第13話 檻の中の青年 Ⅱ
どれほど説明に時間をかけただろうか。
婚約破棄に関する真実を人に伝えることなど想定していなくて、説明は始終容量を得なかったものだった。
さらには感情的になり過ぎ泣いてしまい中断してしまったりと、全てを鼻押し終える時にはかなりの時間が過ぎていた。
ー どうしよう……
そして、全てを話し終えた時私はとうに落ち着きを取り戻しており、顔は羞恥で林檎のように真っ赤に染まっていた。
青年が何者だったか私は知らないが、それは今はもう関係なかった。
青年が人間離れした美貌で、そして一時間以上、下手したら数時間にも渡り抱き締められていた、私の頭はそのことに関する羞恥で埋め尽くされていた。
確かに私は元令嬢だ。
それも名門貴族の。
つまり私は普通ならばいつか来る政略結婚に向けて性技などを経験しておくべきなのだが、だがアストレア家では殆ど異性方面に関しては何も無かったのだ。
勿論、礼儀や作法に関しては令嬢として何処にでても恥ずかしくない程度の訓練をしてきた自信はある。
しかしそれだけでアストレア家にいた頃はまるで性技の話題さえ避けるかのようになっていて私には一切の異性経験は無かったのだ。
そして王子と婚約した後も、襲われた時以外私には性的接触はなかった。
普通に王子との関係は生理的嫌悪を催してしまうので、私が避けていたことやアストレア家からの圧力のおかげで殆ど触ったことさえない。
時たまに馴れ馴れしく接触されたことはあったが、その時も全身に立った鳥肌を隠しながら王子の要求をすんなりとかわして逃げていたのだから。
ー そ、想像以上に筋肉があるっ!
そしてそんなこと生活を送ってきた私が絶世の美男に抱き締められて平静でいられるわけがなかった。
頭に血が上り、思っていたよりも逞しかった青年の身体にさらに顔を赤く染める。
「まぁ、なんだ。辛い目にあったんだな……」
「っ!」
ーーーだが、次の瞬間私は青年のその言葉にすっと今まで自分の頭を支配していた浮ついた気持ちが冷えて行くのを悟った……
◇◆◇
「違う、私は別に辛い目に何て……」
「ん?」
突然の私の言葉に青年の顔に訝しげな表情が浮かぶ。
「あ、あれ?」
そして言葉を発した私自身も何故自分がそんなことを言ったのか、分からなず戸惑う。
青年に全てを打ち明けるまで、私は破裂してしまいそうなぐらい酷く辛かった。
王国の人々は私に敵意を向け、そしてなのに誰も味方はいない。
「何で私こんなことを……」
それは本当に泣いてしまいそうなくらい辛いもので、私は思わず疑問を漏らす。
そして直ぐに青年に笑いかけて、何も無いのだと告げようとして、
ー 弟の人生を大幅に狂わせた貴女が、よくそんなこと言えるわね。
「っ!」
その瞬間ある言葉が頭に蘇った。
それはメリーに侮蔑とともに投げかけられた言葉で、普通ならば謂れのない中傷だと忘れてしまうべきだろう。
「あ、そうか……」
だが私にはそんなことはできなかった。
心当たりのある、私には。
「私には今を辛いなんて思う資格なかったんだ……」
その言葉と共に私の目から涙が溢れ出す。
「っ!どうした、辛いことでも思い出したのか?」
そしてその突然の私の涙に驚き、青年が気遣うように私の頬へと手を伸ばしてくる。
だが、私の涙の理由それは決して辛い記憶を思い出したからではなかった。
「やめて!」
「っ!」
そして私は反射的にその手を弾いていた。
青年の顔に驚愕が浮かび、私の心に罪悪感が走る。
しかしその胸に走った罪悪感は直ぐにもっと大きな感情の波に覆われ消える。
そしてその感情の波に反応して私の目からさらなる涙が溢れ出す。
「皆を不幸にした私にはそんな風に優しくしてくる価値なんてないの!」
「あっ?」
私の言葉に一瞬、青年は疑問げな顔つきになる。
「おい、ちょっと待てよ!もしかしてそれはアストレア家とかの貴族なのか?」
だが直ぐに私が言った人が誰であるのかを悟る。
「だったら、お前が悩むのはお門違いだろうが!裏切った訳でも無いんだろうが!」
そして私に諭すようにそう話しかけてくる。
「ううん、私は皆を裏切った」
「っ!」
だが、青年は自分の言葉に私が頭を横に振ったのを見て、絶句した。
「皆思いを私は踏みにじったの」
そしてその表情を見て、私は話すことをやめそうになる。
唯一私のことを気遣ってくれている青年にさえ、嫌われるのは酷く嫌で、その迷いで一瞬だけ言葉を止める。
だが、その間はほんの一瞬だった。
このまま何も言わずに青年に側にいてもらうなどそんなこと、私自身が許せなかった。
「私は勝手に自分の思いをねじ通しただけ」
だから私はそう話を続ける。
恐怖で、口を閉ざしたい衝動に何度もかられる。
だが、私は目に涙を浮かべながら必死に言葉を重ねる。
「皆が何を望んでいるか、それを知りながら私はそれを裏切った」
それが私の精一杯の償いなのだから。
私はアストレア家の人々が皆、本当は戦争を望んでいることを知っていた。
そして今の現状にどれだけ嘆き悲しんでいるのかということも。
だが、それでも彼等には何もすることができない。
そうなるように他ならぬ私が手を回したのだから。
家族を裏切って。
「だから、私は救われてはいけない!それが、私の罰なんだから!」
そして私はそのことを青年に話しながら、そうきっぱりと青年を拒絶した。
顔は泣き笑いのようなどうしようもなく無様な状態で、情けなさに私は今すぐここから逃げてしまいたい衝動に駆られる。
「何なんだよ、あんた……」
「っ!」
だが、次の瞬間その衝動は青年の声に消え去った。
それは今までからは考えられないほど力の抜けた声だった。
「本当に、あんたはあの人に似てる」
喜び、悲しみ、怒り、そして自分を責めるようなとても複雑な声。
「あんたは、あの人と同じで抱えすぎだよ……」
「えっ、?」
そして青年はそう、固い声でそう吐き捨てた。
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