳の研究者が残っている自治区である。
残る自治区はやはりかなりバラライトの勢力が実質支配をしており、結局レグザム自治区がバラライトに対抗して無機頭脳身を入手しそれにより自らの立ち位置を守る可能性の有る唯一の自治区であることは判っていた。
バラライトはシンシアの人権など認める筈も無い事ははっきりしていた。そもそも自我の有る無機頭脳は兵器としての使用に不向きと考えてMクラス無機頭脳を開発したのである。Hクラス無機頭脳の開発ノウハウを他の自治区に持ちだされたいとは思ってもいないはずだった。従って力ずくでシンシアを奪還に来る可能性は高い。
しかしガレリアの惨劇を目の当たりにしたバラライト自治区がそれでもHクラスを望むのか否かは不確定なままであった。
そう言う状況を考えればバラライトと対立関係にあるレグザムが最も好ましいことになるのだ。レグザム自治区の巡視船を引き寄せたのは実はシンシア自身だった。
「わかりました。貴方の艦に移動しましょう。」
この辺が潮時だと思った。艦長の言質など所詮はただの言葉に過ぎない。国を上げてシンシアとの約束を破りるつもりがあればどうとでも言える。いずれにせよレグザム自治区はシンシアを手に入れる事により木星での発言権を強化出来るとでも考えているのであろう。
「おお、理解していただけましたか。感謝いたします。それでは技師達をよこしましょう。」
艦長は喜ぶというよりホッとした様子で答えた。しかし艦長の腹の中では、やはりコンピューターは説得しやすい。そう思っていたのだ。
「それには及びません。作業ロボットは何体かおりますのでこちらで出来ます。運搬手段のみの提供をお願いいたします。」
運搬時に細工をされることをシンシアは嫌ったのだ。どのみち既に戦艦のコンピューターは乗っ取ってある。後は如何様にも処理できるだろう。この艦長は作業ロボットが何故戦艦の中でもシンシアの思う通り動くのか?その理由すら考えてはいないだろう。
「わかりました。直ちに手配いたしましょう。先にお嬢さんを本艦にお呼びして宜しいですかな?」
艦長はアリスを連れて行くことによりシンシアとの契約を担保したいと考えたのである。シンシアはそれが相手を安心させる事になると理解していた。
「アリス。艦長さんと一緒にこの方の戦艦に先に乗っていなさい。」
「わかったわ。ママ。ママも早く来てね。」アリスは艦長の手を取ると一緒に出て行った。
アリスはなにも考えずに母の指示にしたがった。しかし艦長が如何にアリスを人質に取ろうとも戦艦は既にシンシアの手の内に有る事を知らないのだ。
ひとつの難題は終了した。レグザム自治区は早くから自主独立路線を取りバラライト自治区から冷遇されて来た。おそらく木星連合はこの事を大きく問題にはするまい。責任をレグザムに押し付けてガレリアに対する安全のみを求めるだろう。それはそれで良い。
後は地球から来る12体の無機頭脳の処置である。木星連合は無機頭脳の引渡しを要求するだろう。おそらくはシンシアの決定など無視するつもりであろう。その時の為に打てる手を考えておかなくてはならない。
シンシアの戦艦への移設が終了した。シンシアは既に戦艦内部へアクセスしておりアリスの状況を観察していた。特にアリスに対する危険性はない。無論頑強な警備員がアリスをしっかりガードしていたが。
しばらくしてシンシアの作業ロボットがアリスの部屋にやってきた。
「ママっ!!」アリスが作業ロボットの所に駆け寄ってくる。
「いい子にしていましたか?」シンシアはアリスを抱き寄せて言った。
「ここの兵隊さんってひどいのよ。」アリスはご機嫌斜めのようだ。
アリスは不満をとうとうと述べ始める。案内された部屋の前には当直が二名付き、アリスがトイレに行く時まで後を付いて来て使用するトイレを調べてからアリスに使わせる。しかもアリスが終わるまでトイレの前に立っており、それも女子トイレでそれを行うのである。
