屋上にて

『ゆっくん、お弁当どこで食べるの?』


午前の授業が全て終わり、生徒達がお昼を食べる為に食堂や中庭へ移動し始めた頃、

彩花が俺に聞いてきた。


「どうするかな。食堂で食べるしかないかなぁ。職員室や教室は駄目みたいだから」


昌幸は渋った。学園に来てから彩花と思うように会話が出来ていない。本当は、誰も人がいない静かな場所で食べたいのだが。

桜川学園は教室内での飲食は禁止しているのだ。教室はあくまでも勉強のみに使用することと決まっていた。その代わりなのだろう、レストルームが校内に何ヶ所もある。そのレストルームも昼には生徒達で埋め尽くされていた。


最後のレストルームを覗いたがそこにも生徒はいた。昌幸はため息をもらす。

「はぁ、やっぱりここも駄目か。」

一人つぶやいた昌幸に、すぐ横にいた彩花かが話しかけてきた。


『昼休みはやっぱりどの場所も駄目だと思うけどなぁ。』


「でもな、俺は彩花とゆっくり話しがしたいんだけどな」

昌幸が小声で他の人にばれないように彩花に話しかけると、照れているのか彩花の顔が赤くなっていた。


『私と話しがしたいなんて、そんな素直に言われると恥ずかしいじゃないですか、もう。』

恥ずかしそうに話す彩花。

『でも…、』そう言いかけ彼女は何かを思い出し顔を笑顔にさせた。

『少し寒いかもしれないけど。あの場所なら人がいないかも、ゆっくん案内するからついてきてね。』

笑顔で話しかけてくる彩花に案内され昌幸は彼女についていった。


案内された場所は学園全体が見渡せる場所、屋上だった。

屋上には小さなベンチが二つ並んで置いてあるその上には木の枝に覆われた屋根があり、せっかくの日差しを遮っていた。勿論、誰もいなかった。

ーー…よかった。

胸を撫でおろした昌幸。彩花について行く途中でどこに彼女が行こうとしているのは大体予想はついていたがここにも生徒がいるのではと内心ハラハラしていた。そして誰もいない事に安心はしたが、いない理由もすぐに分かった。

ーー…寒い。

彩花は少しと言ったが、山側から吹く風はとても少し寒いという表現では言えないほど冷たい。

だが、昌幸はその場所に腰をおろし、弁当箱を開けた。人がいなく、ゆっくり食べられる場所がここ以外にはもうないだろうと諦めたからだ。


『ゆっくん、美味しい?』

弁当の中身を凍えながら食べていると、横に並んで座っている彩花から感想を聞かれる。

「美味しいよ。食べるのがもったいないぐらいよく出来てるし…。」

『どういたしましてぇ。でも、ゆっくんが私と二人っきりで食べたいなんて本当嬉しい。』

彩花は凄く喜んでいる。

「ほら、前まで丸一日、彩花と話してばっかりだったから。話しをしてないと急に寂しくなって。」

すると彩花は昌幸に抱きついてきた。

『嬉しい。…でも、麗奈の事は忘れてないからね。』

喜んでいるのだが、しっかりと昌幸に釘をさしてくる彩花。

「それは、…」昌幸が否定する前に彩花が弁当の中身について話しを始めた。

『その、ウサギさんもよく出来てるでしょ。耳の部分はウインナーで作ったんだよ。かわいいでしょ。お目の場所は海苔の佃煮だからね。後はクマさんとキツネさん。それで、下に敷き詰めてあるレタスやブロッコリーは森をイメージしてるの。かわいいでしょ。お弁当の名前は、どうぶつのもり。』

彩花が目を輝かせてお弁当の説明をする。

「か、かわいいね。」

彩花によるお弁当の説明を聞きながら昌幸は苦笑いしていた。

彼女には悪いけど昌幸にはどうしても一人で昼休みを過ごしたかった本当の理由が、この弁当にもあったから。……そう、キャラ弁。今朝、彩花が一生懸命弁当を作ってくれていた。凄く嬉しかったけど、中身を見て人前では決して俺は食べないとその時に決意をしていたのだった。

