敵情視察(後)
◇
「侵入者うんたらかんたらと言ってたな」
「侵入者対策室じゃないですか。たぶん、
食事を終えてひと息ついていると、ロイが取り上げた洋ナシを『
「……持って帰るんですか?」
「おみやげだよ。この程度なら文句言われないだろ」
「そういえば、僕の
「へぇー、そんな使い方もできるんですか」
「むしろ、そっちがこの能力の
便利とはいえ、『梱包』自体は荷物が軽くなって、手があくだけだ。そんなことができるなら、幅広く応用できて、様々な使い道がありそうだ。
そろそろ帰ろうかと思い始めた頃、ベレスフォード卿が食堂の前を通りすぎた。それにユニバーシティの制服を着た女性が続き、そのさらに後ろを歩く男を見て、反射的に身を隠した。
例のパトリックを
「知り合いか?」
「はい。学長ともめている相手なんです」
顔を合わせると面倒なので、さっさと屋敷を出ることにした……んだけど、玄関から出るには、彼らがいる部屋の前を通らなければならないようだ。
部屋の扉は開いていて、そばで足を止めると中から話し声が聞こえる。それはベレスフォード卿と女性の声で、言い争うようなトーンだった。
「こっちももめているみたいだな。せっかくだから、盗み聞きしていくか?」
それには同意しなかった。ただ、目撃されるとマズいので、とりあえず、さっきまでいたサロンへ避難した。
「別の出口を探しましょうか?」
「
ロイはあきらめていない。気乗りしなかったけど、実現できるかどうかは興味があった。戸口に張りついて、部屋からもれ出る声に意識を集中する。
「いいぞいいぞ、もっと音量を上げてくれ」
話し声が耳元でクリアに聞こえてきた。スマホを耳に当てているかのようで、時々、
「元々、存在していたものを利用して何が悪いというんだ。第一、あの水路はそのために作られたものだろう」
「利用すること自体は悪くありません。ただ、身元の確かでない水夫が、ノーチェックで市街に入り込んで、
相当険悪な雰囲気だ。話の内容以前に、声の調子からしてケンカ腰だ。
「まあ、君ら〈
「一族は関係ありません。今日は対策室の一員として足を運んだのです」
「君ら二人が〈
「この男は勝手について来ただけです」
「そうです、俺は勝手について来ただけです。だから、どちらの肩も持ちませんから安心してください」
ようやく『目つきのするどい男』の声が聞こえた。なぜか
「
「
「水夫自身に問題がなくとも、〈侵入者〉が積み荷にまぎれ込んでいる可能性だって考えられます」
「それは陸路の場合でもさけられない問題だろう」
「陸路なら、
「ならば、水路経由の場合も同様の検問を行えばいい」
「市街に入り込んでからの検問では意味がありません」
その後、両者の押し
棚ぼたでベレスフォード卿の弱みをにぎることができ、リスクを負った価値があった。さらに興味深かったのは、ニコラという女性が帰ってからの会話だ。
「対策室はあなたの
「君は対策室の人間ではないのかね?」
「表向きはそうです。ですが、あいつらとは別に動いています」
「……何が目的だ」
「あなたは短期間で
「新しい事業がたまたまうまくいっただけだよ。
「でも、必ずしも周囲はそう思っていない」
「何が言いたい」
「言いたいことはありません。
「あいにく〈侵入者〉の知り合いなどいないよ」
しばらく沈黙が続き、遠くで扉がきしむ音が鳴りひびいた。
「まだ君は名を名乗っていなかったね」
「ヒューゴ・ブライトンと言います」
「ミスター・ブライトン。用が済んだのなら帰りたまえ」
◇
『目つきのするどい男』――ヒューゴの姿が見えなくなってから、僕らもこっそりと屋敷をぬけだした。
「僕ら以外にも、ベレスフォード卿と対立する人間がいると確認できただけでも大収穫だ」
「アシュリーの件を見ても、やり口が強引ですから。敵を作るはずですよ」
「でも、各方面へケンカを売れるのは、それだけ力がある証拠だけどな」
結局、ヒューゴの目的は何だったのか。〈侵入者〉に会って何がしたいのか。そんなことを考えながら、屋敷前の通りをまがった――時だった。
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