第27話 隼の苦悩

 街灯がないと、こんなにも暗いのか。

 隼はそう思いながら夜道を進んでいた。薫が珍しく頼んできた別行動にやや違和感を覚えるながらも、車のライトだけを頼りに運転すること三十分。辿り着いたのは、前にも来たことのある古いアパート。

 桜木が住んでいるアパートだった。

 相変わらず雑草は伸び放題で、階段や柵の手すりが欠けていた。



(──十二時七分。流石に遅くなったか)



 夜分に非常識だが、管理人の部屋のドアを叩いた。やはり眠っているのか、返事がない。チャイムを鳴らしても何の物音もしなかった。鍵が無ければ部屋に入る事が出来ないし、かといって朝に出直す時間もない。

「すみません! 警察の者です! 夜分遅くに失礼ですが捜査にご協力お願い出来ませんか!」


 何度もチャイムを鳴らすが、やはり何の物音もしなかった。



 ──『何の物音も』······?



 車から持ってきた小型ライトを片手にアパートの裏手に周り、管理人の部屋を覗いてみた。もし人がいたら失礼だな、とか色々思いながら大窓から家の中を照らした。

 何も無かった。カーテンも、家具の類も。監禁された部屋を思い出すほど、何も無かった。


「おいおい、まさか──‼」


 隼は一度その場を離れ、敷地を囲む柵から目を凝らして看板を探した。ライトがあるとはいえ、街灯のない場所では目が利かない。更に生い茂った雑草が邪魔だ。

 足で草を薙ぎ、手で地面を叩いて探す。何度か草で手を切った。しかし、気にしている場合ではない。



「あった」



 雑草に埋もれていた『入居者募集』の看板を見つけた。案の定、上にでかでかと貼り付けられた『売却済み』の張り紙は、ここには誰も住んでいないことを語る。


 なら桜木は、一体どこに住んでいるのか。

 引っ越した? それなら住所を調べ直さないと。でも夜中じゃあ調べようがない。出来るとしたら市役所に侵入するか、音郷にハッキングを頼むくらいだ。

 桜木に直接聞いた方が早いか? だが今は薫が──


 散々巡らせた思考は無駄に終わった。

 張り紙の端に薄らと月日が書いてあったのだ。ちょうど二ヶ月前の日付だった。つまり、二ヶ月も前からここは空き家なのだ。しかし、桜木は確かにこのアパートに入っていった。


「家宅侵入罪プラスか······」

 隼は頭を抱えた。ヘラヘラと笑う桜木の顔が容易に想像出来た。ということは、結局鍵は桜木が持っているという事だ。

 ここを所有している不動産を調べて、電話かけて、鍵持ってきてもらって······ダメだ。時間がかかりすぎる。

 いかに素早くをするか考えていると、何か金属のような音がした。見ると足下には曲がった針金があった。


(──何たる偶然。ちょうどいいや。······いやいやいや、ダメだろ。他の方法を考えろ)


 しかし、一番簡単な方法が道具と共に側にある。その方法が『犯罪』ということは重々承知だ。だから最終手段に持っていきたい。だが、思いついてしまったもの以外を考えるなんて出来るだろうか。



「うう······ちくしょぉぉぉう‼」



 隼は歯を食いしばり、針金を拾って二階の奥の部屋まで駆け出した。鍵穴に針金を差し込んで、指先の神経にだけ集中する。


(鍵穴はディスクシリンダー。ピッキングにはもってこいの鍵穴──)

 昔に逮捕した鍵師の話を思い出しながら指を動かす。指先に伝わる振動は隼に中の構造を丁寧に教えてくれた。

 ああ何でこんなこと覚えているんだ、と後悔しながらも、部屋の鍵を数秒で開けた。

 隼は始末書や後の説教を想像して胃を痛めた。腹を決めると、ドアノブを回し、涙をこらえてお邪魔した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る