第55話 宇宙の雷槌
突然戦場に姿を表したガレリアは北極の蓋の周りから十条程のレーザー光を発射した。十条のレーザー光は一本にまとまってアステカに吸い込まれて行く。
「アステカのレーザー砲塔に命中です。」
提督たちは食い入るように望遠鏡の映像を見ていた。ガレリアは次々とレーザーを発射するとアステカのレーザー砲塔を順番に破壊して行く。
見ていた兵士達から歓声が上がる。なんという命中精度なのかレーザーの発射筒を完全に打ち抜いている。長距離望遠鏡で観測していても惚れ惚れするような名人芸を見ているようだ。
まだかなりの距離があるにもかかわらず、アステカ・コロニーとガレリアの間で壮絶な砲撃戦が始まっている。しかしアステカコロニーのレーザーは収束度が悪いのかガレリアに当たっても耐熱シールドに阻まれ有効なダメージを与えられない。
一方ガレリアのレーザーは収束性が高くしかもこの距離を以ってして複数のレーザーを同一点に命中させると言う神業的な性能を誇っていた。こうなるとアステカコロニーも全く為す術が無い。コロニーの強力な砲塔が一基、また一基と破壊されていった。
一方周囲の木星軍戦闘艦でガレリアの近くにいた艦はガレリアに向かってミサイルや砲撃などの実体弾による攻撃を開始した。光線兵器が無効であるならば実体弾での攻撃に切り替えざるを得ない。しかしガレリアの赤道上の突出部分から小型レーザーが無数に発射され全てのミサイルを叩き落す。
さっきまで悲壮な顔をしていた兵士達も歓声を上げて事態を見守っている。艦橋でも仕官が命中の度に歓声を上げる。まさに戦況は一変した。
「な、なんとこれ程までに強力な兵装を装備しているとは、まさしく宇宙戦争時代に復活した大鑑巨砲主義を具現化したような戦艦ではないか。あれでは全くの無敵だ。」
提督はガレリアを見て心底驚いた地球政府が極秘裏にこれ程の戦艦を作っていたのかしかも我々には機動コロニーと偽って秘密を完全に保ち続けるとは。
ガレリアは内蔵された3基の核融合炉から供給される電力は無数のレーザー兵器の稼動を可能にしていた。
インカとマヤからもガレリアに向かってレーザーが発射される。しかしガレリアに命中しても全くガレリアに被害を与える事が出来ない。
「いくら耐熱シールドが性能が良くてもあんなに強力なレーザーを集中的に浴びては内部の温度が上がりすぎる。とても持たないぞ。」提督が呻く。
「中は一体どんな状態なんでしょうか?」
「人間がいれば蒸し焼きですな」
「パーレイ艦長は一体何を考えているんでしょうか?まるで自殺行為だ。」
「彼が無事であれば良いがな。」
「どういう意味です?まさかパーレイ艦長たちはもういないと?」
「判らない。何しろガレリアに関しては例の新型コンピュータ自身が設計して自分で作ったんだろう。一体どんなものを作ったのかは誰にも判らないのが本当じゃないのか?」
提督が冷静な判断を下した。そもそもパーレイ艦長の独断で戦場に戻ってくる筈がない。彼は決してその様な男ではないことをみんなが知っていたからだ。
確かに今のガレリアを見ていると今まで考えていたコロニー製造用軌道ステーションとは思えなかった。しかしガレリアの持っていた工業能力はまさしく本物であった。つまり木星滞在中から密かに自分自身を改造していたということなのだろうか?
「そうかコロニーに設置している熱回収システムだ。」
「熱回収システム?まさかあの機構はコロニー内の生活エネルギーの最終処分に使われているだけだろう。」
「そうです。人々が生活する上で使用するエネルギーは最終的には全て熱になるが、それらはコロニー最外部にある放射線防御用の水槽に貯められ再度熱エネルギーとして回収される構造になっています。」
「温度差発電だね。しかしそれでも貯めたエネルギーはどうやって外部に放出するのかね?」
「あのレーザーです。余剰エネルギーはあのレーザーのエネルギーとして放出しているんです。」
「そんな馬鹿な、それ程効率の良い熱還流システムなどありえないだろう。」
「我々が作ればですね。しかしガレリアは全く新しい思考システムを備えたコンピューターと聞いています。」
「しかしそうであれば最初からこのような事態を予測して設計された事になる。だとすれば我々は史上最強の戦艦を作った事になるのだが、地球の統合指令本部はそんなことも知らずにガレリアを送りつけてきたのでだろうか?
