26.この契約を破れる者はいない
「魂自体に毒を?」
そう呟くアルテマ……シルヴィアがそう言うと博は首を縦に振った。そして隣で膝をついて頭を抱えている悠哉を見て強引に腕を引いて立たせる。
「え……」
「泣けばいいじゃないですか。最愛の奥さんが死んだんです、そんな時くらい泣いても良いんじゃないですか。」
「どういうことだい、博君……?」
「じゃあシルヴィアさん、聞きますけど悠哉さんは朱音さんをそんな上辺だけの奥さんっていう扱いをしていたと思うんですか? 僕には見えませんでしたよ、あんなに楽しそうに僕の勉強を教えてくれたり、珈琲を作っていたりとても演技ではないと思いますね。」
「……」
そう博が言うとシルヴィアは下を向いて口を閉じた。そして拳銃の引き金からも手を外す。それと同時にリボルバーは落ちてしまうが有子が咄嗟に拾った。
「そんなわけないじゃないか。ユリウスとシアは誰もが羨むおしどり夫婦だったよ、周りからは美男美女の最強夫婦などとも言われて。兄の僕でもそれが否定できないくらいだったさ、だから怒りを抑えられないんだ……!!」
「シルヴィア、ごめんなさ……」
「謝るなよ!! お前は僕の妹を幸せにしてくれた、彼女の夢を叶えてくれた! 僕には出来ないことをしてくれたんだ……」
「泣けば反省している、悲しんでいるというのは大きな間違いですよ。大事なのは、その心に秘める想いです。」
大人の男の人が、泣くのを躊躇うのは当たり前なんです。
それを聞いて有子が安心したように拾ったリボルバーを胸の前でギュッと抱きしめた。
「兄さんみたいにカッコ良かっただろ、ちま?」
「それを言わなければカッコよかったのに勿体ないです。」
「はは。兄さんの愛した人を取る気はないから安心してよ。」
「ねぇ~まだぁ~? 退屈もいいとこなんだけどぉ」
壁の端でフィルーネは黒ぶちメガネを拭きながら足を組んでまだかとこちらを見ている。その隣には――
「み、みー!?」
「こうも簡単に人質が取れるとはねぇ。結局は家族問題があれば仲間なんて売るんじゃん。」
「み、美沙さんをはなし……」
「僕が行く。」
博は毒々しく輝くアメジストの瞳でフィルーネを見た。フィルーネは眼鏡をかけると立ち上がり、美沙の首を締め始める。
「うあああっ、あ……!?」
「……みーに触るなよっ!!」
それを見た瞬間、博は槍を構えてフィルーネの心臓にめがけて走りだした。
「さすが、足が速いなぁ。」
でも、このくらいなら避けれるかな。
そう小さく呟くと、美沙を片手に持ちながらフィルーネは身をかわす。その時……
「あ、れ?」
「……美沙ちゃん回収完了っと。」
「さすがお父さん!!」
「有子が上手く腕を狙って落としてくれたおかげだよ。」
アルテマは美沙をそっと地面に下ろしながら娘に優しく微笑みかけた。
「もうちょっと状況をちゃ~んと把握してから笑いなよ」
その瞬間、アルテマは美沙の首にはまだ掴んでいる手首を見つけた。なんで……? と恐怖を覚えながらアルテマはすぐにその切り離された手首を離そうとする。だがそれは自らの意思でうねうねと動き出し、アルテマの手首を掴んだ。
「くっ……!!」
「お、お父さん!?」
「ぼ、僕は良い……美沙ちゃんをユリウスに……」
「わ、わかりました……!」
有子は美沙が落ちるとほぼ同時に下に滑り込み、細い腕で抱えながら悠哉の元へと運んで行った。
「悠哉さん、美沙ちゃんの容態を診てください!!」
「……わかりました。」
悠哉は覚醒を解き、剣をしまう。そして美沙を診ようとした時……
「わ、私よりも瑠璃ちゃんの精神ケアをしてあげてください。私……博の所に行かないと。」
「でも……」
「大丈夫、私は普通の魔術師じゃないんだよ」
契約書がいる……暴走魔。
腫れている首元に少し触れながら、美沙はゆっくりと立ち上がり二人の制止をきかずに矛を交える博の元へと歩いて行った。
