第28話 言質

翌日、私は普通に下女の仕事をこなしていた。

この後王子に呼び出されているが、だからと言って仕事がなくなるわけではないのだ。

しかし王子に呼び出されている今、必ず王子の元には行かなければならない。


「どうやって抜け出そう……」


そしてそのことについて私は掃除をしながら頭を悩ましていた。

おそらく王子の設定した時間に行こうとすれば私は仕事を完全に終えることはできない。

流石にそんな時間はない。

つまり私は誰かに仕事を押し付け、王子の元へと行かなければならないのだ。

確かにこの頃私への下女達の態度は変わった。

おそらく言えばあっさりと許してくれるだろう。

けれども苦手意識が消えることはない。

未だいじめられてきた時の記憶は生々しく頭に残っていて、私は躊躇する。


「アリス、その呼ばれてるんでしょ」


「っ!」


だが私のその悩みは全くの無意味となった。

私が声をかける前に声をかけられたのだ。

私が振り返るとそこにいるのはハリスで、この前のように王子の使いでもきたのかと彼女の後ろに誰かいるかと探す。


しかし、そこには誰も見つかることがなくて私は戸惑う。


「その、」


「あっ、」


だが私はハリスの様子を見て悟ってしまう。

気まずそうにこちらを見ている視線。

それは彼女は全てを知らされているのだということを示していた。

そしてその視線に私はメリーの時のことも思い出す。

そう、あの時もこんな風に私は呼び出されて……


「全部、言われた通りだったんですね……」


「っ!」


そして気づいた時にはそう私は呟いていた。

その言葉は決して大きな声ではなかったが真正面にいたハリスの耳にははっきりと聞こえ、


「ごめん……」


だが、彼女が言い返すことはなかった。

そしてそれは私の予想、つまり彼女達は私をはめようとしている人間の1人であることを示していて私は唇を噛みしめる。

貴族に従うしかない、それは平民である以上仕方がないことなのだろう。

だが、それでも想像以上に下女達も助けようとはしてくれないという現状は私の胸に痛みを残し、


ーーー だからこそ、サリーさんの存在のありがたさを私は再認識する。


「いつも笑ってた」


そう、サリーさんは私という異分子を抱え人並み以上の苦労を抱えていたはずなのにそれでも私にその苦労を見せようとはしなかった。

そしてそれに甘えすぎた結果が今だった。


「絶対に……」


だから、もう彼女に迷惑はかけない。

私はポツリとその思いを漏らし、そして精霊石を強く、固く握り締めた。

胸は本当に燃えているのか、そう思うほど熱い。

私はその胸の熱さを抱えたまま踏み出した。




◇◆◇




「おぉ、来たか!」


王子に呼び出された場所、そこはあの立ち入り禁止区域だった。

そして私が辿り着いた時にはもう王子はその場所で座っていた。


顔に隠しきれない欲望を貼り付けた状態で。


「っ、」


そしてその王子の表情に私は嫌悪感を感じる。

目の前にいる男の頭で今私はどんな目にあっているのか、そう考えてしまって急いで頭からその考えを振り払い、私は頭を下げた。


「遅くなってしまい申し訳ありません」


そんなことはどうでもいい。

今私が知りたいの自分がこれからどうなってしまうかなんてことではない。

本当に王子が宿屋を壊すのに関わっていたか、そしてその証拠を精霊石に録音することだった。


「王子、単刀直入に問います。宿屋を騎士団が襲ったのは王子の命ですか?」


だから私は王子から聞き出すこと以外の全てを捨てた。


「はて?何のことか?」


だが私の問いに向かって王子が浮かべたのは嗜虐的な笑みだけだった。

私はその表情を見て悟る。

王子は今、私を征服するという征服感によっていることを。


「何で、サリーさんには何の関係もない!」


だから私は敢えてそう、取り乱してみせる。

正直、こんな序盤でいきなり冷静さを失うほど愚かな人間はまずいない。

だから普通に疑って良いのだが、


「まぁ、私はそんな人間は知らない。だが婚約破棄され実家からも追放された人間を匿う宿屋は潰されても仕方がない、そう思う人間がいるとは思わないか?」


しかし王子に疑う様子はなかった。

それどころかさらに恍惚とした表情で笑う。


「っ!」


その様子に私は思わず嫌悪感で仰け反る。

だが、その様子さえも王子を刺激したのか王子は私へと手を伸ばす。

私は今はまだ襲われるわけにはいかないと、抵抗しようとして、


「もう抵抗なんて意味はない。ここは私の部下が囲んでいる。お前の宿屋を襲った騎士団がな!」


「っ!」


そして私はその瞬間念願の言質を手にした。

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