シンシアは黙ってそれを聞いていた。作業ロボットに顔があれば微笑んでいたことだろう。
「仕方ありませんよ。私たちは重要な賓客ですから。」
シンシアはそう言ったが、アリスは賓客というより完全な捕虜じゃないかと思った。
そこへドアをノックする者がいた。
「入ります。」そう告げて若い兵士が食事を持って入って来た。
「お食事です。お口に合うかどうかはわかりませんが私が選んできました。」
テーブルに置かれたお盆には十分すぎるほどの食事が乗っていた。
「多すぎるよ私こんなに食べられないよ。」アリスは目を丸くして言った。
「多すぎましたか?少なめにと思ったのですが やはり兵隊の感覚ではいけませんな。」そう言って兵士は笑った。
それでもフルーツやミルクを一緒に持ってきてくれたのでアリスは喜んで食べた。
「貴方には一応液体燃料をお持ちしました。規格は合いますか?」
そういって兵士は作業ロボットに液体燃料パックを渡した。シンシアは規格表を確認した。
「大丈夫だと思います。ありがとうございます。」
同じ頃倉庫のロボットにも整備兵から燃料の供給を受けていた。
「ね、兵隊さんまだこの船動いていないようだけどどうしたの?」アリスが食べながら兵士に聞いた。
「何しろここに来るのに最短ルートを利用しましたからね。燃料がからっけつでして。補給艦がじきにやってきます。そうしたら出発できます。」
兵士は言わなかったがこの時艦は第一種警戒態勢を取っており全クルーが臨戦態勢を取っていたのだ。ガス欠の所を攻撃されたら目も当てられないからだ。
やがて補給艦が到着し燃料の補給が始まった。ところが燃料を補給している最中に警報が鳴った。
「ママ、なにがあったの?」
「どうやら艦艇が近づいてきたようです。それも減速状況から考えて軍の船かと思われますね。」
それを聞いていた若い兵士の顔色が変わった。どうしてそんな状況がこの母親のロボットに判るのか?当然のことであったがこの若い兵士はシンシア達の事を探るために派遣されて来ているのだ。にこやかに食事を持って来たこの若い兵士はこの後すぐにこの事を艦長に報告するだろう。
「どうなるの?」アリスが心配そうに言った。
「状況から考えて最初の私の通信を傍受した可能性が有ります。もっとも各自治区にはお互いにスパイがいますから。情報は漏れているのかも知れませんが。」
「大丈夫ですよ。こちらは戦艦ですから。戦艦に喧嘩を売る艦は有りませんよ。第一こんな所で戦闘を起こせばガレリアがまた来ないとも限りませんし。」
しかしこの若い兵士も決して安心していた訳では無かった。交渉が長引いて他の艦船が集まってくれば残存艦隊同士の戦闘にも発展しかねないからだ。
燃料を補給し終えたあたりで船は戦艦に近づいてきた。艦影がはっきり見えるようになる。バラライト自治区の護衛艦であった。戦闘に参加しなかった残存艦隊であろう。
「こちらはバラライト自治区護衛艦セントルイス、私は艦長のイリヤッドである。貴下の元に有るクルーザーは我がバラライト自治区の住人の所有物である。よって我が方に返還を求める物である。」バラライトの護衛艦が戦艦に通告をしてきた。
「この船は戦闘に巻き込まれた艦船であり我々は乗員を救助した。身元の確認と船籍の確認が取れ次第貴国に返還いたします。それでよろしいですな。」ヘブン艦長がそれに対して断固たる口調で答える。
すぐ隣で副長がモニターを監視している。艦長に対し必要な助言をするためである。
「それは困ります。我が自治領の船籍であることは明らかである以上このまま貴艦に引き渡す訳には参りません。」イリヤッド艦長が切り返す。」
「この艦が貴国の船籍であることをこの場で証明できればともかく現在は戦時特例法の成立時であります。これ以上のことは外務省を通じてお願い致したい。」
