第一章 魔術師と妖精_1
第一章 魔術師と妖精
両親が
だからメイドをして、食い
部屋に入る勇気が持てずに
「おやリンジー、久しぶりに顔を見た気がするけど……なんだい暗い顔して。
「恋人はいないし……それに、私が振ってやったの!」
おばさんが
部屋の中央にある机の上には恐れていた通り、
こんなことが書いてあるはずだ。『新しく仕事が決まったから家を留守にするね。リンジー』って。
──両親がいなかった私が、
「もう戻ってこないわね、たぶん」
ぽつりと
リンジー・マキンが爵位を持っている。それが勤め先にバレて面倒な事になった。メイドとして勤めていたお
「爵位目当ての
愛のない結婚をしたら、将来きっと
結婚をするのなら、ずっと
ただし駆け落ちして子供を置き去りにして、
「……寂しい。でも……嫌だわ、暗いのは!」
荷物を置いて、声を張り上げてみる。
部屋の中を無意味にうろついて、埃っぽい空気を入れ
そうしたら、
「わ……寒い」
今は十一月、寒くないわけがない。
けれど
「えーと、なんだっけ。
魔術師、と呼ばれる人たちがオークランド王国に帰ってくるらしい。
魔術を使う人々のことだ。火、水、風、土を操り……
彼らは昔このオークランド王国にたくさんいて尊敬されていたらしい。けれど、十年前に起きたマグネス王国との戦争で
何しろ、彼らは不可能すら可能にしてみせると
彼らのせいで前線に出ていた、歴代で最も
王様はカンカンになって魔術師たちをオークランド王国から追い出したのだ。
「でも、マグネス王国で力を付けて、戻ってくるとか、どうとか……」
今では同盟国として交流のあるマグネス王国が、魔術師を
「パレード、
一人で家にいても寒さと寂しさに
それよりも、賑わう
私はケープだけ
グルタフ地方バルド
船の上には白衣の人たちと黒いローブ姿の人たちがいる。
「
船の上から、パレードの音楽に声をかき消されないようにと白衣の男たちが大声で
がっしりとしたえらの張った
「人間を檻に入れているわけではありません! 妖精は危険ですが、この檻の中から出さない限り、皆さんは安全です!」
誰かが
何、何? 気になって、私も野次馬の一員として精いっぱいその場でつま先立ちした。
私も悲鳴をあげそうになった。
「……なんで檻に入れられてるの?」
すぐに人の波が私の視界を
「目が……光ってた?」
マグネス王国の研究者たちが数人がかりで、檻を
「妖精である
研究所に妖精を運んでいるのだろう。そういえば、魔術を使うには妖精の存在が必要だという話も聞いた。魔術師と妖精はセットなのだ。魔術の研究に、妖精も必要になるんだろう。
なんだか、変な
妖精を
いくら人間じゃないと言われたって、人間にしか見えなかった。彼らを実験に使う?
「我々はこの生物を研究し、その成果をフィードバックし、人間社会に役立てることを約束します! 古い魔術師たちのように成果を
研究者たちの言葉に、
けれど、私は歓声をあげる気にはなれなかった。私と同じ気持ちの人がいないか探したけれど、見える
遠目に、船の方にいた黒いローブ姿の人たちだけが落ち着いているように見えた。
「……あっちにいるのが、魔術師かしら」
船の上やその周辺にいる魔術師たちをよく見ようとした時、すぐ近くでガシャーンとすごく大きな音がした。野次馬が
「あ……」
台車の車輪が転がっていく。台車が
その中にいたのは──さっきの青年にしか見えない妖精ではなくて、
辺りは
「よ、妖精を逃がすな! 一体どれだけの価値があると思ってるんだ!」
マグネス王国の研究者が
飛び出した妖精たちは私たちの頭の上をスーッと飛んでいく。
ガシャーンという音が色んなところから
「そ、そこで見ているおまえたち! 妖精を捕まえてくれたら金を
次々に妖精が檻から逃げ出していくのを見て、マグネス王国の研究者たちが叫んだ。お金と聞いて目の色を変える見物人もいたけれど、私は後ずさりしようと人波の中でもがいた。
「魔術師どもは何をしている! さっさと妖精を追え! 捕まえろ!!」
研究者たちが静かに
人波を抜けなんとか
──その妖精を追って上空から急降下してきた
「
鷹は、船の上にいた飼い主のマグネス王国の研究者たちの
彼らが鷹を訓練しているのだ。こんな風に逃げる妖精を捕まえる為に──。鷹は次の妖精を
驚いたけれど、私は誰にも見られないよう、静かに路地に入った。
「……どこに連れていったら、あなた、逃げられる?」
人のいない場所までくると、私はしがみつく妖精に
妖精はきょろきょろした後、私の服からそっと
「
「ピッ」
妖精は
どうして彼らが捕まえられているのかはわからない。罪を
けれど思わず、逃がしてしまった……。
「逃がしちゃったあの妖精が、いい妖精でありますように」
ちょっと楽しい気分になりたかっただけなのに、こんなことに巻き込まれるなんて。
落ち着きたくて、私はひと気のない方へと進んでいった。地元だから、入り組んだ路地でも大体道はわかる。
大通りの混乱から離れた場所までやってきた。私と同じような考えなのか、人がぽつりとベンチに座っていた──いや、違う?
