天使の微笑み

「ふぁ〜〜」


何とも言えない声を出し大きなあくびをした昌幸。

彼は今、私立桜川学園に向かうバスの中にいた。


『ゆっくん、朝から情け無い声だして、たるんでるぞー。』


…誰も座ってないはずの隣の席から俺に話しかけたのは、俺だけにしか見えない?美少女女子高生の立花彩花だった。


「誰のせいですかね。このあくびは…?」

彩花に小声で話しかける。


『だってー、久しぶりに学校に行けると思ったら寝れなくて』


ーー……?へぇー、彩花も一応寝てるのか、俺はてっきり…ずっと起きてるもんだと思ってた。

ーーそれでも、もう少しだけ寝させてほしかったな…。


今朝……、『ゆっくん、おっきろー。朝だよ、朝。』と、やたらテンションの高い彩花に起こされた。…朝の4時過ぎに。

当然、その後にもう一度寝る事が出来なかった俺は暖かいバスの車内で睡魔に襲われていた。


「そうだな、彩花はずっと引きこもりしてたからな」

早く起こされた、仕返しに少し彩花に意地悪な言葉をける俺


『引きこもりじゃないもん。ずっと出られなかっただけだもん。知ってるくせに…ゆっくんのバーカ』

舌を出しべぇーとして、ムスーとする彩花。


「分かってるって、冗談だよ、冗談。」


『ゆっくんのいじわるー。』

彩花は、俺の体を軽くポカポカと叩いてくる。

…まあ、叩かれても実際は全然痛くないんだけどね…。




彩花によって朝早く起こされ、本当なら自分の車でゆっくり行くつもりをしていた私立桜川学園。

『久々の通学だからバスがいいの。』と言う彩花に押し切られてのバス通勤。

周りを見回すと乗客は、昌幸を含めて3人しかいない……。

彩花と話しをしている姿を他の乗客(主に学園の生徒)に見られないようにとかなり早めなバスに乗ったので当たり前だが…、早すぎたかも。

…これでは学園に着くのが朝の7時前


ーー誰もいないだろうな、まだ…。


そう思いながら、彩花を見つめると彼女は久しぶりに映るバスからの景色を喜んではしゃいでいる


ーーでも、彩花がこれだけ喜んでるなら、たまにはバス通勤もいいかな


学園まではバスで約25分程、この間彼女の笑顔がずっと見れるなら早起きも安いものだ。

俺は彼女を見ながら微笑んでいた。



ーーあの人、また一人で笑ってる。頭、大丈夫だろうか?


風香は、一番最後にバスに乗った男性を手鏡で見ていた。

別に、風香がこの男性をストーカーしているとかそう訳でない。

ただ少し気になったのだ、(気になったと言っても人目惚れとかではない)その男性が。


学園に向かうバスに乗車すると、私以外に乗客が一人だけいた。

この時間のバスに乗ると必ずいるおばあちゃん。


「おはよ風香ちゃん。久しぶりだね〜、今日は学校早いのかい。」


「おはようございますおばあちゃん。今日はね、冬休み明けで色々と準備があるから。おばあちゃんは今日も病院ですか?」


「ええ、そうね。私も歳だから病院通いが日課でねー。」


「そうですか。おばあちゃん、まだまだ若いからこれからですよ」


「そうかい。ありがとね、風香ちゃん。」


会話を終えると、いつも通り風香はバスの一番前の席に座った。

座席に座りバスの出発を待つまで外を眺めていると、バスに向かって慌てて走ってくる男性がいる。


ーー珍しいな、このバス停を使う人がいるなんて…


実はこのバス停、朝の早い時間はほとんど利用する人がいない。

学生に限ってしまうと、利用者は風香しかいない。

この近辺に同級生がいない訳ではないが、桜川学園の場所が郊外にあるうえに、学園以外その付近には立派な高級住宅地と大きな総合病院が少し離れてあるのみで、市内や駅を利用する子は皆反対側のバス停に集まっているのだった。

それでも、半年前までは風香ともう一人利用者がいたのだが…


ーー見かけない人だな……。


バスの窓から男性をなんとなくぼーっと見ている風香。ギリギリ間に合った男性がバスの中央にある乗車口に向かう

……風香は一瞬目を疑った?

男性の横に制服を着た女の子がいた。バスの窓からぼーっとして見てはいたのだが、ハッキリと男性の横に、自分と同じ制服を着た少女が歩いていたのを目撃した。


ーー…………彩花?


