第51話 ……仕方ありませんわね。淑女たるもの、売られた喧嘩は全力で

「ゴルラアァァァァ!!!」

 太腿ほどもある、樹皮も剥いでいない丸太で殴りかかってくる。壁を擦り下ろした木くずが砂嵐のように降りそそいだ。


「キャーッ……」


 大振りの直線的な殴打。

 上半身を斜めにそらして攻撃をかわす。マントが風にあおられ、残像のように広がった。

 力任せに振り抜いた棍棒が、石レンガの壁に激突する。先端が折れた。木っ端微塵に砕ける。


「ってほどでもなかった。びっくりした」

 ラトゥースは思わず口笛めいた息を鳴らした。こぶしの背中で雨まじりの汗をぬぐう。

 それからきっと向き直って相手をにらみつける。


「いきなり後ろから襲って来ないでよね。この卑怯者」

「××××が××ァァァァァァ! ××な××ろで! ァァァン!?」


 大男が、ろれつの回っていない口汚い吠え声をまき散らす。何を言っているのかさっぱり分からない。だが意味は通じなくとも意図は理解できる。

「へえーなになに、可愛いお顔に傷がつかなくて良かったって。なるほど完全に同意。なんせ嫁入り前の箱入り娘だもんね?」


 ラトゥースは、片方の奥歯をぎりっとかみしめた。尾行に気づかれたのは完全にこちらの失態だ。だが、相手が馬鹿で助かった。


 押し殺した息を長い時間をかけ、腹の底から吐き出す。

 何せ、わざわざのだから。

 ラトゥースは身をひるがえした。男が怒鳴っているのは、バクラント北部諸島の方言だ。おそらくは雇われ水夫か単なる下っ端。考えなしに条件反射で襲ってくるようなチンピラ相手に、無駄な騒ぎは起こしたくない。


「逃××か!」

 男が指笛を吹き鳴らした。唐突にけたたましい物音が響きわたった。重い家具か何かをひっくり返すような騒音と同時に、ドラ声が散らばる。背後の倉庫にあかりが点いた。よろい戸がいきなり開く。


