第9話「そして勇者は迎えられる」

 一日が終わり、水平線を真っ赤な太陽が燃やす。

 ゆっくり沈んでゆく夕日と共に、エインヘリアル旅団にも一時の休息が訪れた。当直の者を残し、夕食の時間となったのである。

 それでユアンは、食堂に来たのだが……改めて目の前の光景に絶句する。


「……男が、全くいない」


 かしましくにぎわっているのは、全員女性兵だ。それも、うら若き十代から二十代、乙女と呼んで差し支えない者ばかり。中には、少女と見紛みまがうほどのあどけない笑顔をさらしているものさえいる。

 思わず躊躇ちゅうちょして、ユアンは食堂の入り口で立ち尽くしてしまう。

 すると、背後から突然尻を蹴飛ばされた。

 軽くでるような蹴りだったが、思わずよろけてユアンは振り返る。


「なんだ、ラステル……中尉か」

「どけよ、クソ野郎。そんなとこに突っ立ってたら邪魔だろうが!」


 現れたのは、先程模擬戦で雌雄しゆうを決したラステルだった。

 その左右には、彼女とチームを組む二人の女性が立っている。まだ十代の少女にしか見えないのが、イーニィ・エルバンデス中尉。そして眼鏡の女性が、隊長のナリア・ヘンダーソン大尉だ。

 女性だけのチームはこの時代、珍しくない。

 それほどまでに、五十年戦争と呼ばれた災厄は世界中の男性を消耗しきってしまった。それでもやめられないから、女性兵は急激に普及したが……このふねは異常である。

 そんなことを思っていると、ナリアがにこやかに口を開いた。


「ごめんなさいね、ユアン中尉。この子にも悪気はないのですわ。さっきも貴方の話ばかりして……この子が他人を褒めるなんて、滅多にないことなのですから」

「ッ!? や、やめてくれよ、姐御あねご! クソッ!」

「それと、一応自己紹介を。わたくしがチームを預かる隊長のナリア。そしてこっちが」

「イーニィ・エルバンデスであります、中尉! 以後、よろしくお願いします!」

「……まあ、知ってるだろうがよ。そのクソミソな脳味噌に叩き込みな。アタシはラステル・クリステルだ」


 ユアンも手短に「ユアン・マルグスだ」と手を差し伸べる。

 だが、ラステルはその手をパチン! とはたいて振り払った。


「……中尉、俺は」

「あークソッ! アタシは馴れ合いはしねえ! ……ただ、クソなことに手前ぇは腕っこきで、一流パイロットってことだ。それはわかった。あと、中尉はやめろ。この艦では階級なんざほとんど意味ねえからな」

「了解した、ラステル」

「お、おう……へっ、悪かねえ。おっ、覚えてやがれ、ユアン。次は勝ぁつ!」

「わかった、記憶しておこう」


 ラステルは直情的な人間で、単純な一面があるようだ。そしてこの場合、それは美徳と言ってもいいかもしれない。

 "白亜の復讐姫ネメシスブライド"が率いる吸血部隊と遭遇して、唯一生き残ったエースパイロット。

 その真実、そして最大の理由を実はユアンは覚えていた。

 話せばラステルは納得するのではと思ったが、不意に白い手が彼の肩に置かれる。

 ナリアは穏やかな微笑みを浮かべて、ユアンを回れ右させた。


「さ、ユアンさん。艦長がお待ちですわ。ほら、あそこ。わたくしたちも参りましょう」

「クソッ、無邪気に笑ってやがる……悪魔め」

「まあまあ、ラステルさん。ユアンさんも夕食を御一緒しましょう。艦長からも話があるようですし」


 女だらけの食堂を見やれば、奥で立ち上がって手を振る少女が見える。

 この特務艦ヴァルハラの艦長、ムツミだ。

 隣には無表情で淡々と食事をするオペレーターのリンルと、副艦長のロンが一緒である。どうやら士官や下士官の別なく、この艦では食事を共にすることができるようだ。

 なごやか食堂内を行き交う華やいだ会話の中、ムツミの声が突き抜ける。


「ユアンさーん! ナリアさんたちもっ! こっちです、こっち。一緒にご飯食べましょうっ! あと、わたしがユアンさんとラステルさんに勝ったので、なんでも言うこと一つ聞いてもらいますっ!」