男性がバスに搭乗したので風香は慌てて後ろを確認したが一人しかいない。


ーー気のせいかな?朝から彩花の事ばかり考えてたから…。

ーーでも、やっぱり気になる…。


それでその男性がバスの真ん中、通路側の席に座ったので、風香は自分も通路側に座り男性の観察?をしている最中だった。

バスに揺られ男性の行動を観察すること約10分、どうしても気になる彼女は座っていた席を立ち上がった。




『ゆっくん、ゆっくん、聞こえてるの、ねぇ、…おーい、こら、ゆっくん』


耳元で叫ばれた為、ビックリして目が覚めた。どうやら考え事をしながらウトウトしてたらしい。眠い目をこすりながら俺は隣の彩花に声をかけた。「どうした、彩…」喋ろうとした俺に向かって彩花は自分の口元に指をたて、隣をさした。見れば、バスの通路にたって、こちらをじーっとみている白いコートを羽織った女性がいる。


ーー…歳は彩花と同じくらいかな?さっきまで一番前に座っていた女の子だな。彩花と同じ制服を着ているって事は、俺が今から行く学園の子か、全然気がつかなかった。

…どうしたんだろ?

ーーバスの中は、相変わらず3人しかいない。混んでいる訳でもないから隣に座りたいった事はなさそうだけど。


俺がどうしたものかと考え彼女をみていると、俺と目があった彼女から声がかかった。


「あのー、隣いいですか。」


ーーえ?なんでこんなに空いてるのに隣?


疑問にも感じたが…、天使の姿で聖母のように微笑んだ彼女を見てその考えはあっと言う間に消え去った。

……彩花には怒られそうだが。

なので別に断る理由もない俺は「いいよ」とだけ答えた。

隣に座った天使?は、彩花とはまた違った感じの美少女だった。俺は何か急に気まずくなり窓の外を見ていた。だが彼女の方もこの沈黙に気まずかったのか、俺に話しかけてきた。


「…あのー、すいません。じーっと見ていて、私ぼーっと考え事していて。」


「え、あー大丈夫、大丈夫、僕もウトウトしてて今、気づいた所だから」


ーー謝るくらいなんだから、結構な時間俺の方を見てたのかこの子。まぁこんな美少女に見つめられるのも悪い気はしないが…、


彼女の方を見るとまたぼーっと一点だけをみている。


ーーどうも気になるな。俺は彩花の方に視線をやったが、黙って外の景色を眺めていた。


「どうしたの、体調が悪いのだったら。バス止めてあげよか。」俺が彼女を気遣うと、


「いいえ、風邪とかそんなじゃないですから大丈夫です。すいません、心配かけてしまって。」


「別に、謝ることじゃないからいいよ。」


「ありがとうございます。でも、本当に大丈夫ですから。」


彼女は俺に心配させないようにと笑顔をみせる。そして、少し間をおいてから少し小さな声で、


「……あの、変な子だとか思わないでくださいね。」

「実はさっきあなたの隣に、私の友達だった子が一緒にいたから気になって、……今はいないけど。」


あまりにも突然で唐突だった。

彼女の言葉が確信をついてきたので動揺を隠せない俺


「え?……それで、こっちをずっとみてたの?」


「はい。」


ーーこの子には彩花が見えたのか?

ーー今ここで彼女の言っている事に同意してあげたいが…俺が変な人て思われるのも嫌だし

ーー彩花にも一応、確認してからのほうがいいかな。

ちらっと彩花を見ると、まだ彼女は窓の外をずっと眺めたままだ。


「友達だった?じゃあ今、その子は?」

俺はとりあえず彼女に話しをあわせる


「…死んじゃいました。夏に何か事件にまきこまれて…。」

…しばらく、沈黙が流れる。


「ごめん、変な事聞いたね。」


「そんな事ないです、この話を始めたのは私なんですから、ごめんなさい。朝からこんな暗い話、私みたいな子が隣りにいたら迷惑ですよね」

彼女が急に沈み始め、泣きそうな表情になる。


ーーうーん、困ったなこれは。何か話題を変えないと……。


「迷惑だなんて、とんでもない。こんな天使の様に可愛い子が隣りに座ってるのに、迷惑なんって言ったら、神様に怒られるよ。」


まだ、先ほどの動揺が隠せない俺、思った事を素直に言い過ぎた。自分の言った言葉に後悔していると、どうも彼女には予想外に効果があったらしい。


「……そ、そんな、天使だなんて。恥ずかしいです。そんな事言われた事ないから…」


ーーうわそんなに照れられると、俺がかえって恥ずかしいんだよ。可愛いけど。


だが…顔がほんのり赤くなって照れていた彼女はすぐに俺を天国から地獄につき落す。


「私の事、口説いているんですか?お・じ・さ・ん。」……、ショックだった。


ーー口説いていると思われた事はどうでもいい、それは許そう。

でも…、おじさんって、俺はまだ二十代前半なんだけど、高校生の子にしたら二十代はおじさんなのか?しかも俺、結構幼顔だから若く見られるんだけど……。

俺がショックで立ち直れないでいると、バスが目的地の私立桜川学園前に停車した。


「ありがとうございます。色々、お話し聞いてもらって久々に楽しく通学できました。私ここの生徒なんで降りますね。」

最後に軽く挨拶だけして席からたった彼女。


俺も目的地がここなので立ち上がろうとしたが、……うーん、今立ち上がると彼女、何か勘違いしないだろうか、大丈夫だろうか。さっきの流れからすると微妙なんだが、悩んでも仕方ない。目的地が一緒だしな。

