第15話 隠し部屋の青年 IV

私を見つめる青年、彼の様子は今までと一切変わりが無かった。

そしてだからこそ、青年が何を考えているのか分からず私は疑問を覚える。


「1つ質問だ」


だが、その私の様子に青年は気を払うことなく話を進めて行く。


「例えばだ、今もう一度婚約破棄された時に戻ってもう一度冤罪を被るか、それとも戦争をするか選べたらどうする」


「過去に戻って?」


青年の質問に私は首を傾げる。

何故そんなことを聞くのか、その答えの決まり切った質問に意味が見出せなかったのだ。


「あぁ、早く答えてくれ」


「そんなの、」


だが、あまりにも青年がしつこいので私は少し不信感を感じながらも口を開く。


「ーーー 冤罪を被るに決まっているじゃない」


「ぷ、あははは!やっぱりか!」


「えっ?」


そして私が答えた次の瞬間青年は突然笑い出し、私は呆気にとられる。

しかし青年は笑うことをやめず、私の中に少しづつ苛立ちが溜まって行く。


「お前、全く後悔なんてしてないじゃねぇか」


「っ!」


だが、その苛立ちが溜まりきる前に青年は未だ笑いながら私にそう告げ、私はその言葉に絶句する。


「あれ?」


確かに青年の言う通りならば、私は全く後悔していないのだろう。

だが、未だ胸を襲う苦しさは消えることはなくて、私は戸惑う。


「でも、もし私がもっとちゃんとした選択をしていれば皆が苦しむことも……」


そして私はその痛みの理由が分からず、推測を呟こうとして、その途中で突然涙が溢れてくるのに気づいた。


「な、何で……」


訳がわからない、そう言う風に私は涙を拭おうとして、気づく。

私の胸に今もなお刺さり痛みを訴える傷は決して後悔からできた者ではないことを。


ー この売女!


「っ!」


次の瞬間、私は頭に浮かんだ言葉に自分が何に傷ついていたかを悟った。


「まぁ、という訳だ。お前はもう少し自分のやったことを誇って……」


「誰も認めてくれなかった!」


「っ!」


そしてそのことに気づいた時、私は青年が得意げに話してくれているのを遮り叫んでいた。


「どれだけ必死に耐えても誰も……」


そう叫ぶ私の胸にあったのは自分への情けなさだった。

あれだけ必死に家族のことだけを思ってやってきただけのつもりだったのに最終的に私の心の中にあったのは、孤独に対する恐れだった。

自分が必死に動いた結果を誰も認めてくれない、いや、自分の味方がいないそのことにただ耐えられなかっただけ。

そしてそのことに自分に対する惨めさが溢れ出す。


「ああ、くそ!本当に不器用な奴だな!」


「っ!」


しかし、次の瞬間私の目から溢れ出す涙は青年の手によって拭われ、身体を温かい何かが覆う。

そしてその温かい何かが青年に抱きしめられていることだと悟った瞬間、私は恥も外聞も全て捨てて青年に抱きついていた。


「孤独が大嫌いで、こんなにも追い詰められる癖に、何でそんなに他人のために身体張ってるんだよ!」


青年が私に叫ぶ言葉。

それは乱暴で、隠しきれない怒りに満ちていて、そしてそれ以上に私に対する思いやりが籠っていた。

人の感情に触れることがほとんど無く、いつのまにか凝り固まっていた私の胸を青年の言葉は甘く溶かして行く。

それはひどく心地の良い感覚で、


「ぁぅ、何で……」


ーーーそしてだからこそ、私は青年の思いの理由が分からなかった。


何故青年が私なんかを気に掛けてくれるのか、その理由が私は思い至らずに私は青年に問いかける。

今起きていることが本当に現実なのか、それさえ今の状態では判断できない。


「煩せぇな。そんなもん、俺がお前の唯一の理解者だからでいいだろうが!」


「っ!」


だが、そんな私の不安を吹き飛ばすかのように青年は私を抱く腕に力を入れた。

私は青年の逞しい胸の感覚に、これが自分の頭が作り出した幻想でないことを悟る。


「1人ぐらいお前にはそんな奴が必要だろうが……」


「えっ?」


そして次に青年が告げた言葉、そこには何故か酷く複雑な感情がこもっていて、私は我慢を覚える。

だが、その疑問を青年にぶつかる前に安堵からか、私の身体を重い眠気が襲った。

私はその眠気に耐えることが出来ず、あっさりと目を閉じる。


「本当に、馬鹿が。限界越えるまで無理しやがって……」


そして私は青年の言葉を最後に意識を手放した。


青年に抱きかかえられた状態での微睡み。

それは何故か酷く懐かしい気がした……

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