第35話 魂の返還

 魔術師は永遠に存在し続けることができる。ただし、それは理論上の話。現在もっとも長く生きていると言われている魔術師、エバイス。彼は約3000年生きているそうだ。ただし、彼はもう人ではない。いや、正確には魔術師になった時点で我々はもう人ではないのだからこの言い方はおかしい。……彼はもう人であったときの形ではないそうだ。


 魔術師は月日が経つごとに獣の形へと近づいていく。自分はまだ1年も経っていないため何の変化も感じられないが、実は組織のメンバー全員はすでに一度獣の姿になっているらしい。今は魔術によって人の姿を維持しており、それでも人になりきれていない部分が各々あった。晴には尻尾があり、アイは目が鷲になっている。オーイルは背中に羽根があり、オッチオは牙がある。マキシムなんてもう頭が獅子そのものだ。そうやって徐々に徐々に魔術師は獣へと近づいていく。


 これを野生化という輩もいて、忌み嫌うものいる。


 水の獣人にとってこれはかなり深刻な問題だった。自分のようは鰓呼吸の者たちは鰓が出てきた時点で陸上での生活が困難になる。水の中でしか呼吸ができなくなるのだ。もちろん、その対策としての魔術はある。だが、それでもずっというわけにはいかない。陸にいる間、起きているときはもちろん、眠っている時でさえ魔術を使い続けなければならない。それはかなり難しいことだった。


 だから歳をとってくると大抵の水の獣人は組織を元々いたところから”竜宮”へと変える。


「でもそれじゃあ、水の獣人すべてを竜宮が受け入れなければなりませんよね?そんなの可能なんですか?」

「すべてではありませんよ。大抵の魔術師は数十年過ぎたところで魂の返還を望むようになるのです」

「……魂の返還?」


「えぇ。数十年もすれば早いものは全身が完全に獣になります。不思議なもので、そうなってしまうとそのまま獣の姿で生涯を遂げたいと思うようになるのです」


「え? 獣として生きるということですか?」

「そうです。人をやめ、魔術師になり、今度は魔術師をやめ、獣となるのです」


 そして、最後はあの海へと返る。


「獣になった人たちはどうなるんですか?」


「どうもなりませんよ。私達のことを忘れ、他の獣のように自然の中で生きていきます。どこかで人に捕まって食べられたりするかもしれません。それでも彼らはそう望むのです」


「じゃあ……」


 ふと脳裏に浮かんだのは晴の顔だった。彼女はあんなにも切なそうに叔父のことを話していた。


「じゃあ、過去に魔術師になって、こちらの側にいないということはもう……」

「もう、魂の返還を終えたのでしょう」


 そういうことだったのか、とようやくそこで理解した。

 今、この組織に残っている人たちは皆、魔術で人の姿を保っているそうだ。それすらもできなくなったとき、別れが訪れるかもしれない。獣として生きる。それは魔術師の最後か。


 ……それって思っていたよりもましな最後じゃないか、と思う自分はおかしいのだろうか。自分はもっと酷い結末になると思っていた。……何とは言わないが。だってそうだろう。魔術師の力は強大で恐ろしい。そんな力を使うのだ、その対価が何もないなんて。やはりそれはおかしいと思う。



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