第23話 剣の道 06

    ◆



 イサムが彼らに完全に背を向けて立ち去った所で、


「――にゃははは!」


 リュランがお腹を抱えて笑い声を上げる。


「あの人、こっちに恐れをなして尻尾巻いて逃げたにゃ! 何か強そうにそんなでもなかったにゃ! にゃははははは!」

「……はあ」


 呆れたように溜め息を付く金髪碧眼の男性。

 彼は深い溜め息を吐いて手招きをする。


「リュラン、俺の右側に来てみろ」

「ん? はいにゃ」


 警戒なしに軽快に木を飛び移ってくるリュラン。


 ――メキッ。


 乗った瞬間に足元から木が折れた。


「ええっ!?」


 と驚き声を上げながらも、一回転して両足で無事に着地する。

 まるで猫のように。


「ど、どういうことにゃ! あたしの体重ってそんなに重かったのかにゃ……?」

「違うに決まっているだろ」


 金髪碧眼の男性は折れた箇所――自分の真横を指差す。

 本当に足の真横、すぐそこであった。


「お前が尻尾を巻いて逃げた、と言った奴が溜め息を吐いた瞬間にやったことだぞ、それ」

「え……?」


 リュランの目が大きく見開かれる。


「いつの間に……って溜め息吐いた時……って、あの時何かしたようには見えなかったにゃ!?」

「俺に対して警告を発していたんだよ、あの時。だから何もしていないで尻尾巻いて逃げたわけじゃないぞ」

「相変わらずだねえ。『神速の剣士』の名は伊達じゃないということだよ」


 星形の眼鏡を掛けた男性が口を挟んでくる。


「いい詩が書けたか?」

「うーん。ちょいと甘めかねえ……ま、及第点は与えられると思うよ」


 金髪碧眼の男性の問いに、星形眼鏡の男性は肩を竦める。

 内容も含め、そこに先のイサムの行動の結果に対しての動揺や驚きなどは皆無であった。


「ふ、二人は分かっていたのかにゃ!?」

「まあ、あいつならそうだろうと」

「僕も見飽きているからねえ」

「……」


 信じられない、とリュランは二人に視線を向ける。


「こんな世界に二人は生きて来たのかにゃ……?」

「ん、まあ、これくらいの実力者は四、五人しかこの世にいないから、そこまで驚くことじゃないぞ」

「四、五人?」

「俺とこいつ、先の目を閉じている奴に――」

「我が愛しのユズリハさん!」


 ぶわっ、と両手を広げる星形眼鏡の男。

 その目は眼鏡越しにも煌めいていた。


「……まあ、確かにそいつもその域に達しているな」

「ああ、愛しのユズリハさん! 貴方の為ならば例え火の中地獄の窯の中針の中でも何処にでも!」

「全部地獄だな。……それと、だな」


 金髪碧眼の男は口元を歪める。

 まるで嬉しそうに。

 まるで誇らしそうに。


「――そういえば、あいつはこの近くの町にいるらしいな」


 唐突に。

 金髪碧眼の男はそう呟いた。


「え……? あいつ……? 誰のことにゃ?」

「んんん? のかい?」

「……そうだ」

「どうして間があったんだい? んんんん?」

「いや……後で話そう……絶対に発狂するなよ? 大人しくしてくれよ」

「ねえねえ、あいつって誰なのにゃ? 誰なのにゃ?」

「それだけで悟った! きゃっほう!」

「察し良すぎだろう……まあ、あれだけ言えば判るか」

「――判るわけないにゃーっ!」


 うがあああっ! っとリュランが自分の頭を抱えて振り回す。


「さっきから抽象的な話過ぎて何が何だか判らないにゃ! 何のことを……誰のことを話しているのにゃ!?」

「ああ、すまんな。そういえばお前は知らなかったな……どこから話せばいいか……あ」


 そうだ、と一つ手を叩く金髪碧眼の男。



「せっかくだし明日、挨拶しに行こうか」



 にやりと、男は口角を上げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る