」
今度は提督が事の核心を突く。そんな事はありえない。これはガレリアの独断行動なのだ。
「私にも判らりません。だがどちらにせよ戦況はこれによって大きく変わりました。突撃艦と護衛艦を発進させる予定時間までは?」
「あと11分。」
隣のインカ・コロニーからのレーザーがガレリアに命中し始めた。何事も無かったようにゆっくりとガレリアは北極部分をインカの方に向けとアステカ・コロニー同様に次々とレーザーを発射する。
たちまちインカの大型レーザー砲が爆発し始める。なんという威力、なんと言う射撃精度、無機頭脳の操る兵器とは人間の能力をはるかに超えている。
「よしっ!状況はわからないがとにかくアステカは沈黙した。突撃艦のアステカへの侵攻を決行するぞ。」提督は決心した。
「ママっコロニーが爆発してる!」
クルーザーの中から戦況を見ていたアリスは叫んだ。
「コロニーではありませんコロニーの外周についている大型レーザー砲が爆発しているのです。」
既にガレリアは大型スクリーンからはみ出す程に大きく写っていた。斜め前方にはファルコンがクルーザーを守るように随伴していた。
「あれが進入口です。」
ガレリアの南極側の船腹に光が瞬いている。その瞬き中に小さな開口が見える。しかしガレリアの大きさから考えると十分にこの船が入る大きさであった。
突然前方に控えていた先ほどのファルコンが位置を変える。アリスがなんだろうと思っているとコンピュータが機体の接近を告げる。小型の駆逐艦がこちらに砲門を向けているのが大型スクリーンに映った。
「ママっ戦艦がこちらを攻撃しようとしている。」
「そのようです。」
突然船体が大きく動いた。ロボットがアリスの座席の前に立ちアリスを守る。
「ママっ怖いっ!!」
しかしシンシアは答えなかった。駆逐艦が発射したレーザー砲を間一髪でかわしたのだ。進入口まであと少し。だが進入コースを取れば確実に砲撃される。
ファルコンが駆逐艦に向かって最大加速で肉薄し駆逐艦とアリス達の間に割り込む。アリスには何が起きたのか判らなかったが駆逐艦の砲撃をまともに受けたファルコンが爆発したのだった。
その間隙を縫ってアリスたちはガレリアのドッグに向かう。ドッグ通過直前にいきなりアリスの座席の両側から何かが跳ね上がる。跳ね上がった物はアリスの座った座席を完全に覆うといきなり周囲から風船が膨らみアリスを包んだ。
風船はアリスの体を強く締め付け身動きが出来ない。そればかりか顔が完全に覆われ息が出来なかった。
「ママっ苦しい助けて。」
耳元でコンピューターの声が聞こえた。
「安全の為に衝撃を吸収します。しばらく息ができませんがご辛抱下さい。」
ドッグに進入すると目の前に網が張ってあり進入してきたクルーザーを受け止め急激に速度が下る。衝撃で船体に強いGがかかった。しかしアリスを支える風船の空気がアリスにかかる衝撃を吸収した。
風船がしぼむとアリスを包んだカプセルは床の中に消えていった。
「はあっはあっ、ぐるじがっだ~っじぬかとおもった。」アリスは肩で息をしていた。
「安全の為の衝撃吸収装置です。アリス怪我はありませんね。」
「ママ、あの飛行機はどうなったの?」
アリスは先程のファルコンの事が気になっていた。
「戦艦の砲撃を受けて爆発しました。戦艦の砲撃から私たちを守ってくれたのです。」
「何故そんな事をしたの?あの人は死んじゃったのかしら?」
「私には……判りません。」
「ここは、ガレリアの中?」
「そうですここは太陽系最強の戦艦の中です。」
シンシアは直ちに活動を開始した作業ロボットは船外に出るとシンシアとガレリアの通信回線の確保の作業を始めた。
「ママっ、スクリーンが写った。」
スクリーンが再び映像を映し出した。
「ガレリアが私達の為に外の映像を送ってきているのです。」
「きれい……。」