 荒くれ者の一団が走り出てきた。

 毛皮を着た悪党ヅラの大男ばかり数人。手に手に棍棒や刃物、割れたビンなどを携えている。どう見ても攻撃態勢に入ったスズメバチの群れだ。


「おい! 君たちやめたまえ、そんな物騒なもの痛ああッーーっ!」

「××言っ×××ゃねぇ!! ブッ××すぞ××ァァァァァ!!」


 少々毛色の違う声もろとも、椅子が転がり出てきた。続いてつくえ

 最後に、入り口の戸板が粉々に突き破られる。

 山高帽を被った白衣の男が、文字通り宙を舞って、路地の向こう側まで吹っ飛んでゆくのが見えた。

 割れた樽に頭を突っ込んで動かなくなる。


「あ」

 ラトゥースは思わず額に手を当てた。荒天を仰ぐ。

 おとなしく退散するつもりが、いきなり敵の巣のど真ん中に踏み込んでしまうとは。

 とんでもない貧乏くじを引き当てたものだ。おのれの悪運を、ただただ呪うしかない。


「××だあ×メェ! ××ト××何×××ョロし××が××、あァん!?」

 あっという間に目をつけられた。取り囲まれる。


 ラトゥースは息をととのえた。ポケットに手を突っ込み、肩をすくめて立ち止まる。

 帽子を目深に下げ、表情を隠す。

 相手は、腕っぷしの強そうな赤ら顔の巨漢が五、六人。どれも熊のごとき体格。胸毛も腕毛もひげも渦巻くほどにすごい。


「××え××だ!」

 両手に割れた瓶を握った毛むくじゃらの大男が吠えた。ギザギザになった瓶を武器がわりに差し付ける。

 その背後で、白衣の男がこそこそと四つんばいで逃げてゆくのが見えた。

 樽を頭にかぶったまま、木箱の向こう側へ隠れようとしている。


「あっ、何逃げようとしてんの、ちょっと、無責任では!」

「×××って×っ×んだよ!」

 毛むくじゃらどもが包囲の輪を狭めてくる。


 ラトゥースは仕方なく弁解した。

「いや、その、たまたま通りすがっただけで……」

「っせぇ×××す×な! ××、×んじまえ!」

 互いに意味も分からないまま怒鳴りあった結果。どうやら交渉は決裂したようだ。


「ちょっとー! ずるいんじゃない!?」

 ラトゥースは逃げていった白衣に向かって毒づいた。

 どちらにしろ逃げ場はない。

 首をすくめて半歩下がった。ポケットから出した手に、小さな警棒を握り込む。


「……仕方ありませんわね。淑女たるもの、売られた喧嘩は全力で」


 眼の高さに持ち上げて、かちり、と音をさせてねじる。先端が横にすらりと引き伸ばされた。

 小首をかしげ、にっこりと。可憐にほほえむ。


「……買わせていただきますわ!」


 何の前触れもなく。

 マントのはじく雨が白い炎のように燃えた。ラトゥースは身を低くして大男へと走り寄った。警棒を斜めに振り抜く。

 反動で先端が数倍に伸びた。釣りざおのように弓形にしなる。繰り出されたキリ状の鋼鉄が、最初に攻撃してきた男の眉間に命中した。


「ギャアッッ!」

 大男は黒いアザのある手で顔を押さえた。のけぞる。


 手首を返す。伸縮自在の警棒は軽快な音を立て、元通りの長さに縮んだ。柄の中に吸い込まれる。

「いざ、ごめんあそばせ!」

 懐に踏み込んだ。ハイキックで蹴り上げる。ドレスのすそが華やかにひるがえり、舞い上がった。

 シェイル直伝の金的。つま先に鉄の入ったブーツだ。威力はまさしく筋金入り。

 直撃。めり込んだ。粉砕。


「ァッァッ……ぼえーっ!」

「それでは皆様ごきげんよう!」

 白目と泡を剥いてぶっ倒れた男の腹を思いっきり踏んづけた。包囲網をかいくぐって突破。走り抜ける。

 背後で毛むくじゃらの集団が怒鳴った。


「×え! 逃×××! ぶっ××!」

「ああ、もう。完全にやぶ蛇だわ」


 半分は自業自得だが、たぶん騒ぎを起こしたのはラトゥースだけのせいではない。周りを見渡して、そもそもの元凶を探す。

 木箱の後ろで、樽をかぶったまま背中を丸めてうずくまっている白衣が目に入った。

 頭隠して尻隠さず。

 本人は、うまく隙間に潜り込んで隠れているつもりだろうが、残念なことに頭以外は丸見えだ。


 ラトゥースはくるりと方向転換した。


「レイス先生、あとはお任せいたしますわ」


 声をかけ、木箱の上に飛び乗る。

 白衣を着た樽が、ぴく、と身じろぎした。ぎごちなく頭をねじる。割れた樽の下から、銀髪がはらりとほどけて背中に落ちた。


「誤解です、姫。まだ何も悪いことはしていません。ラクして儲かる簡単な話があるというので!」

「泣き言は後になさって。追っ手が来ましたわよ。先生ほどの名医ならお手のものでしょ、


 ラトゥースは木箱の上から敵の集団を指さした。わざと目立つ場所に立って腕を組み、ふすんとほほえむ。

 レイスは腕にかばんを抱えたまま、樽の下から恨めしい目つきをした。

「まさかあなたがそういう女性ひとだとは思いませんでした、姫」

「お互いさまですわ」

 ラトゥースは屈託なくほほえみ返す。


「はぁ、仕方がない」


 レイスはゆらりと立ち上がった。樽の下の眼鏡が暗い色を反射する。

 いつの間に忍ばせたものか。両手に銀色に輝くランセットを数本、猛獣の爪のように握り込んでいる。

 腕を交差させた。眼前にかざす。ヒュッ、と雨を切る音がした。


「……しときますか」


 白衣が闇に消えた。敵の一人が、いきなり上半身と下半身、それぞれ別の方向にねじ切れたようにのけぞった。その場に折れ曲がり、倒れ込む。

「××、××つ××だ、×が違××ゃ×××よ……」

「×××、×の……うあっ!?」


 追ってきた毛むくじゃらの一団は、見てはならぬものを見たかのような、引きゆがんだ顔をしてつんのめった。


「……ああ、もう。せっかくのおいしい仕事ハナシが台無しですよ」


 レイスは白衣をはたいてうなだれた。投げやりに樽を放り出す。転がった樽は地面の何かに当たって、そのまま下向きに伏せられた形で止まった。


 男たちは口々に意味のわからない捨て台詞を吐き捨てた。蜘蛛の子を散らすように逃げ散る。


 ラトゥースは木箱の上から拍手した。

「さすがは先生。恐れ入りましたわ。実に見事なお手並みでいらっしゃる」

「これはもしかして、してやられましたかね」


 指先で眼鏡の位置を直しつつ、レイスは振り向く。相変わらず、人当たりのいい笑顔だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る