 率直に言って、悪夢だ。

 ラステルの言う通り、あれは少女の皮を被った悪魔だと思った。

 率直にそのことを口にしたら、隣でラステルが「だろ? クソ同感だぜ」と舌打ちをこぼす。

 ムツミが大げさに呼ぶので、食堂内の誰もがユアンを振り返った。無数の女性の視線が殺到して、好奇心に輝く瞳にユアンが映る。

 正直、あまりにも居心地が悪い。

 まだ、この艦に来てから男を二人しか見ていないのだ。

 一人はあそこで優雅に夕食を食べてるロンで、もう一人は格納庫ハンガーで会ったニックだ。

 流石に気後れするユアンは、深呼吸して己を落ち着かせるや歩き出す。

 ムツミたちに向かう間、ずっと周囲でささやかれる声が耳に勝手に入ってきた。


「あら、この間のパイロットさんって……彼?」

「やだ、イケメン……どうするのかしら」

「あれらしいわよ、例の吸血部隊の」

「えっ、じゃあ"白亜の復讐姫"の部下だったんだ」

「彼の機体、真っ赤らしいわ。誰が呼んだか通り名は"吸血騎士ドラクル"」


 ざわつく中を進んで、係からトレイを受け取り着席する。ムツミは向かいに座ったユアンに、早速身を乗り出してきた。


「ユアンさん! まずは模擬戦お疲れ様でした。どうですか? あの"シャドウシャーク"は、協商軍の次期主力戦闘機候補だったものです。試作実験機として数機製造されましたが、制式採用には至ってません」

「あ、ああ……その、顔が近いんだが」

「大丈夫です! お気になさらずに! 協約軍のエースだった方の、率直な意見が欲しいんです。一応、エインヘリアル旅団ではナリアさんたちが使う機体ですから」


 グイグイとムツミは前に出てくる。フンスフンスと鼻息も荒く、満面の笑みをユアンに向けてくる。可憐な美貌もあって、無垢で無邪気な表情はまぶし過ぎた。

 ムツミの隣でリンルが「艦長」と怜悧れいりな声を発する。

 それでムツミは、ようやく席に戻った。

 気付けばほっとしていたユアンは、改めて問いかけに自分なりの答をえる。


「悪い機体ではない、操作性も素直で信頼性も高そうだ。俺が始めて乗ってラステルとギリギリ勝負になったのは、機体が持つポテンシャルのお陰だと言ってもいい」

「なるほど!」

「だが、裏を返せば少々大人し過ぎる。普通のパイロットならいいが、俺たちみたいな人間では物足りない。限界が少し低過ぎるようにも思えたが」


 先程乗った試作戦闘機、YF-88"シャドウシャーク"の完成度は高い。それは、一度乗ればすぐにユアンにはわかった。だが、一度の模擬戦でわかりきってしまったとも言える。その特性は、非常に安定していてクセがない。ユアンの愛機、Fv-67"レブンカムイ"とはまるで別物だ。

 勿論もちろん、ユアンが特別ピーキーなR6型に乗っていることが、その評価に繋がる。

 だが、横で腕組み頷くラステルが口を挟まないということは、おおむね間違ってはいないらしい。

 話を終えると、ムツミはふむと唸って大きく頷いた。


「ありがとうございます、ユアンさん。ラステルさんも! このことは整備のニックさんにも伝えておきます。なにぶん、我々エインヘリアル旅団は限られた資材や装備でやりくりするしかないので……一応、ニックさんにはにゴーサインを出してるんですが」

「まっ、魔改造、とは……?」

「ナリアさんにラステルさん、イーニィさん……そして、ユアンさん。トップエースたちのために、少し過激なじゃじゃ馬の方が丁度いいという意見もありましたので!」


 ムツミはよどみなくハキハキと話す。

 エインヘリアル旅団は、協約軍と協商軍、双方から人材を集めた特殊な部隊である。その存在はおおやけにされず、運用する装備も実験機や試作機ばかり……加えて、構成員は女性が大半を締めている。

