幕間 9 逃避

仲間達の資金、それは決して多い額では無かった。

だがそれでも全てを合わせるとそれなりの額になり、私はを持って違う街へと逃げ出した。


「ふふふ」


今の私の服装は先程までとは全く違う優雅な服に変わっていた。

それは仲間達が慣れない仕事を必死に頑張って貯めたもので買った服。

そしてそれを失った仲間達はもう、今日のご飯でさえ買うことはできないだろう。

全てを失った仲間達に待っているのは乞食になる破滅の道か、それとも餓え死か。


「本当に気分がいい……」


だが、そんなこと私には全く関係なかった。

全て悪いのは私の考えを理解できなかった元仲間達。

私には何ら責任は無い。


「うふふ」


そしてそんなことよりも今の私の心を支配していたのは今から行く街のことだった。

私の服装は決して貴族の頃から比べて仕舞えば優雅とは言い難い。

正直、貴族の頃からでは考えることのできない出来の服。


けれども今までと比べると雲泥の違いだった。


ぼろぼろでどうしようもなかった服は今はもう捨ててもう無い。

そして顔には薄っすらとだがきちんとメイクをしている。

そしてその久々のお化粧に私の心は浮き立っていた。

資金に関してもある程度遊べるだけの額が未だ残っている。


「久々に遊びましょうか」


そして私は街へと歩き出す。


ーーー 仲間から盗んだ資金を手に、笑みを浮かべて。





◇◆◇





それからどれだけ私はその街で遊んだだろうか。

今までいたあの嫌な記憶しか無いあの街とは違いそこは酷く賑やかな場所だった。

その街で遊びまわる日々は楽しく、自分が貴族から堕とされたということも全て忘れることが出来た。


「はぁ……」


本当にそれは酷く楽しい時間で、だからこそ資金が尽きた時私の胸に溢れたのはどうしようもない現状に対する恐怖だった。

確かにこの街では未だ私は仕事を断られたりなどのそんな目に合うことはないだろう。

それに関してはおそらく前の街よりも断然マシだろう。


だがそれでもここで私は1人で生きていかなければならないのだ。


「1人は嫌だな」


決して私は資金を盗ったことを後悔はしていない。

確かに私の胸には今、耐え難い寂しさが蝕んできている。

それは今まで仲間達と一緒にいた時では感じることのなかった胸の痛み。


だが悪いのは全て私を裏切った仲間だった。


「そうよ!あいつらが……」


そう考える私の顔に浮かんでいたのは怒りだった。

あの時、仲間達が言った言葉それは今までの自分を全て否定するものだった。

それは決して私だけのことではない。

仲間達も同じことで、だがそれでも仲間は今までの自分たちを過ちだと認めたのだ。


そう、この生活に負けて。


「そうよ!あいつらは弱かったのよ!」


私は歪んだ笑みを浮かべてそう呟く。

今自分が仲間達の資金を盗ったのは全て仲間達の自業自得だと自分に言い聞かせる。

仲間達は今までの生活に心が折れて復讐することを諦めたのだ。

そう愚かにも平民に成り下がり屈服することを選んだ。


「だから、私が彼奴らの資金を盗ってやったのは正義なのよ……」


そう私が漏らす言葉。

だが、その言葉には私が思ったことを呟いているという雰囲気は存在しなかった。

その言葉はまるで自分自身に言い聞かせるように響いて、私はその時すでに悟っていた。


今自分が仲間達に抱く怒り。

それはただただ見当違いでしかないことを。

仲間達へと私が感じているこの気持ち、その理由はただ自分の今までを捨て変わることの出来た仲間への羨望でしかない。


そして本当に弱いのは私の方で、そのことを自分は必死に直視しないようにしている意地でしかないことを。


そしてその意地はただ私を破滅に追い込むだけ、


「君、私の家に来ないかい?」


「はっ?」


ーーー の、はずだった。


だが、その時掛けられた声によって私の人生は大きく変わった……

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