第19話 変化 Ⅰ

ー 俺がお前の味方になってやる。


「うん……」


思い出すだけで顔が赤面しそうになる積極的な言葉。

絶世の容貌を持つ男性に抱き締められただけでなく、その前でわんわん声を上げて泣いた。

それは明らかに生き恥を晒した、そうとでも言うべき出来事。

だがそんなことを思い出しているのにも関わらず私の顔に浮かんでいたのは困惑だけだった。

確かにあれは酷く心休まり、そして恥ずかしい記憶だった。


本当に起こっていたのだとすれば。


青年と話した記憶。

それは幸せで、だからこそ自分の妄想でしか無いのじゃないか、そんな考えが消えないのだ。

そして私は願うように、言葉を漏らす。


「夢じゃないよね……」


「何がだい?」


「ひゃい!?」


突然の横からの声。

それに私は独り言を聞かれていたと言う羞恥と、そして突然声をかけられたことに対する驚愕で、間の抜けた声を上げてしまう。


ー ひゃいってなに!?


そして奇声がさらなる恥を上塗りする。


「すみません!」


しかし私はその内心の動揺を見せることなく、振り返って勢い良く頭を下げた。

それは下女の生活で身についた私の処世術と言うべき反応。

仕事の最中は決してそれが私の不手際でなくても私の責任になる。

そしてそんな状況で本当に自分に非があることをしていればどんな目に合うか、そのことを私は下女生活の最初で嫌という程思い知らされている。

だから何とか頭を下げ、必死に謝罪を告げたのだが、


「いや、調子が悪いんじゃないかと思ってね」


「えっ?」


その一言だけで私に声をかけた者は去っていた。

顔を上げた私は今更ながらに自分に声をかけてきたのがハリスであることに気づく。

彼女は今まで率先して私を虐めてきた筈の人間だった。

だが今日の彼女は全くと言っていい程変わっていた。


「その、気をつけろよ……」


「何時も、仕事頑張っているからさ」


ーーー そして変わっていたのはハリスだけではなかった。


「あ、ありがとうございます…」


私は急に態度が変わった下女達の言葉に戸惑いながら感謝する。

下女達の態度が変わったのは本当に今日突然のことだった。

昨日私が意識を取り戻した時、もう既に深夜だった。

つまり明らかに私は仕事をさぼったことになり、翌日どれだけ仕事を押し付けられるのか、そう震えながら下女達に謝罪した。


だが、その私の謝罪に対して誰1人として責める者はいなかった。


「何が起きたのかな……」


私はその時の驚きを思い出してそう呟く。

今までは明らかに王子の妾ぐらい私を敵視していた筈なのに、今は全くそんな様子はない。

それどころか、今までのことを気に病んでいるのか所々ギクシャクしているのが積極的に私を気遣うようになっていて、私は戸惑いが隠せない。


「考えられるのってあれだけだよね?」


だが、私は何故こんな態度の急変が起きたのかその理由が推測できていた。

私はふと視線をこの部屋の窓口へと向ける。

そこは涼しい風の入る、この部屋の中で1番人気の場所。


そして何時もは私を虐めにきた王子の妾達が立っている場所だが、今回はその姿は見えなかった。


私はその無人の場所を見て、1人の女性を思い出す。

それは王子の1番の妾だったメリーのこと。


そう、彼女はもう妾ではない。


私に危害を与えようとしていたことがばれて王子に捨てられたらしい。

そしてその時から妾の私への虐めは無くなった。

更にその後から下女達の私への虐めが無くなったのだ。


「やっぱり貴族関係か……」


そこまでくれば何故あそこまで下女達が私に対していじめを働いていたか嫌でもわかる。

つまり簡単なことだ。

貴族に対する心象を少しでも良くするためだ。


「はぁ……」


そしてそこまで考えた私の口から漏れたのはどうしようもないことを目にした時のような溜息だった。

正直、今はそんな理由でよくも私を虐めてくれたな!なんて怒る時なのかもしれない。

だが、貴族の権力がどれだけの力を持ち、そして平民が貴族の前では本当に石ころのような物としか思われていないこの国では仕方がないことであることを私は知っていた。


そんなことよりも私の胸にあるのは貴族に従わざるを得なかった下女達のことだった。


私を気遣う下女達の今の態度を見れば彼女達が本当に私に害を成そうとしていたのではないことはすぐに分かる。

だがそれでも私を虐めていた時の彼女達の様子に本当に自分を嫌っているのかと私は思っていた。


そして実際それだけ下女達の私に対する態度は苛烈で、それこそがどれだけ貴族に逆らうことを恐れているのかを雄弁に物語っていた。


「本当に、貴族てなんだろう……」


私は虐められた時の彼女達と、今の私を気遣う彼女達の姿を比べそう呟く。

そのことは心に大きなしこりを残していて、


「あの人なら、聞いてくれるかな……」


ふと気づくと私はそう呟いた……

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