巫女への執着(後)

     ◆


 トランスポーターは本来の役割を果たすことに決めた。ひそかに周辺へ視線を送り、〈転送〉トランスポートのためのマーキングを始める。


 内心では後悔していた。昔から、できるかぎり戦闘をさけ、それに追いつめられた時点で負けとさえ思っていた。


「話が通じる男と勘違いしてもらっては困る。目的のためなら、手段を選ぶつもりはない。本望ほんもうではないけど、あの岩のかたまりと手を結んででも、この手で障害を取りのぞかせてもらう。

 ただ、君をどうこうしようという気はさらさらないよ。ジャマをするというなら、たとえかつての仲間だとしても容赦ようしゃしないけどね」


 鉄製の火かき棒――腕と同程度の長さのそれが、路地のほうからフワフワと上昇してきて、トランスポーターのそばをただよい始めた。


「この能力は〈念動力サイコキネシス〉。この火かき棒はさっきそこで拾った」


 トランスポーターが最も警戒しているのは〈悪戯〉トリックスターによる能力無効化であり、〈転送〉トランスポートを封じられることだ。


 幸いにも、彼がいる建物は屋根に傾斜けいしゃがあり、平らな面が片足を置ける程度しかない。一つしかない煙突も彼が占拠せんきょしているため、接近の危険は少ない。


(まずは、これで能力の有効範囲を確認するか)


 右手の先にただよう火かき棒を、投げつけるように操作した。それが回転しながら、ウォルター目がけて飛んで行く。どの程度の距離で操作不能になるかで、有効範囲を見きわめるつもりだ。


 しかし、ウォルターは予想外の行動に出た。空高く舞ったかと思うと、さっそうと反対側の建物へ飛び移り、すかさず『かまいたち』で攻撃してきた。


 意表いひょうをつかれ、トランスポーターは〈転送〉トランスポートを使うヒマさえなかった。〈一極集中コンセントレート〉で頭上ずじょうへ飛び上がり、着地前に別の建物へ移動した。


「それが噂の魔法か。話に聞いていた以上だよ」


 〈外の世界〉で魔法を使う人間は辺境伯マーグレイヴぐらいしかいない。ただ、〈侵入者〉から話を聞かされていたので、知識はそれなりにあった。


(十メートルもあれば、安全圏あんぜんけんってところか……)


 能力を無効化させなかったことから、先ほどまでの位置関係は、有効範囲の外であると仮定した。


 ウォルターは休むヒマを与えない。三発の『かまいたち』をたて続けに放った後、相手のいる建物へ飛び移った。


 〈転送〉トランスポートには時間を要する。攻撃をたたみかければ、移動先をしぼり込めることを、彼はサイコとの戦いで知った。


 トランスポーターの姿が消えた。その姿を近くの建物にあっさり発見するやいなや、すかさず追撃を行う。そして、そっぽを向いていたのも見逃さなかった。


 再び姿が消えたのと同時に、目星めぼしをつけた建物へ先回りした。けれど、敵はそこに現れず、ほどなく見当違いの方向から声が上がった。


「こっちだよ」


 トランスポーターは先ほどまでいた煙突の上にいた。わざと別方向を凝視ぎょうしすることで、ウォルターの誤認ごにんさそった。


 間髪かんぱつ入れずに、『かまいたち』を撃ち放つと、相手は数十メートル離れた建物へ移動した。予備動作がないわりに、遠くへ移動しすぎていると、ウォルターはあやしんだ。


 〈転送〉トランスポートを自身に適用する場合、二通りの発動方法がある。移動先を一定時間凝視し続ける方法と、事前に登録した座標への移動だ。どちらにせよ、距離に応じた時間がかかるのは変わらない。


 しかし、前もって登録した座標への移動は、凝視の手間てまがはぶけることに加え、移動先の先読みができる。先読み終了後なら、タイムロスなく移動できる。


 ただし、保存できる座標ざひょうは三つまでで、二ヶ所を同時に先読みできないなど柔軟性じゅうなんせいはとぼしい。三択さんたくの移動先を的中されたら一巻の終わりだ。


「さっきもそこへ移動しただろ」


「そうだったっけ?」


 トランスポーターはとぼけた様子で答えた。相手の接近を許したが最後。余裕を見せながらも、綱渡つなわたりの状況にあるのを自覚している。


 ウォルターにしても、有効範囲におさめて、能力無効化を展開すれば敵の足を止められるが、建物間の移動に〈悪戯〉トリックスターの手助けが必要なため、話はそう簡単ではない。


 トランスポーターは相手の目を盗んでは、登録座標の書きかえを小まめに進めた。自身の能力だけあって、欠点を知りつくし、サイコよりも数段すうだん使いこなしている。


 しばらくの間、イタチごっこがくり返された。ウォルターは相手の動作から移動場所を推測したが、ミスリードさせるものが多く不調ふちょうに終わった。


「そっちは逃げ回るだけか」


 挑発するだけで、攻撃らしい攻撃をしかけてこない。ウォルターはイラ立ちとあせりをつのらせた。


「実を言うと、僕に課せられた役目は君の足止めなんだ。君を倒そうだとか、手傷を負わせようとか、これっぽっちも思っていない」


 思いも寄らなかった内容に、ウォルターが口元をゆがめた。手をこまねいていると、遠くで歓声のようなどよめきが起こった。それには怒号や悲鳴もまじっていた。


 そちらの方向へ二人して目を向けると、大通りにゴーレムが姿を現した。


 まだ一体を取り逃がしただけでは――ウォルターの願望はすぐに打ちくだかれた。一体、また一体と遠目とおめに発見し、さらに、付近からも地響じひびきのような足音が聞こえてきた。


「どうやら、事態が動きだしたようだね」


 満足げに言った相手を、ウォルターがキッとにらみつける。


「あのゴーレム、僕なら止められるよ? それでもなお、君はあの女のナイトを気どり続けるのかい? 国の一大事いちだいじにも関わらず、コソコソと隠れ続ける薄情者はくじょうもののために、どれだけの命を犠牲にするんだ」


「何度も言わせるな! お前とは手を組まない!」


 トランスポーターはうんざりしたように肩をすくめた。


「さっきも言ったように、僕の目的は君の足止めだ。結局のところ、逃げることしかしない。だから、仲間のところへ加勢かせいしに行ってもいいよ。ただ、背中には十分に注意をはらったほうがいい」


 後回あとまわしにされかねないことを見越みこして、先手を打った。心理的なかけ引きでも、トランスポーターが一枚いちまい上手うわてだ。


 目の前の敵を野放のばなしにはできない。だが、打開策だかいさくは見つからず、いたずらに時間を浪費ろうひするわけにもいかない。その板ばさみによって、ウォルターの表情が苦渋くじゅうに満ちた。

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