彼女が立ち上がって俺もバスから降りる為座席を立つ。

彼女は怪訝そうにこっちを見て……。


「私のファンですか?」


ーー…やっぱり。



「本当にごめんなさい。まさか、私の学校の先生だなんて…。」

彼女は学校の正門を入ってからも俺に謝り続けている。


「もう、気にしてないから謝らなくてもいいよ。勘違いは誰にでもあるんだし。」

今、俺と彼女は正門を抜け校舎までの道を歩いている。


朝の7時前だから門もまだ開いてないだろうと思っていたので俺は彼女に「まだ早かったよね」と話したら、彼女から「正門は朝の6時から開いてますよ」と返事が返ってきた。どうやら守衛のおじさんが朝早くから開けているらしい。

この学園は、正門から校舎までにちょっとした桜並木を通りその間に池、噴水がある。テニスコートも近くにあり規模の小さいスポーツ公園みたいな感じだ。そんな所で女子生徒が知らない男性に謝り続けている。赴任して早々にこんなところを他の生徒に見られたくはなかった。

登校中の生徒とあまり合わないように朝早く来たつもりだが、やっぱり部活動などで早目に来ている子はいる。だから、話しを早く切り上げてほしかった。しばらく謝り続けた彼女だったが突然話題を変えてきた。


「あ、そうだ先生。私まだ名前って言ってなかったですよね。」


ーー天然なのか、この子は…、まぁ、バスの中ではお互いに全く知らなかったんだし、今は同じ高校の教師と生徒だから名前ぐらい聞いても問題ないだろう。


「聞いてないよ、まだ。」


「私、小倉風香っていいます。クラスは1年A組で学級委員やってます。」


「じゃあ次、先生で。」


「え、俺もか。」


「当たり前ですよ。なんで私だけなんですか?」


「村重昌幸、今日から桜川学園に臨時教師として赴任しました。」


「それだけですか?」


「それだけとは?」


「趣味や得意なスポーツ、恋話や好きな人の話しとか?」


「なんで、俺だけ詳しく自己紹介が必要なんだい。?」


「あは、バレました。」


「大人をからかってはいけません。」


「はーい。…でも、朝から生徒をナンパする先生もどうかと思うんですけど。」

舌を出し無邪気な顔で笑う。


「あ、それと先生。さっき私が言った事、他の人には内緒でお願いしますね。」


「さっき…?あー、俺の隣に女の子が見えたって言った事?」


「そうです。やっぱり勘違いかもしれないので……。」

風香は先ほど自分が見たのは勘違いと思ってくれた。それの方が俺はありがたい。


「でも、……先生って本当に彩花の事知りませんか?」


「ああ、本当に彼女の事は知らないよ。」

その後黙ってしまった風香。しばらく2人で一緒に歩いていたが、


「それでは先生、私委員の仕事があるので先に行きますね。今日はありがとうございました。」

俺に丁寧に挨拶をして軽やかに去って行った。


走り去っていく風香をみてニヤけていると、耳元ですごく沈んだ声が聞こえる


『…浮気もの、ゆっくん』


ーーあ、すっかり彩花の事忘れてた。どおりで、さっきから肩が重いはずだ…。


でも、俺も彩花の事をずっと忘れていた訳でもなく、それは彩花との決め事だった。俺が他人と話をしている時は彩花は話してこない。それは彩花のバレないようにする俺への配慮だった。


「ごめんな彩花、それで彼女とはどういう関係で?」

俺は、彩花に聞いた。


『私の一番の親友で、殺されていた私の第一発見者よ』

彩花は俺の顔を、悲しみ?怒り?なんとも言えない表情で見上げたのだった……。



昌幸と別れ軽やかな足取りで校舎へ向かっていた風香。

風香は機嫌が良かった。なぜなら先生は私に嘘をついているという事が分かったから嬉しかった。

さっき、先生との会話の中で私は「彩花の事知りませんか?」と尋ねた。先生は「彼女の事は知らない」と答えた。

…それはおかしい。私は「友達が死んだ」としか言っていないし名前なんて一度も話してないのに、…なのに先生は彩花の名前についてはまったく疑問も思わず、戸惑いすら見せなかった。

それは彼女の事を先生が何かしら知っていると言う証拠だった。

それに、私がバスの中で観察をしていた時の行動、あれはやっぱり誰かと話していたのでは……。

そして彼女はもう一度、昌幸を振り返り天使の微笑みで見つめる


ーー村重先生、何か知ってる……絶対。

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