私の気配に気づいて顔をあげたその人の銀色の瞳の中には、七色の光が
よくわからないけど、たぶんまずい。でも一本道だ、逃げられない──ぎゅっと強く目を
「この人は大丈夫!」
銀色の妖精以外
「この人さっき、妖精を助けてた。ねえ、わたしたちを捕まえる気がないんでしょ?」
目さえ
銀色の青年姿の妖精は
「ぼくたち妖精の価値を知らないの? あいつらに引き渡せば大金がもらえるのに?」
そうなの? と一瞬
とにかく私が首を横に
「わたしは元々オークランド王国に暮らしてる妖精。マグネス王国から無理やり連れてこられたあなたたちを逃がす
「……だけど、この辺り一帯は妖精の
「それなら、わたしがどうにかできるわ」
銀色の
「ということは、きみはこの国の
「手下なんて言わないで! わたしが世話になってる魔術師は、いつ出て行ったってかまわないって言ってる。
英雄魔術師。不思議な響きを帯びた言葉が私の耳に妙に残った。
銀髪の妖精は
「そいつは
「たぶんそれはないと思う。協力してって言われても、断ればいいの。そうすると、いつも暗いその顔を、ますますどんよりさせてわたしたちを最悪な気分にしてくれるだけ」
ルビー色の瞳を嫌そうに
「それでも、安全よ……気が向かないならいいの。わたし、他の妖精たちを逃がしにいかなきゃいけないし。興味があるなら英雄魔術師、ルクレーシャス・ブルーイットって男の屋敷を探したらいいんじゃない? 北の
そう言ってルビーの妖精はさっさと路地から出て行ってしまった。彼女の後ろ姿を見送りながら、銀色の妖精は顔を歪めて
「──どうせ、利用するつもりに決まっている」
「あのう……あなたは何か悪いことをして
横からそっと尋ねたら、銀色の妖精にぎろりと
「妖精として存在していることが罪だとでも言いたいの?」
「ち、
「そうだね、知らなかった?」
バカにするような口調で言われ、私は思わず言葉を続けた。
「私はリンジー・マキン。私に何かできることはある?」
「何が目的?
怪しむように言われ、胸が痛んだ。私が助けたいと思うのは、確かに義憤なんて大層な理由じゃない。
「……今夜私の
「は、何それ。きみは変な人間だね」
妖精がおかしそうに笑った。私は全然
「ぼくはトピ。きみには悪いけど、きみの夢見をよくする手伝いはできそうにないかなあ」
足音が聞こえた。「そちらに妖精はいたか!」「いません!」「次!」ときびきびとした調子で妖精を
「もう
「そんな、空を飛んでいけばいいじゃない。あなたの大きさなら鷹も捕まえられないわ!」
「ぼくはより人間に近い形になる為に、
「私にできることは何もないの?」
「──それじゃ、一つだけお願いがある」
トピがそう言った瞬間、その細い指と指の間から光がこぼれ出した。
私は驚いて後じさった。
「え? うそ。何が起きたの?」
「この石は魔石と呼ばれている。──ぼくたち妖精にとって、命そのもの」
トピは私の問いには答えずに、掌の上に生まれた銀色の宝石を見つめながら、
トピの命そのものらしい石を押し付けられ、突っ返そうと
「リンジー、あいつらに利用されないように、ぼくの命を預かって」
「あ……」
捕まれば実験材料にされるのだとトピは信じている。
これほど人間とそっくりで、言葉だって通じるのに──不思議な力を持つ人間ではない生き物だというだけで追われているのだとしたら。その上で利用されるとしたら?