幼い少女にとってその映像は単に漆黒の宇宙空間に発生する光の乱舞に見える。その光のひとつひとつが戦闘であり、そこでは何人もの人間が死んでいく場所である事を理解するにはまだもう少し時間が必要で有った。
地球軍艦隊はヘリオスの影から出るとアステカコロニーを守る敵艦隊と砲撃戦に入った。双方共に戦闘機が出撃して壮絶な戦闘になった。細かい作戦は無くお互いに敵めがけて発砲するただの撃ち合いである。
「ラグビーボールはどうなった?」
さっきからラグビーボールの姿が見えない。
「ガレリアです。ガレリアに向かっています。」
木星艦隊は果敢に撃ち合ってはいるがヘリオスの旋回砲塔の威力は大きく徐々に劣勢になってきた。
一方、ガレリアに向かったラグビーボールは一直線に隊列を組みガレリアめがけて全力で突進していた。
「あれに攻撃されたらガレリアでも持つでしょうか?」
「判らん。ラグビーボールといいガレリアといいこの戦争は我々の予想を大きく超える兵器が投入されている。何でこんな事になったのかすらわからんよ。」
既に提督の作戦予測を大きく上回る変化が起きていた。
「ガレリアの蓋が開きます。」
ガレリアの北極についていた装甲蓋が二つに割れて徐々に開き始めた。
「何を考えているんだパーレイ艦長。そこは船内ドッグだぞ。そんな所を開けたらひとたまりも無く破壊される。」
しかしガレリアはドッグの蓋を全開にした。一直線にガレリアに向かっていたラグビーボールが一斉に砲を撃てばガレリアはたちまち火の玉と化すだろう。
その時予想外の事が起こった。一直線にガレリアに向かっていたラグビーボールが反転すると減速を始めた。
「なんだ?何をするつもりだ?」
次々と減速するラグビーボールはガレリアの船内ドッグに吸い込まれて行った。全てのラグビーボールがガレリアに吸い込まれるとガレリアは蓋を閉じ始めた。ここに至って両軍ともラグビーボールが全てガレリアによって拿捕された事を理解したのだった。
「一体何がおきているんだ。」
理由はわからないが少なくともあの新兵器の脅威がなくなったことは確かである。今こそ突撃艦を出撃させる時だ。提督は決断した。
「突撃艦発進!護衛艦は後に続け!」
突撃艦を埋めてあった氷の蓋のが爆発し、突撃艦が現れる。突撃艦の周囲の氷から一斉にミサイルが発射されると次々と爆発し始めた。爆発したミサイルからはきらきら光るチャフが放出される。ヘリオスとアステカの間の空間にチャフの塊が出来た。
突撃艦はチャフの塊の中に突っ込みチャフと共に前進し始めた。一斉に突撃艦めがけてレーザー砲が発射さる。しかし突撃艦の周りに漂う金属の反射体はレーザー砲の威力を減衰させ突撃艦の侵攻を妨害できなかった。分厚いチャフのバリヤーに守られた突撃艦はアステカコロニーめがけて突進していった。中には装甲機工兵が待機しておりコロニーに突入したらその小型の装甲車のような機体で周囲を制圧するのだ。
突撃艦の2番艦で戦況をモニターしていたジャック・シュミットは1番艦が出撃するのを見て興奮していた。周り中の兵士たちが叫び声をあげ1番艦の勇姿を見送った。次はいよいよ自分達の番だ。敵のコロニーに乗り込み敵をなぎ倒して首都政府中心部を制圧する。男として兵士としてもっとも誉高い任務である。
親友のショーン・アライアに1番艦の名誉は譲ったが首都一番乗りの名誉は絶対譲らない。すぐに俺たちも行くからな。待っていろよ。
「いっけーっ、いっけーっ。」周囲から一斉に声が上がる。
「まってろーっ、俺達もすぐに行くぞーっ。」
「敵を全部やっちまうなよ。俺達の分も残しておけ!」
2番艦に搭乗している全員が興奮していた。戦いに逸る気持ちを抑えきれずに大声を出さずにはいられなかった。
すぐだ、すぐに俺たちも戦いに出られるぞ。そこにいた全員がそう思っていた。
