遭遇

気がついたら、辺り一面が枯野になっていた。

空を見上げれば、普段は木々の葉で見えない筈の空が見える。

既に日は沈み、夜の闇が空を覆っていた。


魔力放出を繰り返したせいで、私の魔力は残り僅かだ。

ペタリと、その場に座り込む。

そっと、私の近くに横たわるボナパルト様の手を握った。

彼の手は、既に冷たくなっている。


悔しくて、仕方がない。

怒りや憎悪の感情が私の心を満たしていた。

けれども、怒りを吐き出した故か今はそれ以上に……虚しかった。哀しかった。

あんな奴らを守るために、ボナパルト様が命を落としたのかと思うと。


枯れたと思っていた涙が、再び私の頬を濡らす。


ボナパルト様を抱きかかえ、立ち上がった。

……その瞬間、王狼と奴らに呼ばれていた狼の死骸の側で何かが動いたのに気がつく。

そっとそちらの方に向かえば、王狼のそばに先ほどまでいなかった小さな狼の魔獣がいた。


「……お前」


王狼そっくりの、艶やかな銀色の毛並み。

そしてそれは、子どもの大きさだというのに、内包するその魔力は既にこの森のどの魔獣よりも大きい。


「子ども、か」


私が近づいたことで、それは警戒心を向けてくる。

魔獣にとっては、人間は攻撃する対象……何より、自分の親の血をたっぷりと浴びた人間を抱える私に怒りをぶつけることは真っ当な反応だろう。

彼らに感情があるのかは、知らないが。

それはともかく、私は不思議とその子に憎しみの感情を抱くことはなかった。

私にとっても、その子は師匠と仰ぐ自分の大切な人を殺した奴の子ども。

だというのに、その子に全く負の感情は湧いてこない。

ボナパルト様を殺したそれではなく、その子どもだから……という訳ではない。

何せ、横たわる王狼にも私は全くそういった感情が湧いてこないからだ。


憎むべきは、同じ人ながらボナパルト様を利用し死地へと向かわせた、あいつら。


むしろ王狼に対しては、ボナパルト様と対等に戦いあった者として敬意すら覚える。


王狼に近づいた私の足を、その子が噛み付いた。


「……っ!」


痛むが、けれどもこんな痛み……心のそれに比べたら、何てことはない。


「気は、済みましたか?」


そっと、囁くようにその子に呟いた。

その子は目を見開き、そして大きく二、三歩下がる。


私は、再び王狼に近づいた。

再び警戒心を露わにするその子に、目を向ける。


「待ちなさい。私に、あなたの親を弔わせてもらいたい」


そう告げながら、ジッとその子と見つめ合う。

暫くの間、互いに何の動きも見せず、ただただ互いの目を探るように見続け合っていた。


やがて……。

攻撃体制を取っていたその子が、僅かにそれを解いたのを感じ取った。

私は一旦ボナパルト様を横たえさせると、土に穴を掘り、王狼を丁寧に埋葬する。


そして不恰好ながら王狼の墓が出来上がると、私はその前で首を垂れた。


「……気高き魂に、敬意を。そして、彼の者の冥福を祈らん」


そう、祈るように手を合わせながら。


暫く祈っていたら、その子が私の横に来て同じように首を垂れていた。


「……お前……」


驚きながらそれを見ていると、やがてその子は私の元に近づき、先ほど自身が噛み付き血が流れている私の足を労わるように舐める。

やがてその子は、ボナパルト様の元に近づくとボナパルト様にこびり付いていた血を私の足と同じように舐めた。


「……共に、行く?」


気がつけば、その子に対して何も考えずそんなことを言っていた。

魔獣と行動を共にするなど、本来ならばあり得ないことだ。

魔獣は人を襲うし、人は魔獣を駆逐するのだから。

だというのに、私は共にいたいと思ってしまった。


私にとって、この子は“同じ”だったから。

大切なモノを、亡くしたモノ。



それは私の勝手な、思い込みかもしれない。

この子からしたら、いらない同情かもしれない。


けれども、私は共感した。

同士だと思った。

勝手でも何でも、そう思ったのだ。


だから私は、この子を連れていきたいと。


その子は、私の足元で擦り寄る。

私が歩けば、同じように一歩進んだ。

そして私たちは、魔の森を出た。


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