パトリックの戦い(前)

     ◆


 評議会ひょうぎかいが開始されてから二十分。市街でくり広げられる激闘をよそに、冷静な議論が行われていた。パトリックはそれに参加することなく、部外者ぶがいしゃのように耳をかたむけた。


 議題は目下もっかの戦闘に関してではなく、レイヴン城が落とされた場合の方針に重点じゅうてんが置かれた。


「レイヴンズヒルを放棄ほうきすることも考慮しなければならないか」


「その場合、避難先はサウスポートか、それともストロングホールドか」


「なるべく〈外の世界〉から離れていたほうがいいだろ」


「それならサウスポートか」


 市街において命がけで戦う兵士のことを考えれば、自らの身の安全ばかりを気にかけているようで、不謹慎ふきんしんに思われた。


 しかし、パトリックも他人のことを言える義理ぎりではない。この非常事態にじょうじて、かねてから胸に温めていた野望やぼうを実現させようとしている。


「一つ提案があるのですが、お時間よろしいでしょうか?」


 唐突とうとつ挙手きょしゅしたパトリックが言った。とまどったり、いぶかしげに彼を見つめる議員が現れる。彼が自ら発言の機会を求めることは異例だった。


 助言役として出席するパトリックには発言権がないに等しい。当然、議決権ぎけつけんもない。彼自身も立場をわきまえ、過剰かじょうなまでに配慮はいりょしてきた。


「ああ……。何だね、学長がくちょう


敗色はいしょく濃厚のうこうとなった場合、『源泉の宝珠ソース』を敵に差しだし、和睦わぼくを求める選択肢もあるのではないでしょうか」


「『源泉の宝珠ソース』を……?」


「それで、本当に敵は引き下がるのか。連中の目的が『源泉の宝珠ソース』だけだという確固かっこたる証拠はあるのか」


「そもそも、連中はなぜ『源泉の宝珠ソース』をねらっているんだ」


 パトリックの意見は不評ふひょうを買った。だが、これでほこをおさめるつもりはさらさらなかった。


「彼らの目的は巫女みこの命で、この国を制圧せいあつすることではないと思います。『源泉の宝珠ソース』をうばうことによって、巫女の行方に関する、何らかの手がかりが得られると考えているのではないでしょうか」


「……それは本当なのか」


「学長の推測すいそくじゃないのか」


 その時、議場ぎじょうの扉が開いたことで、議論が中断した。議員たちの顔がいっせいにそちらへ向けられる。ところが、いくら待っても、誰も姿を見せなかった。


 ほどなく、見張りの魔導士が顔をのぞかせ、黙ったまま、議場内へいぶかしげに視線を送り続けた。


「……どうした?」


「いえ、扉が開いたので誰かが出ていらっしゃるのかと……」


「……?」


「そっちが開けたんじゃないのか?」


 パトリックは敵の能力者だと直感ちょっかんし、しばらく警戒の目をそそいだ。しかし、その敵は姿を現さず、議論が再開されたため、目を戻した。


「この国をさがし回るだけでは満足できないのか」


「それはやりつくしたということでしょう。おそらく、巫女がこの国にいないと言っても、彼らが手を引くとは思えません」


「待ちたまえ。まるで巫女を敵方てきがたに引き渡すような議論は不適切ではないか」


「『源泉の宝珠ソース』は巫女の遺産いさんであって、巫女自身ではありません」


 パトリックの無遠慮ぶえんりょ物言ものいいに、議場がざわつき始める。


「仮に『源泉の宝珠ソース』を差しだした場合、どういった事態になることが考えられるかね?」


「おそらく、この国にかけられた『転覆の魔法』に影響が出るのはさけられません」


「天地の反転はんてんが元通りになるということか」


「完全に解けるかはわかりませんが、〈外の世界〉へ持ちだされれば、相当の影響が出てくると思われます。とはいえ、今こそ〈外の世界〉へ扉を開く時ではないでしょうか。

 穴ぐらにこもっているから、何かを隠し持っていると、痛くもない腹を探られるのです。〈外の世界〉との自由な往来おうらいが再開されれば、この国にもう巫女はいないと、内外ないがいに証明できます」


「〈外の世界〉には人狼じんろう族がいる。再び戦争が起こるのではないか?」


「〈侵入者〉から得た情報によれば、人狼族の世は終わったと聞きます」


「しかしだな、現に人狼族より厄介やっかいな連中が攻め込んできたではないか」


「そうです。もはや、天地の反転は我々を守る盾として機能せず、我々の行動を制限するだけのおりしています。〈転送〉トランスポートの能力者が複数存在する以上、敵の大量流入を阻止そしする手段はありません」


「学長の意見はもっともだ。最悪の事態にそなえておく必要もある。確認しておきたいのだが、『転覆の魔法』を解くことで、何か他のデメリットは考えられないかね?」


「……ございます」


 パトリックはできればその話をしたくなかった。持論じろんを通す上では、不利になることがわかりきっていた。しかし、さけては通れない道だと覚悟を決めた。


     ◆


 パトリックが語った『予測』は、衝撃をもって受け止められた。それが核心かくしんにいたった瞬間、にわかに議場がどよめいた。


「バカげている。そんな恐ろしいことができるわけがない」


「学長はそれがわかった上で『源泉の宝珠ソース』を引き渡すと言うのか」


 興奮のあまり、テーブルをたたく議員も現れた。議員たちの反発はもっともであり、これが常識的な反応だ。パトリックの『予測』が現実となれば、この国は壊滅的かいめつてきな打撃をこうむる。


「〈外の世界〉にも私たちと同じ多くの人間がいます。そのことは、必ずしも致命的ちめいてきな問題になりません」


「しかしだな、ただでさえ人口減少に悩んでいるというのに、なぜ自分の首をしめるようなことを、わざわざ行う必要があるのか」


「そもそも、あれは巫女のわす形見がたみとも言うべき神器じんぎの一つ。軽々しく引き渡せるものではない」


「お言葉ですが、事ここにいたっては巫女との決別けつべつを考えるべきではないでしょうか。巫女が姿を消してから、二十年近い時がたっているわけです。巫女のために、国を危機的状況におとしいれては本末ほんまつ転倒てんとうです」


「言っていいこと悪いことがあるぞ。巫女はこの国をきずき上げ、我々に魔法の力をさずけてくださった。さらに、人狼族との戦争を勝利にみちびいてくださった。我々が今ここにあるのも、全て巫女のおかげだ」


「みなさまはそれをおぼえておいでですか?」


文献ぶんけんには残っている」


「しかし、今回の災厄さいやくを招き寄せた元凶げんきょうは、巫女に他なりません」


「学長、口がすぎるぞ。つつしみたまえ」


 パトリックは国を守りたい一心いっしんだ。それは義務感、使命感しめいかんと呼べるものだった。けれど、しだいに巫女への強い反感――憎悪ぞうおに近い感情にとらわれ始めた。

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