ゾンビ考察

     ◇


 聞き取り調査の帰り道に、ケイトが極度きょくどのゾンビ嫌いとなったキッカケに話がおよんだ。


 彼女は生まれも育ちもレイヴンズヒルで、地方への出向しゅっこう経験もないそうだ。普通に生活していたら、ゾンビに遭遇する確率はかぎりなく低い。


「実は私、旅行でフラッと立ち寄った先で遭遇しました。北東部ののどかな町での話なんですけど、思わずあいさつしてしまうくらい普通に歩いていました。無事にやりすごせたんですが、ただちに旅行を切り上げてレイヴンズヒルへ戻りました。その事がトラウマとなって、現在にいたります」


「それなら、何でこの部署に入ったんだ?」


「〈火の家系ボンファイア〉の人間はゾンビと何らかの関わりを持つべきだ。そんな風潮ふうちょうにあらがえなかったといいますか、圧力に屈したといいますか……」


 聞くところによると、ゾンビに対して最も効果的なのが火の魔法で、ゾンビ対策局では〈火の家系ボンファイア〉の人間が重用ちょうようされ、主要な役職をめているらしい。


     ◇


 レイヴンズヒルに帰り着いた頃には、終業時間をすぎていた。城へは戻らず、そのまま帰ることになった。報告書はケイトが今日中に作成すると言っていた。


 ベーカリーの前まで帰ってくると、屋根裏部屋の窓からダイアンが顔をのぞかせていた。現実の目覚まし時計は六時四十五分にセットしてあるので、それまでに夕食を済ませて、寝る準備を整えなければならない。


 夕食をとるには少し早い時間だから、トーマス一家に迷惑をかけないよう、ダイアンが僕の分を別枠べつわくで作ってくれている。


 まだ彼女に依存している面が多い。金銭面だけでもどうにかしなければ。給料を前借りできないか、明日パトリックに相談してみよう。


「今日は何をしたの?」


「この前、パンの配達途中にゾンビと遭遇したじゃないですか。犠牲者の奥さんから話を聞くために、イーストダウンってところに行きました」


「へぇー、初日から大変だったね」


「はい。馬にも小さな船にも初めて乗りました」


 そんな話をしながら、ダイアンお手製てせいの料理を食べた。その後は、いつ眠気ねむけに襲われてもいいようにベッドの上でスタンバイする。


 前述の通り、トーマス家には時計がないので、感覚に頼るか、一時間おきに鳴る時の鐘に耳をすますしかない。特に午後六時のものは絶対に聞きのがせない。


 勉強用に借りてきた資料の見本を取りだし、書式しょしきを頭にたたき込んでいると、ダイアンもベッドに上がってきて、背中合わせに座った。


 昨日もそうだったけど、まるで見送りに出るかのように、眠くなるまで一緒にいてくれる。今はものをしているようだ。


 彼女の体温が背中から伝わる。だんだんと体が熱くなってきて、資料に集中できない。ゾンビのことでも考えて、頭を冷やそう。


 とりあえず、今日得られた情報からまとめるか。まず、死亡するとゾンビ化するけど、病気などで体が弱っている時でも発症はっしょうする場合がある。


 資料をまとめていて気がついたけど、ゾンビ化の犠牲者は年齢や性別にバラつきがあり、若者もかなりの割合でいた。そのため、年齢や寿命じゅみょう的なものとは思えない。


 全ての人に起こるわけでなく、とりわけ貴族の事例が少ないというのも不可解だ。貴族と平民は人種が違い、貴族だけが耐性たいせいを持っているということだろうか。


 仮にそうだとすると、ゾンビ化はウイルスか細菌さいきんが原因かもしれない。


 貴族きぞくがたゾンビなる存在が、さらに問題を複雑怪奇にし、とどめはレイヴンズヒルより辺境のほうがゾンビ化しやすいという点だ。


 まあ、ウイルス性なら、地域に片寄りが出てもおかしくないし、その地域でしか食べられていない食材が原因になってる可能性もある。


 あとは、ゾンビ化しやすい人は忘れっぽいというのもあったっけ。ゾンビ化の前兆ぜんちょうなんだろうか。認知症にんちしょうに症状が似てるから、寿命的なものは排除できないか。


 やっぱり、どんなに理屈をこねても、筋の通った結論を導き出せそうにない。結局、ゾンビ化の謎はかえって深まった気がした。


 ふと不安が頭をよぎり、ダイアンの顔を盗み見た。平民の彼女にとって、ゾンビ化は他人事ではない。でも、忘れっぽいには該当がいとうしないか。パンを配達している時も、メモとか地図を見ている様子はなかったし。


「どうしたの?」


「何でもないです」


 しばらくして、ダイアンが城での話をせがんできた。彼女は城内や組織の事情に通じていて、おどろくほど理解が早い。パンの配達でつちかった情報網の広さを、いかんなく見せつけられた。


 ただ、やはり細かい話になると限界があった。特に彼女は〈資料室〉に関する話へ強い関心を示し、質問攻めにされた。


「ケイトって、あのケイト・バンクス?」


「ケイトを知ってるんですか?」


「うん。父親が銀行を経営してる偉い人で、ものスゴいお金持ちなんだって。レイヴン城の正門近くに、こんな大きな屋敷をかまえてるのよ。魔法の才能がある子だって、昔聞いたことあるんだけど、人違いかな」


 家族の話も魔法に関する話も、ケイトから耳にしたことがない。ただ、魔導士としてはへりくだるような態度を見せていた。


「間に合ったー!」


 ふいに上がった喜びの声と共に、背中のぬくもりが消えた。


「どう?」


 振り返ると、ダイアンが男物おとこものの上着をほこらしげに広げていた。


「ウォルターのよ」


 わけがわからず、うまく言葉をつげないでいると、彼女が補足した。


「知り合いから古着をもらってきて、今着てるのと同じ寸法すんぽうに仕立て直したの」


 こっちに来た初日にダイアンから手渡され、今も部屋着としている使っている上着とそっくりのものだった。


「それ一着だけだと不便ふべんだと思って」


 ダイアンが満面の笑みで差し出したそれを受け取る。感動が胸をこみ上げてきた。照れくささもあり、しばらく顔をふせて上着をまじまじと観察する。


 生地きじの肌ざわりが多少違うのと、色が紺色こんいろに変わったぐらいか。そうだ、お礼を言うのを忘れてた。


「あり……」


 そう言いかけた矢先、いこいの時間にタイムリミットがやってきた。空気の読めない眠気が発作的ほっさてきに襲ってきた。


 頭の中で目覚まし時計が暴れ出す。この容赦ようしゃのない力にはあらがいようがない。プレゼントされた上着をにぎりしめたまま、ベットにつっぷした。


「このタイミングで!?」


 ソフトな音の目覚まし時計に変えれば、もっと自然に、安らかなかたちで眠りにつけるだろうか。そんなことを考えながら、異世界に別れを告げた。

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