トピを助ける為に私にできることはこれしかないのだとしたら──私は石を入れられたポケットを強く押さえた。
足音はもうすぐ
「わかった……大事に預かるわね」
「うん。その石が見つかっても、以前から持っていたと言い張って。昔妖精にもらったって言って。決して誰にも
「うん、わかったわ」
通りからバタバタと足音が
この路地を
「妖精発見!──ですがリストにありません」
「なんだと? まさか、容姿が変わっているんじゃないか?
二人の内、
若い方の警官は、帳面をポーチにしまうと代わりに
私は口出ししそうになるのを
「お
偉そうな方に声をかけられ、私は無言で首をぶんぶん横に
偉そうな警官はそれで
「見つからなかったわよね」
「そうみたい」
すぐ後ろから返事が聞こえて私は悲鳴をあげかけた。
振り返ると、そこには赤いドレスを着た
「る、ルビーの妖精!?」
「……るびーって?」
七色に
「ご、ごめんなさい。あなたのこと、心の中で勝手にそう呼んでいたの。私はリンジーよ。あなたの名前を教えてもらえればそちらで呼ぶわ」
「名前なんてないけど。……ルビーっていい名前ね?」
「ええ?」
「わたし、これからルビーって名乗ることにする!」
そう言って妖精は
「それよりリンジー、あの妖精に何を
「え? ええいいけど」
「よかった! それじゃ、はいっ」
ルビーの妖精がふわりと
「リンジー、妖精って魔力の
「えっと、知らなかったけど……」
「今、リンジーの目は妖精みたいに輝いているの」
「……え? それじゃ妖精だと思われるんじゃない?」
「そうね。だからリンジーが妖精のふりをして追っ手を引き付けている間に、飛べない妖精や飛べても
ルビーの妖精が七色に輝く赤い瞳をくりくりさせて言う。
……私、とんでもないことに巻き込まれたんじゃない?
「
ルビーの妖精は
「効果は三分! それじゃ、
どんっと小さな女の子の体には見合わない
「妖精を発見! リストにありません!」
「それでもいい、捕まえろ! 成人サイズとは大物だぞ! マグネスに売れば大金になる!」
「る、ルビーちゃんのバカぁ!」
とりあえず、私は
……ちゃんと手伝いの内容を聞いてから
「逃げ足が速いぞ! 回り込め!」
路地を四回曲がるまで捕まらずにいられたのは我ながら
「い、痛い……!」
「しっかり立て!」
乱暴に
「
「これはこれは……
私の腕を捻っていた警官が腕を離しながら嫌みっぽく言った。
私は、私を助けてくれた人の顔を見上げて息を
そして張り詰めた糸のような表情が
警官のせせら笑いで、私は現実に引き
「ルクレーシャス殿、あなたに妖精を
彼はルクレーシャスと言うらしい。英雄魔術師──ルビーちゃんが身を寄せているという
彼は、警官に向ける鋭い
切れ長の目は、私に向くと
「いいや……俺の手元にいた妖精ではないようだ。だが、マグネス王国の研究者たちの所持リストとも
「見つけた者勝ちと聞いていますよ、妖精は」
「──俺にこの妖精を売る気はないか?」
私は
今さっき私に向けられていた優しい眼差しはなんだったんだろう。思わず見やったルクレーシャスの横顔は
「研究者に売るつもりですよ。あちらの方が
「金額を聞かなければわからないと思うが──」
「魔術師って
オークランド王国の典型的な魔術師嫌いの言葉だ。警官に
けれど、次に私に向けた顔は、やっぱり本当に優しいものだった。走り回ってくしゃくしゃになった私の髪をそっと
──
「すまない……いつか必ず、助ける」
耳がくすぐったくて思い切り身を引いたら、ルクレーシャスは苦い笑みを浮かべた。
助ける、と彼は言っていた。妖精を買おうとしたのは、妖精を助けようとしてのことなのかもしれない。もし妖精と
恐くなって警官たちを見上げ顔を
「え!? 目の光が消えたぞ! 君、妖精ではないのか!?」
「え、ああ……違います。妖精に何かされて……」
そういえば、と思いながら
私が
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