第32話 大精霊

「あぁぁぁぁあ!」


言葉にならない声を発しながら、王子は空中に散らばる手紙へと手を伸ばす。

当たり前だろう。

その手紙は王子を追放することができる証拠品なのだから。


「っ!」


だが、王子の手はその手紙をすり抜け一枚たりとも掴むことはできない。


「ほら、追加だ」


「なっ!」


そしてその王子を嘲笑いながら眺めていた青年はそんな言葉と共にさらに手紙、または精霊石などの王子の証拠品らしきものを取り出した。

その時に至ってはもう王子の顔は真っ青になっていたが、それでも青年は一切躊躇することなくそれらの証拠品を放り投げた。


「何でだよ……」


証拠品が降り注ぐ中、王子は呆然と立ち尽くす。


「これは父上が全て焼き払ってくれたはず……」


「あぁ、本当に。お陰で復元に手間取ることになった」


「っ!お前は何を言っている!」


王子は頭の処理能力を超えたのか、そう青年に向かって怒鳴る。

けれど、その怒声は一切青年に通用することはなかった。

だが、自分の声でようやく平静を取り戻したのか急いで地面に散らばった証拠品を回収し始める。


「くそっ!何でだ!」


だが、王子は一切の手紙を掴むことはできなかった。

王子の手は手紙を何度も何度もすり抜けて行く。


「あぁ、そう言えばその手紙は幻影だ」


「っ!」


そして何度王子がその無駄な行為を繰りかけした後だろうか、ぽつりと青年はとんでも無い事実を漏らした。


幻影、それは失われた魔術の1つで、触れられないものの、全く同じ見た目をした幻を出現させることができるというもの。

だがその魔術には制限が1つあり、自分自身で見たものしか幻を顕現できないというもの。

そしておそらく本当に青年は魔術を用いて証拠品を取り出したであろうことを私は手紙の再現度の高さから悟る。


「あははっ!そうか、これはただの脅しに過ぎないのか!」


だがそんな知識をあの王子が知るはずもなく、王子は勝手に頭の中で自分の都合の良いように事実を歪める。


「お前は死罪だからな!王族に楯突いてタダで済むと思うなよ!」


そして王子は今までの青ざめた顔が嘘のように青年に向かいそうまくし立てる。


「はぁ……愚鈍と言われているのもわかる。お前は父親以上に愚かだよ」


だが、その王子の言葉に青年は一切動揺することはなかった。

ただ心底呆れたというように深々と溜息をつき、何かを王子に向かって投げる。


「ははっ!強がりのつもりか!そんなことをした……っ!」


そしてその投げられた何かに、再度王子の顔が驚愕に染まる。


「いや、何で……幻影じゃ……」


青年が王子に投げたもの、それは幻影の中にあった1つの手紙だった。

王子はその手紙に恐る恐る手を伸ばす。


「っ!」


ーーー そしてその幻影ではあり得ない確かな感触に顔を恐怖で青ざめた。


「待て、待て待て待て!」


王子は何が起きたのか分からないというように頭を抱え、蹲る。


「はぁ……本当に愚鈍だな」


青年はその王子の姿を見て、そう吐き捨てる。

その目には隠しきれない王子への嫌悪感が浮かんでいて、私は人間にまず興味を抱こうとしない青年にすら嫌悪感を抱かれた王子に場違いな驚きを覚える。


「もう分かっただろう。今お前に投げつけた手紙は一部だ。実際に俺はもっと多くの証拠品を手にしている」


「嫌だ!俺は、」


「煩い!」


「ぶべっ!」


途中でいきなりパニックを起こした王子を青年は耐えきれず殴り倒す。


「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!」


だが明らかに尋常で無い様子で殴り飛ばされても王子のぶつぶつとした呟きが止まることはなかった。

譫言のように何度も何度も青い顔で呟き続ける。


「このままじゃ、俺は王子と追放されて……嘘だろ……この俺が……」


が、突然王子は顔を恐怖に歪ませた状態で上げた。


「何なんだよ!お前は!」


その王子の声の先、それは隠しきれない苛立ちを顔に浮かべた青年だった。


「……お前本当に王族か?」


「っ!巫山戯るなお前のことなんて知っているはず……あっ、」


王子は青年にそう叫びかけて、そして言葉を止めた。

その瞳に浮かぶのは信じられないというような驚愕の色。


「父上に、一度言われたことがある……」


そしてその驚愕を瞳に浮かべたまま、王子は言葉を発する。


「王宮の禁止区域にされている場所、


ーーー そこには精霊の中でも強力な力を持つ大精霊サルマートが存在していると」


「っ!」


その王子の言葉に、私は思わず絶句した。

確かにと、王子の言葉で青年の人間離れした様々な行動の理由に説明はできる。

だが精霊、それは伝説の種族で、そんなものが目の絵にいる青年だとにわかには信じられなくて……


「へぇ、」


だが、青年はその言葉を否定しなかった。

ただ、顔に空虚な笑みを浮かべてそして頷く。


「そこは流石に分かっていたらしいな」


「っ!」


そしてその時私はようやく青年の正体を知った………

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