幽霊パーティー4

     ◇


 『梱包こんぽう』を続けるロイを離れの裏庭に残し、大急ぎで本邸ほんていに戻った。


『スージー?』


『はい』


 呼びかけると応答があった。だいぶ声に落ち着きが戻っている。


『本邸まで戻ってきた。今どこにいる?』


『知らない部屋です』


『どんな部屋?』


『せまい部屋です。いろいろ物が置いてあります』


『廊下に出れない?』


『やってみますけど、足がふるえちゃって……』


 声を聞いただけで、ヒドくおびえているのがわかる。どれほどの怖い目にあったのだろう。急ぎ足で廊下を進んで、ひと部屋ごとチェックする。


 サロンや食堂の前を通りすぎ、その先の小さな部屋で、ようやくスージーの姿を発見した。生活感のある雑然ざつぜんとした部屋で、彼女はうずくまっていた。


「スージー」


「ウォルター」


 戸口から小声で呼びかけると、顔を上げた彼女がホッとした表情を見せた。ただ、腰がぬけているのか、一向いっこうに立ち上がる様子を見せない。あわてて彼女にかけ寄った。


「大丈夫?」


「怖かったです」


 倒れ込むようにもたれかかってきた彼女を抱きとめた。体が小きざみにふるえている。すぐには立ち上がれないようなので、落ち着くのを待つことにした。


 そういえば、『幽霊パーティー』が開かれているんだっけ。そう考えたら、自分も怖くなってきた。まあ、こうして彼女は無事だったわけだし、たいしたことないか。


 恐怖をなだめようと部屋を見回すと――いた。


 女がいる。部屋のすみに置かれたイスに悠然ゆうぜんと座っている。


 ――幽霊? いや、足はついているか。女はまるでテレビでも見るかのように、こちらをながめている。


 いつからあそこで見ていたんだ。おびえるスージーに知らんぷりしていたのなら、まともな神経ではない。イスがジャンプしたのも、この女の仕業しわざかもしれない。


 こっそりとはいえ、しばらく視線を投じているのに、女はあたかも自分がここに存在しないかのように振る舞っている。ある意味、幽霊より怖い。


「……おや?」


 こちらの視線にやっと気づいた女が、眉間みけんにシワを寄せた。


「何か言いました?」


 そう言ったスージーが僕の胸元むなもとに顔をうずめた。しっかりと彼女を抱きかかえ、こう耳元でささやいた。


「大丈夫。見えているから幽霊じゃないよ」


 女が立ち上がった。背が高く、ほっそりとしている。服装は使用人のものではない。腰までのびた髪をゆらしながら、落ち着いた足どりで近づいてくる。


 危険を感じて、スージーを無理に立ち上がらせた。目の前で立ち止まった女は、怪訝けげんな表情で見つめてくるだけで、なかなか言葉を発しない。


「屋敷の方ですか? すいません、ちょっと帰り道がわからなくなっちゃって」


「……私のことが見えるの?」


 ――どういうこと? やっぱり、幽霊ってこと……?


「また声が聞こえました」


 スージーがかすかにふるえる手で、僕の脇腹をギュッとつかんだ。


「見えちゃダメなんですか?」


 鼻で笑った女が、唐突にやわらかい手つきで腕をなで回してくる。意図が全然わからない。むしろ幽霊であってほしい。


「あなたは空を飛びたいと思ったことある?」


「それはまあ……」


 あらゆる言動が理解不能だ。どうしてこんなことを聞くんだ。もしかして、僕が空を飛べることを知っているのだろうか。


「今すぐ飛んでみたい?」


「……飛べるものなら」


 無難ぶなんな答えに終始した。空を飛びたいというより、この場から逃げだしたい――と思った瞬間だった。


     ◇


 ――空にいた。はるか上空を飛んでいた。周囲には雲がただよっている。すさまじい風圧ふうあつにさらされ、息をすることさえままならない。


 眼下がんか暗闇くらやみにレイヴンズヒルの街がほのかにうかび上がっている。点々とあわい光を放っている様子が幻想的だ。


 ――なんて、考えている場合じゃない。


『ウォルター、どこですか?』


『今、空にいる。空を飛んでいる! 正しくは落下している!』


『置いてくなんてヒドいです! 空を飛んでいる場合じゃないです!』


『飛びたくて飛んでるわけじゃないよ!』


 考えろ。どうしてこうなった。女の能力であることはまちがいない。おそらく、あの意味不明なやり取りががねになった。パトリックの〈催眠術ヒプノシス〉と同じ、相手の同意を必要とするタイプか。


 いやいや、これは後回しにすべき問題か。最優先に考えるのは安全に着地すること。いつの間にか、レイヴンズヒルの街なみが視界いっぱいに広がっている。


 改めて思った。重力って半端はんぱない。自然の力は偉大だ。これほどの力を我が物顔であやつっていたなんて、恐れ多い気持ちになった。


 このスピードなら、あと二十秒とかからずに地面と衝突する。しかし、早い段階で重力を無効化すると、前後ぜんご不覚ふかくにおちいって、地面にたどり着くまでにシッチャカメッチャカとなる。


 いつもは加速時と着地前のみ魔法を使用する。をえがいている最中の微調整は、バランスをくずす最大の原因。ただ、ここまでスピードが出てると、ギリギリまで引きのばすのは危険だ。


 少しずつスピードをゆるめていこう。ただ、暗すぎて地面との距離感がつかみにくい。建物のかたちが確認できるようになった段階で、徐々に重力を弱め、垂直方向へ慎重にブレーキをかけた。


 それから、適度てきどな重力とブレーキを維持しながら降下していく。見おぼえのある建物が接近してきた。どうやら、屋敷の直上ちょくじょうに飛ばされたらしい。


 ほぼ直立ちょくりつ状態で安定軌道きどうに乗った。ただ、それで緊張の糸が切れ、勢いあまって着地に失敗。後ろ向きにでんぐり返しをして、軽く頭を打った。


 とはいえ、無事地面に到着。ひと息ついてから、女についての考察を再開した。


 あの女は確実に殺しにきていた。僕でなければ、まちがいなく死んでいた。やはり、相手は能力を持つ〈侵入者〉か。しかも、人の命をとも思っていない。


 そうだ、スージーを助けに行かないと。ひとまず『交信こうしん』で無事を確認する。あの凶暴きょうぼうな女はもう部屋にいないそうだ。


 中庭から本邸に戻り、戸口まで出てきていたスージーを難なく見つけた。


「よかった」


 手を取り合って、胸をなで下ろした。まずはパーティー会場までスージーを送り届けることにした。


「あの女はどこへ行ったかわかる?」


「怖くて目をつむっていたからわかりません。でも、ウォルターがいなくなったすぐ後に、女の人の声が聞こえました。『ああ、うっかり殺しちゃった』って」


 何がうっかりだ。本当に頭にきた。


 ついにその時がやってきたようだ。全力で戦う時が――この〈悪戯〉トリックスターの真の力を解放する時が。何としても、この手であの女をとっ捕まえてやる。


 やり返さなければ気がおさまらなかった。奇妙な高揚感こうようかんにつつまれ、相手が凶悪な能力者とわかっていても、不思議と死を恐れる気持ちは芽ばえなかった。

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