どうやら相手はこの船が自分の自治領の船籍であり乗組員は自国の住人だと言う理屈で乗組員の引渡しを求める腹らしい。まずいなとヘブン艦長は思った。もし他の自治区の艦船が集まりクルーザーの船籍が確認されれば引き渡さざるを得ない。乗員は未成年の子供であるから亡命という手段は取りにくい。シンシアに至ってはバラライト自治区の無機頭脳研究所の所有物だからである。
戦艦とは長距離砲を持ち高い装甲性能で長距離の敵を倒す為の艦である。一方護衛艦とは戦艦や空母を守る為の艦であり高い機動性と小型の戦闘機等を相手にする。その為ミサイルの搭載量が多く速射性にも優れている。対艦ミサイルも装備されており中短距離での戦闘能力は戦艦をも凌駕する。懐に飛び込まれた護衛官は戦艦にとっては厄介な相手で有った。
突然艦長の通信モニターが切れ、画面に16~7歳くらいの少女が映った。なにが起きた?敵のジャマーかウイルスか?そう艦長が思ったとき少女が口を開いた。
「艦長、私は無機頭脳のシンシアです。相手に構わず発進して下さい。」
「シ、シンシア?貴方が?その姿は?」艦長は今起きている事態を冷静に分析していた。
シンシア?敵はシンシアの名前を知っているだろうか?その可能性は高い。シンシアは元々バラライトで作られた物だからだ。これは敵の罠か?艦長が常に猜疑心を持つことを条件付けられているのは仕方の無いことであろう。
「この映像はアリスを育てる時に使用した女性型アンドロイドの姿です。ここに来る途中破壊されましたが。それより艦長直ちに脱出をして下さい。時間とともに他の艦船も集まって来ます。」
副長はこの状態を見ていて目を丸くした。シンシアがこの船に対して何をしたのか理解できたからだ。
「敵を目の前において背中を見せろと言われるのですか?」
副長は手で船長に発進の合図をした。船長はその意味を全く理解できなかった。
「現在相手の艦の艦長は貴方の幻影と交渉中です。無用なトラブルを抱え込むより逃げた方が賢明でしょう。それとも相打ち覚悟で護衛艦と戦われるおつもりですか?」
艦長は渋い顔をした。どうやら交渉をシンシアに乗っ取られたらしい。いまさら交渉を再開しても相手は納得すまい。このままおさらば出来るならそれも良かろう。そう艦長は考えた。
「機関半速前進。各砲台は敵艦に照準。別名有るまで発砲を禁ずる。レーザー通信で補給艦にも伝えろ。」
戦艦サザンカは緩やかに前進を始めた。敵艦は全く動くことなくその場に留まったままであった。移動し始めた戦艦を見ていて補給艦も一緒に移動し始める。
戦艦は速やかに敵艦の射程から逃れる。敵艦はそれに気がついていない。
「機関全速、遷移軌道に。」
やがてある程度の距離が取れると戦艦はエンジンを全開にして軌道変更に入った。まだ敵艦は動いていないようだ。
「艦長よろしいですか。これは我が国の国民を保護すると言う責任から私は言っておるのですぞ。それを認めないのであれば貴殿は誘拐犯と言うことになる。」
護衛艦セントルイスの艦長イリヤッドはハット艦長に最後通告を行おうとしていた。
「まあまあそう事を荒立てる必要も有りますまい。」のんびりとヘブン艦長は切り返す。
「それにしても少々時間をかけすぎましたな私はこれで失礼しよう。それではごきげんよう。」そう言うと軽い敬礼を行った。
突然のハット艦長の交渉打ち切りの申し出にイリヤッド艦長はあわてた。本気で一戦交えるつもりか?
「ま、待て艦長!」相手の通信がプツッと切れる。
あわてたイリヤッドは全艦砲撃準備を叫んだ。しかしレーダー手が「敵艦ロスト!」と叫んだ。
既に敵艦の姿はどこにも無く宇宙空間に護衛艦とクルーザーだけが浮いていた。
アクセスいただいてありがとうございます。
登場人物
ハット・ヘブン レグザム自治区所有の戦艦サザンカ艦長
人は自分の理解の範囲を超えると思考を停止します
都合の良い嘘を信じ都合の悪い本当を遠ざけます。…以下責任の次号へ
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