泥人形

     ◆


 大山おおやま大噴火だいふんか後に形成された〈樹海〉は、農業に不向きな土壌どじょうで人の手が入っていない。


 さらに、高低差こうていさの激しい地形が足をふみ入れた者を迷わせ、それが人を遠ざける最大の要因になっていた。


 高齢こうれいの男は右に左にフラフラと、一見あてどなく進んでいると思われたが、実際はうっすらと確認できるケモノ道を、道なりに歩いていた。


「あとどれくらい歩くんだ?」


 直後を歩いていた辺境伯マーグレイヴが尋ねた。


「もう少し先です」


「ずいぶん用心深いやつだな」


「道は合っているんだろうな?」


「ご安心ください」


「おいおい大丈夫か。〈樹海〉でのたれ死ぬなんて、ごめんだぞ」


 後方を歩いていたネイサンが、今すぐ帰りたそうにボソッと言った。


「君はどこの街の出身だ。金でやとわれているのか?」


 イェーツ卿が高齢の男に尋ねた。


「ご想像にお任せします。キヒヒッ」


「……気味の悪いやつだな」


 サム――護衛の一人がつぶやいた。


     ◆


 その後、一時間以上歩かされた一行の前に、ポッカリと開けた原っぱが突然現れた。


 人為的じんいてきにつくられた様子だが、付近に家や小屋などは見当たらず、生活の痕跡こんせきは見られない。ただ、少し離れた場所に洞窟どうくつの入口が見えた。


 立ち止まった高齢の男が、一行を振り返った。


「では、交渉を始めるとしましょうか」


「お前かよ……」


 ルイス――護衛の一人があきれた様子で言った。


 ただの案内役と思っていただけに、全員が意表をつかれた。苦笑をもらしたり、冷淡な視線を送る者が数多くいた。


(この男、妙に嫌な感じがすると思ったが、身なりが汚いからじゃないな。あれだ。ゾンビとそっくりなんだ)


 ネイサンが胸中きょうちゅうで感じていた通り、高齢の男は血色けっしょくが悪くて衣服もボロボロ。理性があることをのぞけば、ゾンビ的特徴を、残らずそなえていた。


「待て待て。私はこの国を代表してこの場に来ている。その……、君は何だ。案内役じゃないのか。もしかして、君が向こうの責任者なのか。君の言葉にどれだけの効力があると思っていいんだ」


「全面的に任されていると思ってもらってかまいません。みすぼらしい格好の私では、お気に召しませんか? あまり、人を見た目だけで判断しないほうがいいですよ。キヒヒッ」


「あんたが代表なら、なぜこんな〈樹海〉の奥深くまで連れてくる必要があった」


 辺境伯が一歩前に進み出て言った。


「うちの商品は人目ひとめにさらすのがはばかられるものでして。それに、なにぶん数が多いもので、連れて行くだけでもひと苦労なんです。あと、用心深いのは、あなた方も一緒じゃありませんか? キヒヒッ」


 小バカにする言動にムッとしながらも、男の指摘は事実だったため、辺境伯は何も言い返さなかった。


「辺境伯、落ち着きたまえ。まずは、君たちの言う画期的かっきてきなモノとやらを見せてもらおうじゃないか」


「では、さっそくご覧いただきましょう」


 高齢の男がそう言うと、原っぱの先にある大木たいぼくの根元近くで、何かが動いた。みきと同化した色合いだったため、変わったかたちの根っこが動きだしたと勘違いする者もいた。


 おもむろに立ち上がったそれは、人のかたちをしていた。けれど、明らかに人ではない。全身を土でぬり固められた物体がユラユラと歩み寄ってくる。


 前に進んでいるのが不思議なくらいだった。頭や両腕は関節かんせつがはずれているかのように脱力だつりょくして、一歩ごとにブラブラとゆれている。


「彼らには泥人形どろにんぎょうという名前がありますが、それではかわいげがありませんので、どうぞ、親しみをこめてマッドと呼んであげてください」


     ◆


 泥人形を目にした面々は、あ然としたり、露骨に顔をしかめたりと、反応は様々だった。イェーツ卿が沈黙をやぶった。


「本当にそれが人間の代わりをつとめられるのかね?」


「人間の代わりを完全につとめるのは無理ですが、例えば、荷物を持って他人の後ろをついて歩かせるだとか、そういった単純な命令なら完璧にこなせます」


「誰かの指示がないと、何もしないということかね?」


「命令がなければ何もいたしません。ただ、おもりをしなくとも、道なりに進ませるだけなら、たやすいことです。分かれ道がある場合は工夫くふうがいりますが、道しるべを立てていただければ、問題ありません」


 イェーツ卿はこの不気味な物体と生活を共にする様子を想像したが、おぞましさから、すかさずそれを頭から振りはらった。辺境伯が話に割って入った。


「それは生きているのか?」


「先ほど申し上げた通り、これは人形にすぎません。ご要望にそえられなくなったら、ご自由に処分してもらってかまいません」


「荷物を運ぶ以外、どんなことができるんだ」


「単純な命令ならば、何でも。我々が新たな命令を与えなければ、同じことをくり返すことしかできませんが」


「追加料金を支払う必要があるわけですか?」


 ダレルが口をはさんだ。


「そのようになります。ただ、人一人をお雇いになるより、ずっとお手頃てごろですよ」


「このどろのかたまりとベッドを共にする日が来るかもしれないのか」


寝首ねくびをかかれそうだな」


 護衛たちは冗談を言い合いながらも、表情が一様にかたかった。


「急に暴れだして、人を襲う心配はないのかね?」


「命令にないことは行いませんので、ご安心を」


「裏を返せば、命令すれば人を襲えるということだな?」


「まあ、そうなりますか。キヒヒッ」


 高齢の男は悪意に満ちた笑みをうかべた。


「人に襲いかかるようなモノは困るのだがね」


 関わってはいけないものに関わってしまった。イェーツ卿は暗澹あんたんたる思いで顔をしかめた。

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