突撃艦は周囲から何条ものレーザー攻撃を受ける。しかし艦の周りを包むチャフに威力を減殺され突撃艦に損害を与えられずそのままコロニーと突き進みヘリオスとの中間点を過ぎる。誰もが突撃艦の突入の成功を疑わなかった。
その時突然突撃艦が強烈な光に包まれた。
突撃艦を包むチャフ全体が光を発すると突撃艦が見る見る膨れ上がり大爆発を起こした。周りにいた何隻かの敵味方の艦船もろとも光の渦に巻き込まれ消滅した。
「か、核レーザー!!」即座にジャックは理解した。
アステカコロニー近傍の空間に核レーザーを隠してあったのだ。チャフで守られていても核レーザーのエネルギーの前にはひとたまりも無く、チャフもろとも突撃艦は破壊されてしまった。
「ば、ばかなこんな混戦状態の中で核レーザーを使うとは……。」ジャックは震え上がった。
核レーザーは威力は大きいが照準はあまり正確に制御できない。こんなコロニーからの至近距離で、混戦状態の中での使用は考えられない事であった。木星連邦は見方の犠牲すらいとわない戦法を取ったということである。
「やられる!今出たらやられてしまう。」
さっきまでの高揚感は吹っ飛び死への恐怖に全員が言葉を失った。
「なんという事だこんなコロニーの近くで核レーザーを使用するとは気でも狂ったか?」
提督は信じられない思いであった。核レーザーは爆発と同時に出力装置自体が消滅する。その為に照準が狂いやすい性質が有るのだ。それをこれ程コロニーに近い位置で使用することは戦術上ありえないとされていた。そのリスクを犯してまでこんな物を装備していた事に驚いた。これが木星連邦の切り札だったのだ。
「2番艦発進準備宜しいか?」
突撃艦の内部放送が行われた。上層部は1番艦の失敗にもかかわらず再度発進を行うつもりなのだ。艦内から悲鳴にも似た声が上がる。
「や、やめてくれ。死んでしまう。こんな無意味な死に方はいやだ。」
ジャックはこれ程戦いが恐ろしいと思ったことはなかった。体がガクガクと震えパワードスーツの中は冷や汗でぐっしょり濡れていた。
「提督!突撃艦2番艦の発進命令を!」
ヘリオスから2番艦の発進命令の確認を取ってきた。提督は発進を命ずるか中止するかの決断を迫られる。ヘリオス改造しわざわざここまで航海してきたのはこの場所で突撃艦を発進させる為であった。しかしもしもう一発核レーザーがあれば再び突撃艦の200名は犬死をすることになる。
しかし最初の核レーザーの攻撃によりヘリオス周辺から敵味方共に撤退しており突撃艦突入に関しては絶好の状況に有った。だが今回の作戦では味方の損害が予定以上に大きかった。作戦的には敗北と言えるだろう。それ故敵本土への上陸はこの戦いにより大きなインパクトを与えられる。
しかし現有勢力でそのバックアップは可能だろうか?その作戦上の優劣に従って提督はこの瞬間に決定を下さなくてはならない。それが提督としての任務なのだ。提督は息を詰め額からは大粒の汗が流れ落ちた。
「突撃艇2番艦発進は中止する。」
提督は大きく息を吐き出した。提督は作戦の中止を決定したのだ。
仮に敵コロニーへの侵入に成功したとしてもそれをバックアップする兵力が不足している。核兵器を脅しとして使用したとしてもおそらく敵は戦闘をやめないだろう。
この戦闘上有利な状況の中で自らの保身の為に敵に降参したとなれば政権の維持は出来ずに崩壊する事になるからだ。そうなればいくら条約を結んでも執行は出来ない。
これ以上味方の損耗を増やすことは得策ではない。目的は十分に達することが出来たと提督は判断した。
「提督!ガレリアが前進してきます!!」
ヘリオスの後から追い付いてきたガレリアが今度はアステカコロニーに接近し始めた。
「まずい!!ガレリアがやられたら基地の再建が出来なくなる。」
提督は瞬間的にそう思った。しかしもう遅い。今からあの位置からの離脱は不可能だ。
ガレリアは核レーザーの餌食だ。戦術的に核レーザーは必ずもう一基は有る筈だ。核レーザーを撃たれたらいくらガレリアでも破壊は免れない。
