第4話 インフルエンザ

 世間はゴールデンウイーク。

 会社はカレンダー通りの休みで、同期のみんなはそれぞれに予定があるらしかった。

 俺も実家に帰ろうと思っていたんだけど……どうやら無理そうだ。

 それどころか、布団から出ることも難しい。

 先ほど体温を測ってみたら、38度6分もあった。

 実際、朦朧としてる。

 目を開けていても、部屋がぐわんぐわんと回って見える。

 ヤバい……これは本格的にヤバい……。

 1人暮らしって、こんな時どうするんだ……。


 田中正司たなかしょうじ。それが俺の名前だ。

 髪の色が栗色なのは、別に染めてる訳じゃない。

 俺はハーフなんだ。父親がイタリア人で、母親が日本人。

 名前からは絶対分からないけど、この髪の色と瞳の色を見ると、誰もがそれを理解してくれた。

 俺に『ウィリアム』というあだ名をつけた友人、平田ひらた雅人まさととは今でも連絡を取り合っている。と言うか、幼稚園から中学校までの腐れ縁で幼馴染だったわけだが、そのころの友人で連絡を取れるのは雅人くらいなもので。

 それ以外の友人も、連絡を取ろうと思えばとれるはずなんだが、特に連絡を取る必要が無い事もあり、もうかなり疎遠になってしまっている。

 そう思うと、ウィリアムというあだ名とも、長い付き合いだなぁ。


 クーラーが壊れてしまって使えなくなった部屋で、雅人と俺は文句を言いながらテレビゲームをしていた。

 2人協力プレイでステージをクリアして行って、このボスを倒せば次がラスボスだ。

 部屋も俺たちもヒートアップしてしまっている中、最も熱くなっているのは言うまでもなくテレビゲームのハードウェアで。

 ああ、これはさすがに怒ってもしょうがないかもなぁ。

 そう思った矢先に、ハードが文句を言い始める。

『あのさぁ。言わんでももう分かってると思うねんけどさ。ホンマ、めちゃくちゃこの部屋暑いやん? なんでなん?』

 ああ、クーラー壊れてるからさ……。

『いや、それ分かっててなんでゲームしてるん? いやいや、なんでなん?』

 関西弁でまくし立ててくるハードに、俺もちょっとムッとする。

 なんでって、面白いからに決まってるじゃないか。

『いやいやいや、決まってるて、え? 決まってないやん? 決めてるんはあんたやろ? 誰かのせいみたいに言うの、やめた方がええと思うけどなぁ』

 うるさいなぁ。と言うか、機械のくせに文句言うなよ。

『ちょ、おま、え~? ないわぁ。差別やわ~』

 何が差別なんだよ。

『ウィリアム何やってんだよ~。しっかり戦ってくれよ~』

 今度は雅人が文句を言う。

 だって、あいつが文句言うから……。

 ああ、もう、暑い……。

 ゲームの画面もぐにゃぐにゃしてきたし、これはもう本格的にヤバい……。

 部屋が溶け出してる……。

 ヤバいなぁ……暑くてヤバい……。

 熱い…………。


 ひんやりした感触が、おでこに当たる。

 気持ちいい……。

 うっすら目を開けると…母親が心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。

『大丈夫。あなたは強い子だから、インフルエンザになんて負けないわ』

 母親はそう言って、俺の額に当てているタオルを取り上げると、もう一度水にぬらして手で絞った。

『さぁ、今はとにかく寝ることが大事。お休みなさい』

 おやすみ……。

 俺はそれだけ言って、再び両眼を閉じた。


 目が覚めると、見知った天井だった。

 見知らぬ天井じゃなくて良かった。

 変な夢を見ていた気がする。今となっては全く思い出せないが。

 俺はとりあえず自分の熱が下がっているかどうかを確認するため、体温計を脇の下に入れる。ほどなくして、ピピピッと電子音が鳴り、計測終了を知らせてくる。

 36度1分。

 平熱よりもほんの少し高いが、まぁ問題ない体温までは下がってくれたようだ。

 助かった……。

 それが一番大きな感想だった。

 そして、一人暮らし怖えぇ……と言うのが次点。


 だが、よく考えたらこの状況はおかしい。

 何がおかしいかって……。

 枕の横に落ちて、布団が水分を含んでしまっている。それは、濡れタオルだ。

 少し乾燥しつつあるこのタオル……。

 どう考えても、自分でやったわけじゃない。


 あれ……これ、ヤバくね?


 そう思う反面……感謝の念も浮かんでくる。

 普通に考えたら、とても怖い事なんだが……不思議と恐怖感もなく。

 もしかしたら……と思うことはあるけど、なんだかそれを認めてしまうことこそ、危険なのではないかと言う思いが膨らんでくる。


 そうして……。


「えっと……ありがとう……」


 誰にともなく、そう口にしていた。

 当然、その言葉に返答などなかったが、今はそれがありがたかった。


 さぁて……と。

 残りのゴールデンウィーク、どう楽しもうかなぁ。

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