第22話 最悪の提案

ー どうしてこいつかここに!?


私の頭を王子がこの場所にいることに対する疑問と、そして全くなにも警戒せずにこの場所に入ってきたことに対する後悔が占める。


「すいません、少し道を間違えてしまったようです」


だが、私は思考する間も無く反射的に振り返っていた。

色々と疑問や後悔はあるが、とにかく今はこの場を去ることが最優先だと判断して私はそのまま、早足で立ち去ろうとする。


「いや、君にはここにいて欲しい」


「っ!」


しかし、その私の行動はやけににやけた笑みを浮かべる王子によって制止された。


「ですが私には仕事が……」


私は王子の言葉に一瞬、舌打ちしそうになって何とか堪える。

正直王子の目的が何なのか腹分からないが、にやけた笑みを浮かべているその姿は、この王子の本性を知っている私からすると嫌な予感しかしない。

だから何とかこの場を凌ごうと咄嗟に嘘をつく。


「ああ、大丈夫だ。私に呼ばれたことにすればいい」


しかしあっさりと王子に反論を封じられる。

私はさらに何かの理由を付け、強引にでもこの場を去ろうか一瞬悩む。


「では、私に出来る限りであれば……」


だが強引にこの場を去り、王子が癇癪を起こした場合を考え私は渋々この場に残ることを決める。


「ああ、そうか!では少しこっちについて来い!」


しかし私の返答を聞いた王子の笑みには、隠しきれないだけの下卑た下心が浮かんでおり、私は早々に後悔し始めていた………




◇◆◇




「ここらで良いか」


「は、はい……」


そして王子に連れられ私がきたのは酷く眺めの良い場所だった。

恐らく人気のない場所にでも連れ込もうとしているのではないかと考えていた私は、まさかこんな場所に連れて来られると思わず、驚く。

だが直ぐに流石に今襲おうと思うこともないかと納得する。

というのも、今の私の身分は罪人だ。

元貴族であったことから下女として普通に過ごしているが、この国での認識では私の身分は罪人となっている。


そしてそんな私を襲う行為、それは貴族が決して行なってはいけないタブーの1つだ。


しかももし王子が私を襲おうとしていたのだとすれば、婚約破棄した元婚約者に手を出したとしてさらに白い目で見られかねない。

そんな状況になればこれ幸いと国王は王子を追放するだろうし、それに関しては流石の王子もわかっているだろう。


「アリス、君は想像以上に危険な目に遭っているようだね」


「えっ、はい……」


ー あんたのせいでな。


だがその私の安堵はいきなりおかしなことを言い始めた王子のせいで頭から消えた。

精一杯私を心配しているようなそんな表情を作りながらも、だが私への下心が隠しきれていない表情。

それは控えめに言っても気持ち悪く、鳥肌を通り越して悪寒が湧いてくるもの。

さらにそもそも私がそんな目にあうことになった理由は王子が私に冤罪をかけたことが理由で、今更私の怒りを煽って何をしようとしているのか?


「実は私はそのことが心配でこの頃夜も寝れなくてね……」


だがそんな私の疑問を他所に、王子は悪夢で出てきそうな気持ち悪い表情のまま話を続ける。


「窶れた表情に、そしてボサボサの髪本当に嘆かわしい……」


「はい?」


ー あんたのせいだろうが!


王子は突然酷く辛そうな顔(未だ下心は隠せていない)で私の髪を触る。

私は突然の王子の奇行に語尾に王子を馬鹿にしたような響きが浮かんでしまう。

だが、髪を触られているということと、王子の態度に関する嫌悪感が限界を超えて吐き気までもよし始めていたので、訂正する余裕はない。


「それにこの手。今まではあれだけ綺麗な手だったのに、こんなに傷だらけになって……辛かっただろう……」


「はっ?」


そして最終的に私はその王子の言葉に一瞬怒りで我を忘れかけた。

私の手は今は令嬢だった時とは違い、酷く硬い手になっている。

それは決して見栄えがいいとは言えない手で、だがその手は私の誇りだった。

何故なら、その手は私が必死に仕事をしてきたという証なのだから。

来る日も来る日も必死に働いて、最初は信じられないくらいしんどかった。

何をしても成功しなくて、どうしてこんな仕事をしなければならないのか、何度王子を憎んだのか分からない。

だが日々必死に仕事に取り掛かる内、私は順調に仕事が出来るようになっていた。

そのことに気づいた日から私は仕事をするのが楽しみになっているのに気づいた。


そして今はもうボロボロになった手は私が必死に仕事に取り組んでいたという証なのだ。


だからこそ、その手を否定された私はかつてない怒りを目の前の王子に抱く。


ー 私を怒らせて何が目的!


そして私は王子の目的が私を怒らせることだと悟る。

何が狙いなのかは分からない。

だが、王子は明らかに私を怒らせようとしている。

そう私は判断して、王子の狙い通りになることを避けるために必死に深呼吸して自分の感情を落ち着ける。


「だが、アリス。君はもう心配しなくていい」


「えっ?」


だが、次の王子の言葉に何か王子の狙いがおかしいことに気づく。

その時王子の顔には最早隠しきれないだけの興奮が浮かんでいて、私はさらに戸惑う。


「私が君を守ってやろう。


アリス、私の妾になれ」


「っ!」


その時になり、私はようやく王子の狙いが全く自分の見当違いだったことを悟る。


ーーー そして王子の狙いは自分の想像などはるかに上回るくらい最悪なものだった。

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