アステカコロニーに近づいていたガレリアが突然上方に向けて大量のミサイルを発射し始めた。ミサイルは近距離で次々爆発しチャフをばら撒き始めた。
「無駄だ!チャフが役にたたないことはさっきの事で証明済みだ。」
大量のチャフがばら撒かれなおミサイルを発射し続けるガレリアが突然光に包まれた。光はガレリアだけでなく周囲の空間全体を光らせ、まるで宇宙全体が光ったように思われた。
「あまりの強烈な光の為にあらゆるセンサーがフリーズを起こし何も見えなくなった。予備のシステムを使いガレリアを映し出す。そこに現れたガレリアの姿は、レーザーを照射された半球が真っ赤に輝いていた。
「だめだ。ガレリアがやられた。あの状態では中の乗員も中の機械もほとんど全滅状態だ乗員は全員が蒸し焼きだ。」モニターを見ていた全員がそう思った。
この戦争は負けだ。アナンケ基地ももう維持することは出来ない。全員で地球に引き上げるか降伏するかの選択しか地球軍には残されていなかった。
「撤退を急げガレリアがやられた。戦闘を終了し艦船をヘリオスに収容する。」提督は全艦に向けての命令を発した。
核レーザーの攻撃を受けた時さしものガレリアも大きな衝撃を受けアリスは悲鳴を上げた。
「な、何が有ったの?ママっ。」
シートベルトを締めていたがひどい衝撃にアリスは椅子にしがみついく。
「ガレリアが敵の核レーザーの攻撃を受けたようです。」シンシアの作業ロボットはひっくり返ったまま答えた。
「どうなっちゃうの?ガレリアは壊れちゃうの?」アリスは真っ青になっていた。
「いいえ、ガレリアは無事です。ガレリアは新開発のセラミック製のチャフを用いて核レーザーの威力を減殺しました。地球軍のチャフは金属製チャフだったのでチャフごと戦艦は破壊されました。」
作業ロボットは立ち上がりながら説明した、シンシアにはガレリアからの連絡が有るらしい。
「しかし外部に装備されていた耐熱被覆はもう役に立たないでしょう。ガレリアは丸裸になります。」
「提督!ガレリアが!」誰かが叫んだ。
真っ赤に焼け爛れたガレリアの半球が徐々にはがれ始めた。被覆が次々とはがれ落ちると下にある外壁が見え始める。
「なんだあれは?」
次々とはがれる被覆材の下からは銀色に輝くガレリアの外壁が見え始めた。被覆の無くなったガレリアは全く無傷の船体を現し始める。
「な、なんとこんな事が。」
真っ黒だった船体が銀色に輝く船体に変化するのを見たのか、突然アステカコロニーから上方に向けた大型のミサイルが発射された。しかしガレリアから発射されるレーザー光がミサイルを捕らえる。
「核レーザーは2発だけだったようだ。これで彼らは切り札を失った。」提督はそう呟いた。
勝てる。これで戦況は決定した。アステカコロニーに接近するガレリアを見て敵は震え上がっているだろう。
『警告!軌道速度で接近する物体が有ります。』コンピューターが警告する。
「対空防御!」艦長が叫んだ瞬間突然アステカコロニーが光に包まれる。
コロニー中央部がまばゆいばかりに光を発し、徐々に膨れ上がってきたと見るやコロニーはその中腹当たりで大爆発を起こした。
「いかん、全艦撤退!爆発から退避させろ!!」提督が怒鳴った。
撤収の信号弾が打ち上げあられた。敵も見方も爆発に巻き込まれないように全力でコロニーから遠ざかって行った。
コロニー中腹の一部が吹っ飛び大きな塊となって飛び出して行く。
コロニーの各所から水が噴出しついで大きな箱が飛び出してくる。おそらく市民が入っている避難シェルターに違いない。しかし今は自分達の安全を図るのが最優先だ。
「何が起きた!?」
「核レーザーが軌道速度で爆発を起こしました。」
「各部被害を報告。」
こんな戦況は予想だにしなかった。一体誰がどうやってこんな事をしたのだ?
