Int.61:ブルー・オン・ブルー/ブリーフィング、唯一絶対の交戦規定
「――――まずは突然の招集、済まないとだけ言っておこう」
一日の終わりに飛び込んで来た唐突すぎる緊急招集にざわめく、ハンター2小隊の面々も混ざる教室内の混濁した雰囲気をピンと張り詰めたのは、やはり教壇の上に立つ西條のそんな開口一番の一言だった。
「西條はん、何なんや突然? もしかして、出撃なんか?」
「その通りだ」
怪訝な顔で最前列に座る慧の質問に西條がそう頷けば、やはり教室内を包み込むのは再びのどよめきだ。
「はいはい、皆さんひとまず落ち着いて。静粛にしてください」
そんな風にざわめく空気を、パンパンと手を打ちながらの言葉で、教室の隅に控えていた錦戸が制す。それから一瞬彼と見合って頷き合えば、西條は「……こほん」と小さな前置きを置いてから、話の本題へと切り込んでいく。
「……ああ、その通りだ。ほんの少し前、我々京都A-311訓練小隊に対し、緊急の出撃命令が下った。詳細は後ほど説明するが、一時間以内にここを発つ」
「一時間……」
西條の言葉に、一真の臨席に座っていたエマが神妙そうな顔で唸る。
「早いな」
それに一真が小声でそうやって返してやれば、エマは「だね」と、やはり神妙な顔のままで応じる。
「夜戦って、そりゃあ西條はんよ、コイツらにゃまだ早すぎるんやないか?」
なんて風なやり取りをエマと交わしている間にも、慧は意義を申したてんと、壇上の西條に食らい付いていた。
「そりゃあ、アタシらのコブラちゃん三機のTSUにゃ、全部C-Nite改修がされとるから、夜戦でもなんとかなる。せやかてコイツらは別や、まだ訓練生のヒヨッ子どもやろ?」
「……分かっている」
納得がいかないといった顔で食って掛かる慧の言い分を、西條は一度そうやって認めた後で、
「――――だが、無茶ではない」
と、続けてそんなことも宣言してみせた。
「ここの連中の成績と、それに実戦経験の量を鑑みれば、夜戦も十分……とは行かないまでも、可能だ」
「せやかて、ンな急に――――」
立ち上がりながら更に食って掛かろうとした慧だったが、しかしそれを隣席の雪菜に「慧ちゃん、その辺で……」と抑えられてしまい、不服そうな顔ながらもスッと再び着席した。
「……常磐中尉、君の言い分も尤もだよ。私だって、そう言いたいさ」
そんな慧に、西條は小さな溜息をつきながらそう言って。言いながら、白衣の胸ポケットから出したマールボロ・ライトの煙草を咥え、ジッポーで火を付ける。紫煙の漂い始めた教壇の上で、西條の瞳は至極疲れたような色をしていた。
「だが、既に命令は下されてしまった。そうである以上は、軍人である以上は、我々に意義を申し立てる術は無い。……悔しいことだけれどね」
ふぅ、と紫煙混じりの白い吐息を吹きながら、遠い眼をして西條が言う。慧としてもそんなことを言われてしまえば、それ以上のことを言う術を持たなかった。
「――――まあ、とはいえ作戦自体は比較的簡単だ。また狭い市街戦で、敵の量こそそこそこ多いが、今の我々にはハンター2という強い味方もいる。決して無謀な作戦というワケでもないさ」
さあ、状況を説明しようか――――。
続けてそう言ってから、西條は黒板に貼り付けられた何種類かの地図を用いながら、作戦の概要を説明し始めた。比較的近距離の戦いになることや、後衛部隊も良い砲撃ポイントが無い以上、近距離戦を強いられるだとか……。
(……至近距離での市街戦、それも夜戦…………)
そんな具合な西條からのブリーフィングを受けながら、一真の胸中に駆け巡るのは、一抹の不安だった。原因も根拠も分からない、ただ漠然とした不安が、一真の脳裏を駆け巡っていた。
「……一真、どうかしたのか?」
ともすれば、そんな一真の様子の些細な変化に気付いてか、後席に座っていた瀬那が小声でそう、案ずる声を掛けてきてくれる。
「いや……。なんでも、ない」
小さく彼女の方に振り向きながら小声でそう返す一真だったが、しかし胸の中に蠢く不安の色は、拭いきることが出来なかった。
「大丈夫だよ、いつも通りで。夜戦っていっても、そこまで変わるわけじゃないから」
ともすれば、続けてそんな安心させてくれるような声を掛けてくるのは、やはり隣席のエマだった。小さく微笑みながらの彼女の言葉には、やはり経験に裏付けされた説得力があって。それを聞かされれば、一真は胸に巡る不安を少しだけ取り除けた……ような、気がした。
(そうだ……大丈夫だ)
――――いつも通りにやれば、大丈夫。
それは、分かっている。分かってはいるが……やはり、胸に巡るこの妙な不安感を完全に拭いきることは、出来なかった。
なんで今更になってここまで不安を覚えるのか、それは一真自身にも分からない。今までだって何度も実戦を経験してきたはずなのに、幾つも修羅場を潜り抜けてきたはずなのに。それなのに、駆け巡るこの妙な不安感は一体何なのか。
ただひとつ言えることは、これがいわゆる嫌な予感という奴であることは確かだった。単なる第六感に過ぎないのに、まるで根拠の欠片も無い、それこそ杞憂に終わってしまうことなのかもしれないのに。しかし、一真はそれを忘れ去ることが出来ないのだ。忘れようとしても、忘れられない……。
(……まあ、俺のやるべきことはひとつだけだ)
そう、ひとつだけ。必ず生きて帰ること。瀬那とエマ、この二人を連れて――――。
それだけが、今の一真に導き出せる最大限の解決策にして、彼にとって唯一無二にして絶対の交戦規定だった。
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