第六章 招かれざる客

(1)

「神官さん! おでかけかね?」

 収穫祭の準備に追われる村の広場を横切る人影に、村人の一人が気さくに声をかける。

「卵連れで、どこへ行きなさるんで?」

「ゲルク様の家に呼ばれているんですよ」

 すっかり卵を背負う姿が板についたラウルは、そんな村人達の声に笑顔で答え、ふと足を止めて飾りつけの始まった広場を見渡した。

「随分進んでいますね。収穫祭は十日後でしたか」

「そう、もうすぐだよ」

 額に汗しながら、答える村の青年。

 女神の像を据える台を組み立てたり、露店の準備をしたりと、広場のあちこちで村人が動き回っている。

 娘達は祭の参加者全員に振舞う食事の下準備や材料集めに奔走しているし、子供達はと言えば、毎年新しく作るという藁で出来た女神像の製作を任されて張り切っている。子供達だけで作るのが慣わしだそうで、当日にはきちんと衣装や花飾りをつけ、女神らしく仕立てて広場に据えられるのだ。

「村長さんが今年は張り切ってるからなあ」

「今年は豊作だったしね」

 すでに収穫を終えた田畑は、春までの間しばし眠りに着く。そして収穫祭は、そんな恵みをもたらしてくれた大地の女神への感謝と、来年の豊穣を祈る祭だ。

「そう言えば、その村長さんの姿がここ数日見えないようですが?」

 ふと思い出して尋ねるラウルに、村人達はああ、と手を打つ。

「会合に行ってるんだ」

「会合?」

 なんでも収穫祭に向けて、近隣の村の長が集まって会合を開いているという。そうでなくとも、この辺りの村は常日頃から連携し支え合って生活をしており、定期的に会合が行われているのだ。

「だから今は、カリーナさんが代理で色々と村のことを見ているんだべ」

 カリーナは前村長の一人娘であり、現村長の妻であり、マリオの母でもある。そして、あの村長は入り婿で、かつて冒険者としてこの村にやってきた人間なのだと聞かされたラウルは、妙に納得してしまった。道理で、どこかこの村の人々とは違った印象を受ける訳だ。

 そんな話をしているラウルを見つけて、広場の端から駆けてくる人影があった。

「神官さん! 神官さんも、お祭に参加していただけるんでしょう?」

 飾りつけの紐を持ったまま走ってきた村の娘は、頬をほんのり染めながら尋ねてくる。素朴ながら可愛らしいその顔に、ラウルはにっこりと笑顔を向けた。

「ええ。エリナが張り切って衣装を作ってくれていますしね」

「知ってます! みんな当日が楽しみって言ってますもの」

 妙に嬉しそうな娘の言葉だったが、それをラウルは単に祭が迫って気分が高揚しているのだと解釈した。

「ええ、私も楽しみです。おっと、そろそろ行かないといけません。皆さん、頑張って下さいね」

 鐘つき堂から昼の二の刻を告げる鐘の音が響き、ラウルはそう言って彼らから離れると、ゲルクの家へと向かって歩いていく。その後姿をにこやかに見送る娘を、村の男がにやにやとからかった。

「なんだネリー、お前、神官さんに惚れてるのか?」

「違います! そりゃ勿論かっこいい人だと思ってるわよ? でもね、今度のお祭でね……」

 そっと男の耳元で何かを囁く娘。すると、男は顔を奇妙に歪ませたかと思うと、次の瞬間盛大に噴き出したではないか。

「そりゃあ、楽しみだなあ!」

「でしょう!? あ、これ誰にも言っちゃ駄目よ! 当日までのお楽しみなんだから」

「分かった分かった。それにしても……付き合いのいいお方だなあ」

「そうよねえ~。ああもう、はやく来ないかしら、お祭!」


 すでに大分広場から離れ、妙に盛り上がる二人の会話など聞こえていないはずのラウルだったが、なぜか急に鼻がかゆくなって、立て続けに二回もくしゃみをする羽目になった。

「……風邪か? まさかな……」

 鼻をこすりながら呟くラウルに、

――らうっ――

 と答える声が上がる。それは、背中にある卵からではない。いや、なぜ背中にまだ卵が背負われているのか。

「さ、早く行かないとエリナに叱られるな」

 ゲルクの家へと向かうラウルを、冬の匂いが混じり始めた風が追い越していった。

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