衝撃

「クラールさんは、その様子だと試験はバッチリだったんだろうね」


一応他者の目があるせいか、サーロスの口調は森のそれとは異なっていた。


「どうでしょう?一応課題は全てクリアしたのですが……」


それは、私も同じ。


「あくまで一般的な試験だから、そこまで意地悪な採点はしないでしょ」


「そうだと良いんですけど。サーロス君は……大丈夫そうですね」


「うーん、まあね。多分、大丈夫だと思うよ」


「……貴方が多分では、誰も安心できませんよ」


そんな取り留めのない話をしていたら、騒めきが校門の方から聞こえてきた。


「……一体何だろうね」


彼もまた気になったのか、目を細めてその方角を見つめる。


「貴方は、クラルテお姉様をご存知でありませんか?!」


聞き覚えのある声とその名に、私の身体が固まった。


「……く、クラルテさん?知らないなあ……」


「そうですか……あの、貴方は……」


徐々に近づいて来る声に、私の身体が自然と震える。


そして見えた姿に、つい声にならない声で呟いた。


アンジェ……と。


「……あの、すいません!貴方は、クラルテお姉様を知りませんか?」


とうとう目の前にまで来た彼女は、そうサーロスに問いかける。

今世では初めて会う異母妹。

思い出にある彼女と同じく、その姿はまるで宗教画に現れそうなほど麗しい。

キラキラと陽の光を反射し輝く金色の髪も、空の色をした透き通る青の瞳も、陶磁のような白い肌も薔薇色の唇も、全て全て……かつての私が羨まんだそのままだ。


「……いいえ、クラルテさんという名前は聞き覚えがありません」


サーロスは申し訳なさそうに答えた。


そんな彼を彼女は一瞬見つめ……初めて足を止める。


「……そうですか。私のお姉様がこの学院にいると聞いて、いてもたってもいられなくて……」


「そうですか……」


「申し遅れましたが、私の名前はアンジェと申します。もし宜しければ、貴方のお名前を教えていただいてもよろしいでしょうか?」


「……サーロスと申します」


「まあ!サーロス様といえば、ロンデル様のお弟子様ですよね。とってもお強いとお聞きしております」


パアッと、彼女の顔が明るくなった。

少し赤く染まった頰は、より彼女の可愛らしさを際立たせる。


「過分なお言葉、ありがとうございます」


「是非、クラルテお姉様のことを少しでも何か分かったら教えていただきたいのですが……」


「……生憎ですが、あまり授業を取っていないため交友関係が限られていますので、人探しに私は向きません。他の方にお願いした方がよろしいかと」


そう言って、彼は頭を下げると歩き始めた。

ポンと彼が私の肩を叩き、それで我に返った私もまた、その場を離れるべく歩き始めた。


「……大丈夫?」


「え?何が……」


「……何か、少し様子がおかしかったから」


よく見ている、と内心苦笑いを浮かべた。


まさか彼女がここに来るなんて、思いもしなかった。

私の、トラウマでありコンプレックスの象徴。

そしてかつての生で、私が酷いことをしてしまった相手。


全てを捨て去ったと思っていたのに、体は正直だ。

彼女の姿を見た瞬間、凍りついたように動くことができなかった。


彼女には悪いが、まるでかつての生の道筋から逃れられないのだと言われているかのようで……恐ろしかった。


「あんな綺麗なお嬢様をいきなり見たら、それは驚くでしょう?」


「……そっか」


一瞬彼は真意を問うような視線を私に向け……けれども諦めたようにその言葉と共に目を閉じて呟く。


「貴方こそ、あんな綺麗な方に声をかけられてドキドキしていたんじゃないですか?」


「うーん……どうだろう?綺麗だとは思ったけれども……」


彼にしては珍しく、歯切れの悪い言葉だった。


「……ごめん、上手く言い表せないや」


「そうですか。こちらこそ、変なことを聞いて申し訳ありません」


その場から少し離れたタイミングで、再び背後が騒がしくなった。


「お嬢様!ようやく見つけましたよ。さ、長居は無用です。旦那様も心配していらっしゃいましたよ」


またもや聞き覚えのある言葉に、心臓が煩い。

体中に鼓動が響き渡り、それと共に息も荒くなる。


早く去らなければ……不自然にならないようにゆっくりと歩かなければ……と混乱した頭は相反する考えを体に指示していた。


結果、結局それまでのペースで歩を進める。


何事もなく寮に辿り着くことができると、私は疲れと共に汗が体中から溢れ出ていた。

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聖女は復讐を夢みるのか 四谷 愛凛 @Yuuui

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