第38話
「んじゃ! ごユっくりー!」
お盆に置かれていたもの。
それのラインナップは、こうだった。
ガタノソアチョイス・「軽いもの」
・ご飯(つやつやのお米。盛りがよいが形は整えられておらず、しゃもじ一掬いごとに塊になっていて多少不格好)
・みそ汁(絹ごし豆腐にわかめに長ネギにナス。よく言えば具沢山、悪く言えば野暮ったい見た目。具材もワイルドな大きさ)
・煮魚(種類が分からない。茶色が濃く味が濃そう)
・うどん(小さなどんぶりに入っている。不思議な存在)
・ひじき煮(一本一本が太くしっかりしてる)
・漬物(柴漬けと、刻んだ沢庵)
お盆の上に展開されていたのは、軽いものと称すには余りにサービス過剰な品々だった。一つ一つがいちいち盛りがよく、煮魚に至ってはお頭まで付いている。
だが、SR子にとっての問題はそこではなかった。
何故和食!?
何故この店では和食が出てくるんだ!?
洋食屋さんではなかったのか!?
――ガタノソアにとっての洋食……ってことなのか?
そう。出典的に、ガタノソアにとってはこの和食――日本食は、「東洋食」と言い換えることが出来る。洋食だからといって、西洋だと決めつけることは出来ないだろう。
――ガワは西洋食。ウチは東洋食……ということなのだろうか
ちぐはぐだ。しかしSR子は、静かに箸を割る。
この盛りの良さも、はらぺこと見て即座に出してくれた対応の良さも、全てはガタノソアの邪神な善意から来たものだ。
そもそも、サンドイッチとか、トーストとか、タコスとか、名称をきちんと説明しなかった自分にも非がある。何でこんなものが出てくるんだと非難する資格は無いのだ。
――なんだろう。何だか懐かしい感じだ、この空振り。そう、あれは……
「いただきます」
食が始まる。SR子は手を合わせた。
胃袋を温めるために、SR子はみそ汁を手にした。
上澄みになっている部分、底に沈んだ味噌の部分。渦巻く濃厚な黄土色と、澄んだ上層が透かし見せるお椀の赤。肉厚わかめの濃厚な黒緑、ナスのしっとりとした青黒色。青ネギは鮮やかな深緑色で、絹ごし豆腐の白がそれらを凌ぐ存在感を放つ。
――この野暮ったい賑やかさって……いい意味でうるさいガタノソア自身のようだ
SR子はそっと、口にお椀を寄せた。
――うん。美味い
SR子の舌に、上澄みの出汁の味が染みわたる。沢山の具材から出た出汁、魚介類から煮だした出汁。賑やかな旨味の後に、味噌の味が広がる。口の中を温め、喉を滑り落ち、腑に落ちると、ほかほかと優しく広がっていく温かさ。お椀から唇を離しても、口の中は旨味がいっぱいだ。
決して派手ではなく、飛びあがるような旨さではない。しかし基本を忠実に抑えた、手堅く、優しく、そして美味いみそ汁。
きっとガタノソアのいる家の「日常の味」なのだろう。
そう考えると、汁、豆腐、わかめ、油揚げ、ナスの組み合わせもちょうど「5つ」。この村は一軒につき五人が割り当てられる。
――ガタノソアはわかめか? ナスか? はは、まあ、わかめか
下らないことを考えたあと、SR子の箸は煮魚に伸びた。
――なんという種類の魚だろう。ルルイエ辺りで獲れるのかな
箸で押すと、ほろりと肉が削げ落ちる。身離れがいい素材なだけではなく、じっくりと時間をかけて煮込まれたのだろう。中身はしっとりとした光沢のある白身だ。
口にすれば、ガツンと濃いタレの味が最初に来る。噛み締めれば、魚の旨味がタレの旨味と絡み合い、途端にご飯が欲しくなる。みそ汁の味を掻き消す一撃。それはまさに、幸せな征服だ。
――美味い。見た目通り、原寸大に美味いな
この濃厚なタレを、ご飯にかけてしまいたい。そう思うより早く、SR子の箸は煮魚を一かけら寸断し、ご飯の上に運んでいた。
焦げ茶色が白を侵食する様は、背徳的ですらある。いや、ここはあえて冒涜的と呼ぶのが正しいだろう。
さっきの煮魚の味の残滓はまだ口に残っている――まずは白飯のみを、ガブリ。
――飯に合う
立て続けに、煮魚を載せた白飯を、ガブリ。
甘じょっぱい醬油ベースで仕立てられたタレを纏う柔らかな白身魚が、白いご飯と組み合わさる。
飾る言葉すら不要だ。
幸福そのものと言っても過言ではない。
既に、洋食を食べられなかったことなんてどうでもよくなっている。
この煮魚とご飯――この胸にある満足感が、全てだ。
SR子の食事は続く。
濃いものを食べた後の箸休め。その仕事を、ひじき煮は十二分に果たしてくれる。出汁の取り方がガタノソアは上手いのだろう。単純に、真面目に、美味しい。
みそ汁のようなかぐわしさと温かさも、煮魚のようなひたすらな幸福感と白飯との親和性は無い。その黒いボディはひっそりと佇み、目立たず、そこに鎮座する。
しかし、この引き締まるような、サプッとした歯ごたえ。ふうわりと控えめに口の中の味を中和してくれるこの効果的な味――そして、それそのものの、独特で奥ゆかしい美味しさ。
紛れもなく必要な、お盆の上の名バランサーだ。
そして口の中の段階を上げるように、柴漬けに伸びる箸。
ポリッ。
グ……パリッ、グニパッキ、ニ、ポリ……
最初は柔らかく歯を迎え、そして小気味よく割れていく、独特な歯ごたえ。それに伴って炸裂する塩気。途端に意識がご飯に遷移する。
この漬物は食べた覚えがある。既製品をそのまま使っているのだろう。だが、この定食において、それは何の問題にもならない。
華やぐような風味。楽しい歯ごたえ。ちょっと濃いめの、純粋な塩気。我に返るような冷たさ。これらは、この盆に足りないものを補ってくれる。
サービス満点のご飯が、ここで活きてくる――パクリッ。
素朴と素朴が組み合わさり、素直な美味しさと満足感。
そしてみそ汁をすうっと口に吸いこむ。
SR子は思わず息を漏らした。
――美味い。美味い。確かに美味いんだが……
ここまでなら何の非の打ちどころもなかった。この完璧な布陣は、プロ棋士対決の盤面のように精緻で無駄がなく、なおかつハイレベル。このままルーティンで食べ進めても、何ら問題は無い。
しかし――足りないでなく、謎なものが一つ、このお盆には存在する。
うどんである。
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