覚悟
「……師匠」
医務室を出た後、サーロスが真剣な声色でそう声をかけてきた。
「どうした?」
「強く、なりたい。何者にも負けないような、そんな強さを持ちたい」
その呟きに、俺は一人で笑う。
「お嬢ちゃんに感化されたか?」
「……ああ。正直、俺は驕っていた。同世代では負けることはないと思ってた」
「……あの子はなあ……」
思い浮かぶのは重傷になりながらも尚、冷静に戦い続けていた彼女の姿。
一体、何がどうすればあのような子が育つのか至極不思議だ。
まるで死と隣り合わせな道を歩んできたかのような、そんな苛烈な戦いぶり。
かと思えば、病室で見せたこの国に対して期待することを諦めたような、虚ろな瞳。
誰かに頼ることが、まるで罪だと言わんばかりのその口ぶり。
果たして、彼女はどのような道のりを歩んできたのだろうか。
何を敵と定め、独り歩んだのだろうか。
どれほどの絶望を抱えて、あのような歪な姿となったのだろうか。
どれほどの怒りを抱えて、あそこまでの鍛錬を積んだのだろうか。
彼女が何ら問題を起こさないことは奇跡で、無名の学生でいることは本当に至極不思議だ。
救いは、彼女に守りたいものがあるということだと思う。
その枷がある限り、彼女はヒトだ。
それ故に、彼女は大人しくしているのかもしれない。
けれども逆にそれがなくなれば、彼女は危険だ。
彼女の心に蠢く闇が彼女の心を喰らい尽くすだろう。
「あの子を目指すことは止めておけ。お前はお前らしく強くなれば良い」
「……だけどっ!」
「何も鍛錬をするなって言っている訳じゃねえ。明日からは厳しくするぞ」
反発していたサーロスは、けれども続きを聞いて頷く。
「……なあ。お前、あの子のこと何か知っているか?」
「何かって?」
「生い立ちだとか、家族構成だとか、色々。何でも良いけど」
「いや、何も知らない。知っているのは、犬を大切にしているってことと、よく訓練しているってことぐらいだな」
「……そうか」
まあ、そう簡単にあのお嬢ちゃんが話すはずがないか。
「でも、優しい子だと思うよ。前に貴族が平民の子に理不尽なことをしていた時に、咄嗟に庇おうと動いていたから」
………ふと、何かが引っかかって足を止める。
「……師匠?」
そんな俺を不思議に思ったのか、サーロスもまた止まった。
「あの時のお嬢ちゃんか」
けれども俺はそれを無視して、思いついたことを口にする。
見覚えがあるお嬢ちゃんだと、ずっと頭の中で引っかかっていた。
けれども、最初に会った時のが強烈過ぎてずっとその考えは彼方にやっていたけれども……そうか。
たまたま街を巡回していた時に、貴族の理不尽な仕打ちから平民の子どもを庇おうとしていた、あの時のお嬢ちゃんと同一人物だということを、思い出した。
「……何か、あったんだろうな」
それも、貴族との間に。
恐らく、彼女の憎しみの対象は貴族だ。
何があったかは分からないけれども、この国の貴族は憎まれるようなことをどいつもこいつも平然とするからな。
「……まあ、良い。サーロス、お前は強くなれ。あのお嬢ちゃんとは別の形で、あのお嬢ちゃんと肩を並べることができるぐらいに」
激しい憎しみと深い絶望の中にある、慈愛。
果たして彼女はどちらに転ぶのだろうか。
それは、誰にも分からない。
願わくば、これ以上深い闇に沈むことがないことを祈る。
けれどももし……その天秤が悪い方へと傾いてしまったその時には。
「そんで、お前はお嬢ちゃんと肩を並べることがねきるような男になれ。いざっていうときは、あの子を守ってやれ」
いや、そうなる前に彼女のことを止めて欲しいと俺は密かにサーロスに願う。
その深い闇から、彼女を守ってくれ……と。
それが国を守る最善の策であり、その深い闇に囚われる彼女を哀れに思った俺の願いだった。
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