ーーでも、どうぶつのもりって。どこかのゲームじゃあるまいし。

昌幸がかわいいウサギさんを食べ終え、次はクマさんからかなと箸を伸ばそうとすると、彩花が申し訳なさそうにこっちを覗いていた。


『あのね、やっぱりウサギさんやクマさんキツネさんは恥ずかしい?嫌だった。』

不安そうな顔をしてこちらを見上げる彩花、

「そんな事はないよ。味付けも美味いし、量もたっぷりで俺にはぴったりだよ。彩花が一生懸命作ってくれたんだ。嫌な訳ないじゃないか。」

『よかった。もしかしたら、私だけがはりきって作ってただけで、本当はゆっくんも食堂で食べたいのかなと考えてたら不安になっちゃて。』

不安そうな顔をした彩花から笑顔が戻ったがすぐに寂しげな表情になる。

『私ね、この学園に来ていた時、…つまり生きていたときなんだけどね。いつも自分でお弁当作って持ってきてたんだよ。もちろん、どうぶつさんのお弁当でね。』

昌幸は、食べかけていたクマさんの鼻から箸を離した。

「毎日自分で作ってて、大変だったろう。」

『ううん、別に大変だとは思った事はなかったかな。』

「でも、彩花なら親の仕送りで余裕で食事出来ただろうに、…もしかして本当は貧しかったとか?」

ーーえっと、彩花の父親は医師だったよな。

確かにこの学園の食堂は他の高校よりは少し高いけど…。

『ゆっくん…。私ってそんなに貧しそうに見えます?』

「全然。」

『コホン。一応、言っておきますけど。私の祖父は病院経営してますし、パパは医師ですから。』

「やっぱり、そうだったよね。それなら何で毎日お弁当を?」

ーー、彩花は一人暮らしで高校生だったから毎朝、大変だったんじゃないのかな?

『うん、それでさっきの話しに戻るんだけど、、

…やっぱり、ゆっくんには恥ずかしいから話すのやめようかな。』

「何で?そこまで話したんなら聞かせてよ。」

彩花が顔を赤くしている。

『どうしても聞きたい?』

「どうしても聞きたい。」

昌幸がオウム返しに聞き返すと、彩花は諦めたのか一呼吸おいて話し始めた。

『……子供。』

「えっ、なに?」

恥ずかしいのか、全然彩花の声が聞こえない。

『だから子供が、……』

「子供がいたの?」

彩花に子供がいたのは驚きだ。

『はぁ?私、高校1年生でしたけど。違うわよまったくもう。…そうじゃなくて子供ができた時の練習してたの。』

あり得ない答えをして彩花に怒られる昌幸。でも安心した、彩花に本当は隠し子がいたのではと少しでも頭の中によぎったから、

ーー最近の子は色々早いからなぁ。

「練習って、相手いたの?」

そしてまた昌幸が彩花に失礼な質問をしたらしく、彩花はムスゥとした顔で答える。

『いませんでしたけど、それが何か?相手がいなかったら練習しちゃいけないんですか?』

「そんな事は言ってないけど。彩花、怒ってる?」

『だったら別にいいじゃないですか。……それに、結局のところ私の夢は叶わなかったんだしね、死んじゃったし。』

「……ごめん。」

ーーしまった、悪い事を聞いてしまったな。

恐る恐る昌幸は彩花の顔を覗くが、彼女は意外にも悲しそうな顔もせずに笑顔だった。

『謝らなくていいですよ。じつは今の生活もそんなに悪くないかなって思ってるんで、私。』

「それでも、やっぱり生きてたら、やりたい事がたくさんあったんじゃないか。」

『確かにそれはそうなんですけど。…でも、もし私が生きていたら、こんなにゆっくんとお話しすることなんか絶対に出来なかったなぁって。そう考えると、死んでいたとしても今の方が私は幸せかなと思うんです。』

「……。」

彩花からの言葉に無言になる昌幸。

『だから、ゆっくんも私にあまり気を使ってもらわなくていいですから。』

「……。」

『…ちょっと、何でゆっくん赤くなってるんですか?私だってかなり恥ずかしい事言ったなぁって後悔してるんですから。黙らないでくださいよ。』

「そりゃ、彩花が前触れもなくあんな事を言うから、驚いて話しかける言葉が見つからなくて。」

『…もう、恥ずかしい。』

今度は彩花の顔が赤くなっている。

「ああ、でも嬉しいよ。彩花ありがと。」




まるで恋人同士の様に見える二人が楽しく話しをしていると先程よりも強く冷たい風が、昌幸と彩花の背中に吹きつける。

昌幸があまりの風の冷たさにブルブルっと体を震わせる。

『ゆっくん、やっぱり寒い?』

「うん、まあね。」

『もう、戻りましょうか?』

「そうだね。」

彩花の作ってくれたお弁当はまだ半分ほど残っているが、このままこの場所にいたら風邪をひきそうだ。先生が赴任して早々に風邪をひいて休みますじゃ生徒に顔向け出来ない。

そう思ってると、また強い風が吹いた。


……「彩花」。


その風は二人には聞き慣れた、それでいて今は聞きたくなかった女子生徒の声を後ろから運んできたのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る