資料室(後)

     ◇


 〈資料室〉があったのは東棟ひがしとうの片隅。中庭に面していない北側のはしっこなので、日中にも関わらず、付近の通路は暗い。


「薄暗いですけど、風通しは良いんですよ」


「ここだ」


 〈資料室〉の前にたどり着くと、スコットに中へ招き入れられた。部屋の中は所せましと机がならび、時代は感じるものの、ひと目でオフィスとわかる。


 一番奥の窓ぎわの席に、三十代なかばの男が一人でいた。イスにだらしなく座る男が、気のぬけた顔をこちらへ向けた。


「何だ、そいつは」


「うちに入るかもしれない、期待の新人です」


「聞いてないな」


 男がトゲのある声で言った。


「今、勧誘しているまっ最中ですから」


「それより、さっさと仕事しろ。いつまで油売ってるんだ」


 男は気だるそうに顔をそむけた。聞いていた話と違うと思った。


「資料が置いてある部屋を見に行きましょうか」


 気まずい雰囲気を取りなすように、ケイトが声を上ずらせて言った。


     ◇


 左手奥のらせん階段から、ランプ片手に二階へ上がる。二階と三階は資料を保管する書庫で、この階段からでしか行けないそうだ。


 外から見た〈資料室〉は、東棟から突き出た位置にあり、あとから増築されたのか、独立した構造になっている。


 書庫まで案内され、書棚しょだなから取り出した資料をもとに、具体的な仕事内容を例示された。


 例によって、資料は日本語で書かれているので、言語の問題はない。自分でもやっていけると思った。


 ひと通りの説明が終わると、二人から〈資料室〉配属はいぞくへの意思を問われた。ここへ来る前から心は動いていたけど、その思いはさらに強くなった。


「とりあえず、ここへ入ってみようかな」


「とりあえず、ってどういうことだ? ここを踏み台にするってことか?」


「いや、そういうわけじゃ……」


「入るからには、ここに骨をうずめるくらいの気持ちでお願いします」


 日頃の優柔ゆうじゅう不断ふだんな物言いがわざわいした。まあ、二人とも冗談半分の対応だったけど。


「ここに入らせてください」


 今度はきっぱり伝え、二人のさわやかな笑顔に迎えられた。


「よし、さっそく手続きに行こう」


 スコットに連れられ、同じ棟内の総務室で手続きを行う。休暇の申請や給料、手当ての受け取りもここで行うそうだ。一般的に休暇は年に三ヶ月もとれるらしい。


 一時間以上要したけど、パトリックが話を通していたので、手続き自体はスムーズに済んだ。付きっきりで手伝ってくれたスコットと喜びを分かち合う。


 こうして、正式に〈資料室〉の一員となり、新たな一歩をふみ出すことになった。


     ◇


 もう終業時間がすぎていたので、そのまま帰ることになった。帰りがけにパトリックのところへ報告に行くと、そこでうれしい知らせを耳にする。


 東門を通りぬけて、レイヴン城を後にすると、さがしていた人物は、門のそばであっさり見つかった。


「今日は向こうの中央通り沿いの店に用事があって、ちょうど今、帰って来たところなの。そろそろ終わる頃だと思って、ここで待ってたんだけど」


 ダイアンの何もかもつつみ込むような笑顔を見たら、一日分の精神的な疲労が、あっという間に吹き飛んでしまった。


 世間話をしながら家路に着く。


「うんうん、それで?」


「会合の後は、ちょっとしたことがあったんですけど……」


 ダイアンは城での出来事を聞きたがった。定例会合への出席や、〈資料室〉の所属となったことは話したけど、余計な心配をかけそうなことは言わなかった。


 屋根裏部屋に帰り着くと、急ごしらえでベッドが拡張されていた。お世辞せじにも広いと言えない部屋が、いっそうせまくなっていた。


「近所の人に頼んでやってもらったんだけど、箱にワラをつめてシーツをかぶせただけから、二時間もかからなかったかな」


 そう説明してくれたけど、反応に困った。この二日間はダイアンより早寝遅起きだった上に、起きぬけからイベントだらけだった。今さらながら、彼女のベッドを使用していた事実をつきつけられた。


 不可ふか抗力こうりょくだったから仕方がない。とはいえ、ダイアンは二日間どこで寝ていたのか、拡張したということは今日は二人で寝るのだろうか。そんなことを考えていたら、彼女の顔を直視ちょくしできなかった。


 この後、こっちの世界に来てから初めて、ダイアンと夕食を共にした。

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