転覆の時(後)

     ◇


 パトリックが引き止めるように腕をつかんできた。


「ウォルター、冷静に考えてみてください。巫女みこがこの国を大地ごと『転覆てんぷく』させたのも、きっとこの国を守りたいという一途いちずな思いがあったからです。しかし、今となっては我々の足かせでしかありません。

 敵の目的は我々の殺戮さつりくでなく、巫女の命。この国に巫女が存在しないと証明できれば、彼らがこの国に手出しする理由もなくなります」


 理屈はわかっても、巫女の敵と取引すること自体、我慢ならなかった。それにパトリックのあやしい様子が、別の目的があるのではないかと勘ぐらせた。


「……無理です。問題が大きすぎます。巫女がこの国を『転覆』させたのは、よほどの理由があったからです。それがわからない以上できません。そもそも、何で僕にできると思ったんですか。〈悪戯〉トリックスターで解除できたとしても、それは一時的なものにすぎないですよね?」


「一時的でもかまいません」


「そのことに何の意味があるんですか」


 やはり何か隠している。そこまでして言いたくないのか。


 それに様子がおかしい。いつものパトリックじゃない。どこか『暗示あんじ』にかかっているように見えるけど、自分で自分にかけたとも思えない。


「わかりました。全てお話しいたします。実は、昨日コートニーをここへ連れて来て、『源泉の宝珠ソース』へ〈分析〉アナライズを使用してもらいました。それによって判明したことが三つあります。

 『転覆の魔法』の効果を持続させているのが、この『源泉の宝珠ソース』だということ。そして、術者じゅつしゃが巫女だということ。ここまでは我々の予想通りです」


 昨日そんなことをしてたのか。コートニーからは何も聞いていない。しばらくためらった後、パトリックが重い口を開いた。


「最後の一つ――それは、巫女が『転覆の魔法』を解除する権限けんげんを他者へ委譲いじょうしていたことです。誰だと思いますか?」


 話の流れからすれば、自分なのだろう。想像はついたけど、もちろん身におぼえがない。また記憶にない話をされるのだろうか。


「僕ってことですか?」


「はい。トリックスターという名がしるされていました。巫女は解除権限をあなたへたくしていたのです」


「ありえません。僕は最近この世界へ来たばかりです。巫女にだって会ったことない。それに、そんな話はコートニーから聞かされていません」


「それはそうでしょう。私が口止めしましたから」


「どうしてそんなことをするんですか」


「敵との戦いに集中してもらいたかっただけです。深い意味はありません」


 言いわけにしか聞こえない。裏切られた気持ちになり、不信感をあらわにした。


「私も始めは信じられませんでした。ですから、あなたの言葉が真実であると証明するためにも、今から〈催眠術ヒプノシス〉で確かめてみませんか?」


 悪くはない提案だと思った。自分でも確かめたい気持ちがある。ただ、罠にかけてくることも考えられるから、用心しなければ。


「わかりました。ただ、〈悪戯〉トリックスターは使いませんよ」


「承知しています」


 パトリックは考え込んだ。僕を納得させるだけの文言もんごんを、頭の中で組み立てているのだろう。ほどなく、慎重に言葉をつむぎだした。


「もしあなたが、この国にかけられた『転覆の魔法』の解除権限を持っていたら、それを行使こうししてください。いいですか?」


「……望むところです」


 記憶を失っていた時期などない。一、二ヶ月前、初めてこの世界にやってきた。自分であるはずがない。強い確信があった。


 そんな意思とは裏腹うらはらに、体が無意識に動きだす。


 我に返った時には、宝珠に向けて手をかざしていた。そして、それがあわい光を発し始めたのを見て、自分が何かをしたことに気づいて愕然がくぜんとした。


「そんな……、どうして……」


 まもなく、強烈な光が爆発的に広がった。身がまえるほどのそれが静まると、今度はどこからともなく地鳴じなりが聞こえてきた。大気たいきをふるわすようなそれが、鎮座ちんざ充満じゅうまんしていく。


 鎮座の間を飛びだして、窓から空を見上げた。平衡へいこう感覚を失った感じがあったけど、外には特段とくだんの異状は見られない。


 しかし、地中の奥底おくそこから噴きだしてくるような轟音ごうおんが世界をつつみ込んでいた。


 こう思わずにはいられなかった。大地の『転覆』が始まった――と。


     ◆


 大地の『転覆』が始まった時、トランスポーターはレイヴン城にほど近い尖塔せんとう突端とったんで、静かにたたずんでいた。


 異変に気づくと、まぶたを開けて周囲を見回した。


 不気味ぶきみな地鳴りの発生源はっせいげんは特定できない。あらゆる方向から、押し寄せてくるようで、時おり、不快な金属音がまじっていた。


「インビジブルがやりとげたか。案外あんがいあっけなかったな」


 長い間、手の届かなかった楽園が、ついに崩壊してしまう。自身の胸の中にだけ存在し、攻略にはげんでいた昔日せきじつの記憶がよみがえり、もの悲しい気分にさらされた。


 今回の作戦立案りつあんは全くの第三者。失敗を見込むどころか、それを願ってさえいただけに、彼の胸中きょうちゅうは複雑だった。


「いや、彼がやりとげたと言うべきか」


 ウォルターが〈とま〉へ向かってから、彼は安全な場所を探した。視界の共有が行える〈千里眼〉リモートビューイングは、発動している時に目をつむる必要がある。


 さらに、能力の貸し借りを行っている関係上、二つの能力を同時に発動することはできない。発動中は〈不可視インビジブル〉を解除しなければならず、ひどく無防備むぼうびになってしまう。


 彼は辺境伯マーグレイヴの視界を通して一部いちぶ始終しじゅうを見守った。そのため、音声がとどいてなくとも、ウォルターが何かをしたことだけはわかった。


 彼にとっての念願ねんがんであり、宿命しゅくめいとも言える『転覆てんぷく巫女みこ』打倒。それに向けて一歩前進したことを考えれば、感傷かんしょうにひたっている場合ではない。


 気を入れ直したトランスポーターは、レイヴン城の城壁ごしに、力強いまなざしで〈止り木〉を見上げた。そして、まだ見ぬ巫女へ語りかけるようにつぶやいた。


「さあ、姿を見せろ、『転覆の巫女』。お前の国が――お前の築き上げた国が、悲鳴を上げているぞ」

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