ゾンビ化の原理(後)

    ◇


 最初からゾンビだった……? 夢にも思わなかった内容に言葉を失った。


「以前にお話しした、ゾンビ化をもたらす三大原因についておぼえていますか? 簡潔かんけつに言うと、レイヴンズヒルから離れていること、人口じんこう密度みつどが低いこと、体力を消耗しょうもうしていることの三つです。

 一つ目は単純に距離の問題。二つ目はエーテルの濃度でしょうか。エーテルは人間に引き寄せられる性質がありますから、人口密度が高いほどエーテル濃度が高くなります。そのため、魔法も発動しやすくなるのです。

 三つ目はよくわかりませんが、彼らは『源泉の宝珠ソース』の力を借りて、『転覆の魔法』の効果を自身におよぼしていて、体力を消耗すると、それを維持できなくなるといったところでしょうか。

 要するに、ゾンビ化とは『転覆の魔法』のあみからもれてしまうこと。そして、彼らと『源泉の宝珠ソース』をつなぎ止めていた糸が、ひとたび切れてしまえば、元通りになることはありません」


「……全部わかってたんですか。わかった上でこんなことをさせたんですか」


 ふるえるコブシをにぎりしめた。最初からおかしいと思っていた。こういう理由だったのか。


「確信があったわけではありません。しかし、十年前には予測していました。その時、私は『転覆の魔法』を解く研究をやめました。人口減少がもたらす弊害へいがい痛感つうかんしていましたから。それからは〈外の世界〉へ行く別の手段を模索もさくし始めました。

 口外こうがいしなかったのは単純な理由です。口に出すのが怖かった。言葉にすることで、〈外の世界〉へ行く夢を断念だんねんせざるをえないのが怖かったのです。他の方々も、あえて気づいていないフリをしている。そのぐらいに考えていました」


「わかっていたのなら、どうして!」


 我を忘れるぐらいカッとなり、声をあららげながらパトリックにつめ寄った。


「それを上回るメリットを感じた。ただ、それだけのことです。あなたも、市街の惨状さんじょうを見てきたのではありませんか?」


 パトリックは動じることなく言い返した。多くの人をゾンビ化させたことに、後悔を感じている様子はない。


「よくそんな残酷なことを言えますね」


「『転覆の魔法』を解くためだけではありません。彼ら『忘れやすい人々』は、新しい仕事や生活に適応てきおうするのが困難こんなんです。新たな制度をもうけることも、政策を推進すいしんすることもできず、歯がゆい思いをたびたび味わってきました」


 〈転覆の国〉は二十年前から人口が半減した。辺境へんきょうではゾンビ化がひと段落し、『忘れやすい人々』はめっきり少なくなったそうだ。


 ただ、最もゾンビ化しにくい街――レイヴンズヒルには一定数いっていすう残っている。その数は全人口の二割とも言われている。


 『忘れやすい人々』――彼らは『転覆てんぷく』後の記憶を保持ほじできない。


 厳密げんみつに言えば、一時的におぼえられても、一週間程度頭から離れると、記憶からきれいさっぱり失われ、思いだすことさえできなくなってしまう。


学長がくちょうは知らないんです。たとえ普通の生活を送れなくとも、その人たちとの生活を、大切に思っている人がいることを」


 ダイアンの顔が頭にうかんだ。彼女はつらい思いを味わっても、『忘れやすい人々』との生活を選んだ。彼女の今の心境しんきょうを思うと、胸が苦しくなった。


「もちろん、彼らには同情しています。しかし、このまま現状をズルズルと放置ほうちすれば、自らの首をしめ、いずれ破綻はたんをむかえるでしょう。彼らを守るために、無用むよう犠牲ぎせいを生み続けるのはおかしくありませんか?」


「それはやれるだけのことをやってから、言うべきセリフです」


「もうあらゆる手はつくしました。あなたが知らないだけです」


 パトリックもけんか腰となって語気ごきを強めた。


「すでに死んでいる彼らに、これ以上かまっている余裕はありません。我々に求められているのは、彼らを見捨てる勇気と〈外の世界〉へふみだす覚悟です」


 怒りをこらえ切れず、衝動的にパトリックの胸ぐらをつかんだ。そして、力まかせに背後の壁へ押しつけた。近くで見守っていたスージーが、あわてて仲裁ちゅうさいに入ってくる。


「私は理性で物を語っています。対して、あなたは感傷かんしょうで物を語っている。最初から折り合えるわけがありません」


 パトリックもおくすることなく反論してきた。スージーが心配そうに「ウォルター」と僕の腕に手をかけた。


「ウォルターにも責任があるんですよ。あなたは『転覆の魔法』を解いてみせた。つまり、この国の『転覆』や彼らのゾンビ化に、少なからず関与かんよしている証拠です」


 パトリックがはき捨てるように言った。言い返すことができなかった。その鬱憤うっぷんが怒りを増幅ぞうふくさせて、相手のえり元をさらに強くしめ上げた。


「私を見誤みあやまらないでください。決して、軽はずみな考えで動いたわけではありません。これだけのことをしでかした。非難の矛先ほこさきとなるのは承知の上。処刑でさえ甘んじて受ける覚悟です。

 それだけの信念をもって行ったのです。ですから、あなたも相応そうおうの覚悟をもって、私をなぐるなり、ここから突き落とすなりしてください」


 パトリックにはパトリックなりの正義がある。それはわかった。だけど、絶対にゆずれない。許すことができなかった。


 腕にいっそう力をこめると、パトリックが苦悶くもんの表情をうかべる。スージーが体をはって止めに入ってきた。


「やめてください。ウォルター、やめてください」


 所詮しょせん、よそ者にすぎない自分のワガママなのか。きれい事を言っているだけなのか。


 悲鳴に近いどよめきが起こる。窓から地上を見下ろすと、なだれをうったように大勢おおぜいが宮殿から飛びだしてきた。人間が豆粒まめつぶほどの大きさでも、大混乱におちいっているのがひと目でわかった。


「絶対に認めません。学長はまちがってる……、絶対にまちがってる!」

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