 だが、この特務艦とくむかんヴァルハラは世界の縮図だ。

 五十年戦争と呼ばれた狂気の半世紀は、末期には男手がほぼ枯渇していたのだ。

 世界的に今、男女の人口比率は大きくバランスを失っている。

 大戦が終わった今、復興を始めたこの世界は……既に取り返しのつかない程に、人類の生物としての生存環境を破壊されていたのだった。

 そのことに触れて、最後にムツミは今日一番の笑顔を咲かせて語った。


「でも、ラステルさんとユアンさん、双方の有益なデータが取れたので、引き続き"シャドウシャーク"に関しては改良を続けさせるよう通達します。勿論、ユアンさんの"レプンカムイ"も、なんとかパーツが調達できるかと。それで、えっと次は……そうだ!」


 ムツミはユアンとラステルを交互に見て、ビシリと二人を指差した。

 ついに来た……模擬戦の敗者に課せられる、不可避の命令が下されようとしていた。


「まず、ラステルさん! 私闘に等しい模擬戦で隊内を乱しましたね。まあ、雨降って地固まるとも言いますし、結果オーライでもありますが! でも、めぇーっ! ですっ!」

「クソッ、なんでも言えよ。アタシは逃げも隠れもしねえぜっ!」

「はい、それではラステルさん。今後はユアンさんの監視と監督を命じますっ! 一応隊の外からきた方なので、形式的にですが……適当に先輩面してくださいっ」

「ヘッ、子守こもりかよ……ま、いいさ。おうこらユアン! 妙な素振り見せてみろ、手前ぇの脳天にクソ穴開けてやるからな!」


 ユアンに不満はない。ここは秘密裏に行動する隠密部隊で、自分は招かれざる客だ。

 そして、ムツミがユアンに求めることもわかっていた。

 だから、うんうん頷くムツミに自分から申し出る。


「俺については、恐らく戦力としてこの艦に……エインヘリアル旅団に加われというのだろう? なら、こっちも好都合だ。あの女に復讐するまで、俺は――」

「ほへ? わたし、そんなこと一言も言ってないですよ?」

「えっ? い、いや、言うことを一つ聞けって、それって絶対」

「勘違いしないでください、ユアンさん。ここは死せる勇者が集う艦、そしてその名を戴く特務部隊なんです。強制はしません。その上で、ご自身で望むなら、その決意と覚悟があるのなら……どうか、わたしたちに力を貸してください。これは命令ではなく、お願いですっ!」


 それは意外な話で、思わずユアンは驚いてしまった。

 ムツミは真っ直ぐユアンを見詰めて、その意思を尊重するかのような言葉を連ねた。自分の意思で戦いを選ばぬものは、この艦に不必要だと言わんばかりに。

 エインヘリアル……それは勇敢な死を遂げた勇者の英霊えいれい

 ワルキューレにいざなわれ、ヴァルハラに集う戦士の魂だ。

 ユアンはしばし言葉を失ったが、ゆっくりと自分の決定をムツミに伝える。


「俺は……どうしてもあの女を、エルベリーデ・ドゥリンダナを倒さなければいけない。例の、秘密結社フェンリルだったか? 奴がその暗躍に加担しているならば好都合だ。俺はこの艦のパイロットとして指揮下に入り、空で全ての決着をつける」

「はい! その言葉、待ってました。よろしくおねがいしますねっ、ユアンさん!」

「ああ」

「因みに、模擬戦での敗北については、わたしからは特別な任務を用意しています。それを全部やってもらいますので!」

「えっ? お、俺が一人でか?」

「勿論です! リンルさん、お願いします」


 それだけ言うと、ムツミは冷めてしまった食事をようやく食べ始めた。既に話はないとばかりに、夢中で美味しそうにかっこんでいる。その横では、既に食後の珈琲を飲んでいたリンルが、相変わらずの冷たい声を尖らせた。


「ユアンさんの携帯端末に、任務内容をメールしておきました。全部で124件の事案があります。男手おとこでの少ない艦ですので、どうしても女性だけではできない仕事もあるので」

「あ、ああ、了解……した。だが、えっと、機械は少し」

「わからないことがあったら、なんでもメールで聞いてください」

「いや、だから……俺は少し、その、戦闘機以外は。……わ、わかった」


 こうしてユアンは、晴れてエインヘリアル旅団の一員となった。

 それは、新たなる戦いが始まる中で、復讐だけを求める男が仲間を得たことになる。そして、仲間たちと共有する居場所をも得て、心のどこかで安堵感を感じた。

 だが、胸にたぎる憎悪は今も、静かに燃えている。

 とりあえずユアンは、慣れない手つきで携帯端末を操作しながら、自分に与えられた懲罰的な任務に挑むことになるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る