「もう、見た目が幸弥だからって手は抜かないから。」
「……それでこそ、『月光』だわ。」
そう言うとフィルーネは不敵な笑みを浮かべ、両手で博と同じ長槍を手に持った。紫色のオーラを放ち、毒々しさを漂わせる。
「正直、おじさんたちを相手にするの面白くなかったの。だから今、こうしてお手合わせ出来てとても嬉しいわ。」
「みー、大丈夫なの? さっき結構首を絞められてたけど……」
「うん。これだけちゃんと笑えるから大丈夫だよ。」
そう言って美沙はニコッと博に微笑んで見せた。無理やり作っている……と博はすぐにわかったがわからないふりをしてなら大丈夫かな、といった。
「じゃあお喋りはここで終わり。そして……世界も終わり」
そうフィルーネが言うと同時に美沙、博、フィルーネの三人の周りに大量の瘴気が纏わりつく。並の人間ならば命にかかわるだろう。
「あ、あの量じゃ……」
「……近づけないですね。」
「僕らには邪魔するなと言いたいんだろう。」
「そうそう。まぁ若い子たちには色んな事情があるんだよ。」
「あ、アルテマ様、不気味です……」
目を真っ赤にした瑠璃の手には、博が持ってきたアルテマの宿るシアンの生首があった。その首元は砂や土で汚れていることから、結構自分で努力して歩いた、身を引きずって進んだろうと思う。瑠璃が泣きやんでいるしきっと彼が慰めたのだろう。
「まぁ僕なら行けるだろうけど……こんな状態で行っても蹴り飛ばされて終わっちゃうよ」
「でもこれだけの瘴気ならいつかこちらにも来るんじゃ……」
「その時はその時だ。みんな仲良く死のう!」
「アルテマ様、こんな状態でふざけていたら本当に向こうに投げ込みますよ。」
「え、えええっ! それは嫌だよ…・・・でも瑠璃の蹴りは嫌いじゃないかも」
「……ちょっとまって。アルテマ様そんな趣味が……」
「え? 瑠璃みたいな美人に蹴られるなら本望……」
「有子、こっちに来なさい」
「あ、はい……」
有子は突然父に名前を呼ばれ、庇うように肩を抱かれた。そして完全に軽蔑した眼差しで生首を見た。それに悠哉は苦笑する。
「こんな状態で冗談に笑えるくらい余裕があるなら大丈夫。死にはしないよ。まだ冷静な判断は出来るよ」
「本当に、アルテマ様は何でも考えているんですね……」
「いや、今考えた」
「……なんだ。」
有子はそんな二人のやりとりをみて、こんな人でしたっけ? とシルヴィアの顔を見る。父も驚いているようで口がほんのり空きっぱなしになっている。
「ところで、その媒体ってシアンですよね? どうしてわざわざそんな神であろうあなたがこんな力の出しにくいものに宿ったんです?」
「なんでって……」
これが僕の本体だからに決まってるじゃないか。
「え? っていうことはあなたは悠哉さんが作った人造人間の……?」
「まぁ、そういうことだね。でも人造人間っていうのはちょっと違うかな。あれは元々僕って言う立派な契約書だったんだよ。イリアス・エルウィールって知らない? 全ての属性の魔術を使いこなしたと言われる伝説の契約書。」
「聞いたことはあります。確かお母さんがよく話してたかな・・・魔術に他の色よりも優れる赤の契約書のほとんどの人は憧れるって。伝承に顔写真すらも残っていないから顔はわからないって言ってましたけど本当にアルテマ様が?」
「信じるか信じないかは君たちに任せるよ。まぁ僕の本体はあの子によって壊されちゃったから力の証明なんて出来ないけどね。でも、何百年とシルヴィアの体にいたけど、まさかまだ本体が生きているとは思ってなかったよ。コードをつなぎ合わせてまた新しい魂が吹き込んで動いてるのを見てとても驚いたよ。」
……そうだね、少し僕の話をしようか。
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