幕間 1 虐め
「あはは、無様ですわね」
それは酷く胸がすく時間だった。
私、エミア・ハーマイルは目の前に倒れる1人の下女を嘲笑う。
その少女はアリス・アストレアと呼ばれていた少女。
彼女は身分も、容姿も何もかもが私より優っていた少女だった。
ーーー そしてだからこそ、落ちぶれた彼女を嘲る今の時間は何にも代え難い至福の時間だった。
令嬢だった頃があるなど信じられないようなボロボロの衣服に身を包んだアリス。
そして今の彼女は令嬢であった時が見る影もない本当に無様な姿だった。
艶やかで、老若男女問わず目を奪った髪は整えることもできて居らず、ボサボサで、整っていた顔はその髪に隠され半分以上見えない。
そして指も下女としての慣れない仕事をしているせいか皮は剥けていて、令嬢だった頃のあの細かった指と同じとは思えないような状態になっていた。
今まで令嬢として蝶よ花よと育てられてきた彼女が下女として、それも虐められながら過ごすのはどんな気持ちなのか、そんなことは私には想像もできない。
だが、それでも今アリスの胸を押しつぶされてしまいそうな絶望が蝕んでいることだけは分かって、
「貴女は、負け犬よ!」
「っ!」
ーーー だから、目の前のアリスの姿に私は酷く愉快な気持ちになる。
手に持つのは拷問用に作られた、魔術具の鞭。
これは相手に傷を付けることはないが、痛覚に直接刺激を与え、相手に口を割らせるためのもの。
その効果は凄まじく、どれ程訓練したスパイでも、一度この鞭に打たれれば泣き喚きながら口を割る。
もちろん今私の持っているものはある程度効果を抑えているが、それでも鋭い痛みを発生させる。
「あはは!ほら!もっと泣き喚け!」
「ぐっ!」
そしてその悪魔の鞭を私は何度もアリスに向けて振り下ろす。
それは明らかにアリスに対しての罰としては逸脱した行為。
その鞭は拷問か、それか大罪人にしか振ることを許されていないもので、アリスはそのどちらにも含まれていない。
だが、私の行為を下女達が止めようとすることはない。
その顔には恐怖が宿っていて、私に意見して自分も巻き込まれることを何よりも恐れている。
そしてそんな人間が私の行為を邪魔できるわけがない。
一度振るたびにアリスの髪の間から苦痛に歪んだ顔が覗く。
そのアリスの顔は苦痛に歪みながらも、なお美しく私の頭にアリスによって飲まされた苦渋の記憶が蘇る。
「どれだけ私が、貴女の美しさを妬んだか!」
「っ!」
私の言葉は必死に痛みを堪えるアリスの耳には入っていないだろう。
歯を食いしばり、痛みを堪えようとするアリスの表情をみて、私はそのことを悟る。
「私にその美貌があれば、あの王子の寵愛を受けれたかもしれないのに!」
私は別に王子が好きなわけでもなんでもない。
正直、あの愚鈍な王子などとは結婚などしたくもなかった。
だが、王子と呼ばれるだけあって彼の寵愛を受ければ私は自分の望むだけの贅沢な暮らしを出来るはずだった。
ー お前をもうこの家に置いておくことはできない。
そう、自分をあっさりと王子に明け渡した父親達を見返すことが出来るような。
私の家は男爵家で、決して貴族の中ではそこまで高位でも、裕福でもない。
だが、それでも私は男爵家に生まれてきたのがおかしいような美貌を持っていた。
だから私は何も気にすることなく、散財し自分の好きなように過ごした。
その内家がどんどんと私の散財により苦しくなっているのが分かったが、私は自分の散財を隠するようにはなったが、それでも今までと変わりなく遊び呆けた。
それは全て私のような明らかにおかしな身分に生まれた者には当然の権利。
だが、その理屈を父は理解することが出来なかった。
そして私は厄介払いするような形で王子の妾として家を出された。
だが、それでも私はすぐに王子の寵愛を得る自信があった。
それだけの美貌を私は持っていると信じて疑わなかった。
そう、あの時アリス・アストレアと出会うまでは………
「巫山戯るな!何で私よりも!」
そして私は長年の恨みを込めてアリスを痛めつける。
これは私に許された当然の権利なのだ。
今私に鞭で打たれているアリス、彼女はそんな人間だったのだ。
私よりも美しい美貌を誇ることこそが間違いだったのだ……
その考えをその時私は疑うこともなかった……
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