「提督!マヤも爆発を起こしています。」
「何だと?拡大できるか?」
「はいっ!」
拡大された画像にはアステカと全く同じように腹に大穴を明けたコロニーの姿が見えた。艦橋にため息が漏れる。コロニーが破壊される様を見せられたのだ。コロニーに住む者の最大の悪夢が具現化されたのだ。
「インカは無事か!?」
提督はトリポールの最後のコロニーに思い至った。もしこれが破壊されていたら人々が避難する先を失う。戦争は一時休戦してでも人々の救助に当たらなくてはならない。
「今の所インカは無事なようです。」
「一体何が起きたんだ?」提督がやっとのことで言った。喉がカラカラに乾いていた。
「か、核レーザーがコロニーに打ち込まれました。」
「なんですって?我々は装備していません。一体だれが?」参謀にしてみれば想定外の結果が起きてしまったのだ。
「ガ、ガレリアだ……」それ以上は言葉にならなかった。
提督は足が震えた。なんと言う惨状、一体何人が死んだ事か。この戦争でおきてはならない事がおきてしまった。
「ママっコロニーが爆発しちゃったわ。」スクリーンを見ていたアリスが悲鳴を上げた。
「なんと言うことを……」心なしかシンシアの声も震えているように聞こえた。
「ママ……あそこにいた人達どうなっちゃったの?」
コロニーが破壊されたのである。どうなるかは子供でも知っている。コロニーに住む子供たちは幼稚園の頃からこのような事態に備える訓練をしているのだ。
「私はこうなる事を恐れていました。ガレリアが行う厄災の中の最悪の事態が起きてしまいました。」
「ママこれからどうなるの?」
「これ以上の厄災を広げるわけには行きません。」
「ママ、怖い。」アリスは作業ロボットにしがみついた。
「私は何が有っても貴方を守ります。貴方と貴方の住むこの世界を守ります。」
作業ロボットはいきなりアリスを抱きかかえるとアリスを脱出ポットに押し込んだ。
「ママっここから出してっ!」
いきなり部屋に押し込められたアリスは驚いて母親に訴える。
「私はガレリアを止めに行きます。しかしガレリアは非常に強力な電源を持ちコンピューターのサポートを受けています。私が勝てるかどうかは判りません。」
扉に付いた小窓越しに作業ロボットはアリスの顔を見ていた。
「ママ!!何をするつもりなの?」
アリスは恐ろしい予感に心臓が高鳴る。
「私は私自身をウィルスとして送り込みガレリアを破壊します。私自身生き残ることが出来るかどうかわかりません。しかし無機頭脳に勝てるのは無機頭脳だけです。」
「やめてっママっ!いっちゃやだ!」
昨日アリスはシンシアのボディが殺されるのを目の当たりにした。今度は母の心を失う事になるかもしれない。その恐怖にアリスの胸は縮み上がった。
「私が戻らなくともこの船が貴方を脱出させます。船が攻撃を受けて破壊されても脱出ポットを発射します。脱出ポットを攻撃する者はいません。もし危険だと思ったら横にある赤いボタンを押しなさい。船は私に関係なく退避を始めます。」
「ママっ何を言っているの?ママはずっと私の側にいて私を守ってくれるんじゃないの?」
アリスは力いっぱいドアを叩く。しかしドアはびくともしなかった。
「ああ……アリス、私は貴方を愛しています。この宇宙の何よりも貴方を大切に思っています。貴方の成長を見続けたこの十年は私にとって何よりの幸福な時でした。私は貴方と貴方の住む世界が壊されていくのを見過ごす事は出来ません。さようならアリス貴方の幸せを祈っています。」
シンシアはこの十年間の思いを込めてアリスに告げた。
「いや~っやめてっ!ママ!!いっちゃやだ~っ!!」
必死のアリスの叫びにもかかわらず、突然ロボットは力が抜けたように崩れ落ちた。アリスの母は行ってしまったのだ。
クルーザーの操縦室は動くものもなく静寂に包まれた。
アクセスいただいてありがとうございます。
登場人物
ベネデット・カステッリ提督 木星遠征隊の司令官
ヘンリー・ノリス参謀 提督の参謀
ティコ・ブラーエ艦長 木星遠征隊 旗艦カンサスの艦長
ドーキンス・ガラン 軍人 駆逐艦バンデット搭乗 中尉
スティーブン・ワイヴェル 地球軍所属 駆逐艦バンデット艦長
グリッド・サンバリー 木星軍所属 護衛艦ワインダー艦長
ヘリオス 木星の衛星のひとつ、地球軍によって兵装され戦艦として運用
トリポール 木星連邦の首都コロニー群 3基の要塞コロニーで構成される
兵士は戦に出、家族は残ります。
家族の為に戦わされる兵士は家族を殺されたら誰を恨むべきでしょうか…以下大目玉の次号へ
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます