第一章 魔術師と妖精_1

第一章 魔術師と妖精





 しゆう制の女だんしやくなんていう地位は持っているけれど、きゆうていに出仕したことはない。

 両親がけ落ちしたからだ。マキン家の一人ひとりむすめだった母親は実家からかんどうされ、今では死亡あつかいされている。その実家も十年前の戦争でつぶれてしまった為、一応、勘当された母の娘である私が今のマキン家の当主だけれど、名前だけの状態だ。ろくしんせきが管理している。貴族の義務を果たす余裕はないし、それでもしょうがないと思っている。

 だからメイドをして、食いは自分でかせいでいた。でも、住み込みの仕事はクビになった。久しぶりにもどってきたアパートの一室である我が家は真っ暗だった。それにほこりっぽい。

 部屋に入る勇気が持てずにげんかん前に立っていたら、大家のおばさんが通りかった。

「おやリンジー、久しぶりに顔を見た気がするけど……なんだい暗い顔して。こいびとに振られたのかい?」

「恋人はいないし……それに、私が振ってやったの!」

 おばさんがこうしんに満ちた顔をしたから、私はせんさくされたくなくて部屋の中に引っ込んだ。

 部屋の中央にある机の上には恐れていた通り、かいふうの手紙があった。

 こんなことが書いてあるはずだ。『新しく仕事が決まったから家を留守にするね。リンジー』って。

 ──両親がいなかった私が、ゆいいつたよれた同居人へてた手紙だ。マキン男爵家がまだゆうふくだったころに、家に仕えていた使用人の一人だ。血もつながっていない私のめんどうぜつえんした親戚の代わりに見てくれていたけれど、私も十六歳になったし、いい加減いやがさしたんだろう。

「もう戻ってこないわね、たぶん」

 ぽつりとつぶやいた声がみように大きく聞こえて泣きたくなる。

 リンジー・マキンが爵位を持っている。それが勤め先にバレて面倒な事になった。メイドとして勤めていたおしきのおぼつちゃんとけつこんさせられそうになったのだ。戦後の商売でし上がった家で財産はあるけれど、元は材木商人だ。どう見ても爵位目当てで、愛なんてない。

「爵位目当てのえんだん話とか、やだやだ」

 愛のない結婚をしたら、将来きっとだんさんにまで放置されてさびしい思いをすることになる。

 結婚をするのなら、ずっといつしよにいてくれる人がいい。

 ただし駆け落ちして子供を置き去りにして、つらい思いをさせるような親になるのはダメだと思う。たとえそれが愛ゆえでも──子供に、今の私みたいな気持ちを味わわせるのはひどい。

「……寂しい。でも……嫌だわ、暗いのは!」

 荷物を置いて、声を張り上げてみる。

 部屋の中を無意味にうろついて、埃っぽい空気を入れえるために窓を開けてみた。

 そうしたら、にぎやかな演奏が冷たい風に乗って聞こえてきた。

「わ……寒い」

 今は十一月、寒くないわけがない。

 けれどさわやかな風は心地いいし、賑やかで楽しそうな音楽は寂しさがまぎれるから窓を大きく開け放った。そういえば、今日は港の方でパレードがもよおされるといううわさを聞いた。

「えーと、なんだっけ。じゆつが帰ってくるんだったかしら……?」

 魔術師、と呼ばれる人たちがオークランド王国に帰ってくるらしい。

 魔術を使う人々のことだ。火、水、風、土を操り……ばんぶつを支配し、すぐれた魔術師は空を飛んだり、死人を生き返らせることもできるというおとぎ話なら知っている。

 彼らは昔このオークランド王国にたくさんいて尊敬されていたらしい。けれど、十年前に起きたマグネス王国との戦争でざんぱいしてからは見向きもされなくなったとか。

 何しろ、彼らは不可能すら可能にしてみせるとごうしていて、だから権力をもらっていたのに、実際の戦場ではおどろくほど役に立たなかったという話だ。

 彼らのせいで前線に出ていた、歴代で最もゆうかんな王子だと呼ばれていた第一王子が戦死してしまったらしい。

 王様はカンカンになって魔術師たちをオークランド王国から追い出したのだ。

「でも、マグネス王国で力を付けて、戻ってくるとか、どうとか……」

 今では同盟国として交流のあるマグネス王国が、魔術師をあわれんで引き取った。マグネス王国できたえられたことで、魔術師も少しは役に立つことができるようになったらしい、とだれかが言っていた。彼ら魔術師は、かつて魔術がさかえたここオークランド王国で魔術の研究をするために戻ってくるのだ。マグネス王国の研究者たちも、魔術師たちとは別に研究機関の出張所を作るとか。商人たちは新しい研究分野ができるなら、商機だってできると喜んでいるらしい。昨日まで勤めていたお屋敷で聞いた話だ。

「パレード、おもしろそう……」

 一人で家にいても寒さと寂しさにふるえながらえることしかできないだろう。

 それよりも、賑わううまの一人としてお祭りさわぎに参加したい。

 私はケープだけかたに引っけると、アパートのうすぐらい部屋から飛び出していった。



 グルタフ地方バルドこうわんの付近は人でごった返していて、私はもみくちゃにされないようにすることしかできなかった。けれど、人々の頭しでも海の方に大きな船は見えて、それだけでも見ごたえがあって面白かった。こんなに大きな船はオークランド王国にはない。マグネス王国から来た船にちがいない。

 船の上には白衣の人たちと黒いローブ姿の人たちがいる。

みなさん、せいしゆくに! おりに入っているのは人間ではなく、ようせいなのです!」

 船の上から、パレードの音楽に声をかき消されないようにと白衣の男たちが大声でさけんだ。堂々と胸を張り、得意げな顔をしていた。顔立ちから彼らがオークランド人じゃないとわかる。

 がっしりとしたえらの張ったあごと体つきからするに、白衣の人たちはマグネス人だ。おそらく彼らはマグネス王国の研究者だろう。

「人間を檻に入れているわけではありません! 妖精は危険ですが、この檻の中から出さない限り、皆さんは安全です!」

 誰かがこわいものでも見たかのように悲鳴をあげた。

 何、何? 気になって、私も野次馬の一員として精いっぱいその場でつま先立ちした。

 ぐうぜん人の波が私の目の前で割れて、みんなが気になっているものが見えた。

 私も悲鳴をあげそうになった。

「……なんで檻に入れられてるの?」

 すぐに人の波が私の視界をくして見えなくなったけれど、見たものは目に焼き付いていた。人が──人としか思えない存在が、てつごうの檻に入れられていた。犯罪者だって、今時あんな扱いを受けることはない。

「目が……光ってた?」

 マグネス王国の研究者たちが数人がかりで、檻をせた台車を運んでいた。その檻の中には妙に整った顔をしたぎんぱつの青年が入れられていた──彼の目は七色にかがやいていた。

「妖精であるしように、目が光っているでしょう? 私たちが運んでいるのは妖精です! お手をれないよう! 妖精は危険な生き物です──が、非常に興味深い生き物だ!」

 研究所に妖精を運んでいるのだろう。そういえば、魔術を使うには妖精の存在が必要だという話も聞いた。魔術師と妖精はセットなのだ。魔術の研究に、妖精も必要になるんだろう。

 なんだか、変なあせが出てきた。心臓が嫌な音を立てる。

 妖精をつかまえたら、高額で売れると聞いたことがある。噂に聞いた話だと、もっと小さな非人間的な生き物だと思っていたのに、違うみたいだった。

 いくら人間じゃないと言われたって、人間にしか見えなかった。彼らを実験に使う?

「我々はこの生物を研究し、その成果をフィードバックし、人間社会に役立てることを約束します! 古い魔術師たちのように成果をいんとくしたりはしない。マグネス国民だけでなく、オークランド国民も、みんなが豊かになる社会を目指します!」

 研究者たちの言葉に、ちようしゆうがわっとかんせいをあげた。

 けれど、私は歓声をあげる気にはなれなかった。私と同じ気持ちの人がいないか探したけれど、見えるはんにいる野次馬はみんな楽しそうだった。

 遠目に、船の方にいた黒いローブ姿の人たちだけが落ち着いているように見えた。

「……あっちにいるのが、魔術師かしら」

 船の上やその周辺にいる魔術師たちをよく見ようとした時、すぐ近くでガシャーンとすごく大きな音がした。野次馬がげるように身を引いたから、取り残された私は何が起きたのかよく見ることができた。

「あ……」

 台車の車輪が転がっていく。台車がこわれたせいで、檻がたおれたのだ。

 その中にいたのは──さっきの青年にしか見えない妖精ではなくて、てのひらサイズの小さな人間のような妖精たちだった。とうめいはねひとみが美しく七色に輝く。彼らは倒れた檻の中で悲鳴じみた鳴き声をあげている。しゃべりはしないけれど、大きすぎる目ですがるように見られた気がした。思わず後ずさりする──その時、ゆがんで広がった檻のさくすきから、妖精がいつぴきするりとけ出した。中にいた無数の妖精たちが気づいて次々と飛び出して行く。

 辺りはそうぜんとした。

「よ、妖精を逃がすな! 一体どれだけの価値があると思ってるんだ!」

 マグネス王国の研究者がぜつきようした。

 飛び出した妖精たちは私たちの頭の上をスーッと飛んでいく。

 ガシャーンという音が色んなところからひびいて、悲鳴があがった。

「そ、そこで見ているおまえたち! 妖精を捕まえてくれたら金をはらう!」

 次々に妖精が檻から逃げ出していくのを見て、マグネス王国の研究者たちが叫んだ。お金と聞いて目の色を変える見物人もいたけれど、私は後ずさりしようと人波の中でもがいた。

「魔術師どもは何をしている! さっさと妖精を追え! 捕まえろ!!」

 研究者たちが静かにたたずんでいた魔術師たちに指示を飛ばした。

 人波を抜けなんとかかべぎわまで逃げてきた時、目の前を妖精が横切った。

 ──その妖精を追って上空から急降下してきたたかが妖精をらえた。妖精が金切り声をあげ、もがきながら鷹にさらわれるのをの当たりにして、私はいつしゆん気が遠くなった。

ひどい……」

 鷹は、船の上にいた飼い主のマグネス王国の研究者たちのもともどって妖精を引きわたしていた。

 彼らが鷹を訓練しているのだ。こんな風に逃げる妖精を捕まえる為に──。鷹は次の妖精をねらい空をせんかいし始めた。その時、私はこしのあたりでもぞりと動く何かに気づいた。妖精が私のワンピースのプリーツの間にしがみついて、震えていた。

 驚いたけれど、私は誰にも見られないよう、静かに路地に入った。

「……どこに連れていったら、あなた、逃げられる?」

 人のいない場所までくると、私はしがみつく妖精にたずねた。妖精は顔をあげて私を見た──瞳が大きい。白目が少なすぎる。宝石のように輝く青い瞳の内側には七色の光がめいめつしていて、その光で居場所がバレてしまいそうだった。

 妖精はきょろきょろした後、私の服からそっとはなれた。

だいじよう?……一人で逃げられる?」

「ピッ」

 妖精はうなずくと、そっとい上がって逃げて行った。

 どうして彼らが捕まえられているのかはわからない。罪をおかして檻に入れられていた可能性もある。

 けれど思わず、逃がしてしまった……。

「逃がしちゃったあの妖精が、いい妖精でありますように」

 ちょっと楽しい気分になりたかっただけなのに、こんなことに巻き込まれるなんて。

 落ち着きたくて、私はひと気のない方へと進んでいった。地元だから、入り組んだ路地でも大体道はわかる。

 大通りの混乱から離れた場所までやってきた。私と同じような考えなのか、人がぽつりとベンチに座っていた──いや、違う?

 私の気配に気づいて顔をあげたその人の銀色の瞳の中には、七色の光がうずいていた。銀髪の、女性? 青年?──いや、妖精! その顔にはすぐにけいかいの色がかび、私に掌を向けた。

 よくわからないけど、たぶんまずい。でも一本道だ、逃げられない──ぎゅっと強く目をつぶってしようげきを待ったけれど、数秒っても何もない。

「この人は大丈夫!」

 銀色の妖精以外だれもいないはずの路地から、すずを転がすような女の子の声がした。

 おどろいて目を開くと、私と銀色の妖精の間には、いつの間にか薔薇ばらいろかみと目をした赤いドレス姿の子供が立っていた。薔薇色の小さなチョッキを身に着けている。

 みように顔立ちが整った子供だ。ちらりと私を見てウィンクする。そのルビーのように赤い瞳は明るく七色に輝いている──この子供も妖精なのだ。

「この人さっき、妖精を助けてた。ねえ、わたしたちを捕まえる気がないんでしょ?」

 目さえかくせば七歳ぐらいの人間の子供にしか見えない妖精はにっこり笑う。

 銀色の青年姿の妖精はげんそうな顔で私を見た。

「ぼくたち妖精の価値を知らないの? あいつらに引き渡せば大金がもらえるのに?」

 そうなの? と一瞬どうようしたけれど、捕まえる気なんてない。今も心臓がいやな感じで鳴りっぱなしだ。できたら落ち着きたかったのに、できそうにもない。

 とにかく私が首を横にって捕まえる気がないことをアピールすると、ルビーの瞳の妖精は、銀色の美しい青年姿の妖精に向き直った。

「わたしは元々オークランド王国に暮らしてる妖精。マグネス王国から無理やり連れてこられたあなたたちを逃がすために動いてるの」

「……だけど、この辺り一帯は妖精のとうぼうさまたげるけがほどこされているようだよ」

「それなら、わたしがどうにかできるわ」

 銀色のようせいはルビーの妖精の言葉を聞き、嫌そうな顔をした。

「ということは、きみはこの国のじゆつの手下なんだね?」

「手下なんて言わないで! わたしが世話になってる魔術師は、いつ出て行ったってかまわないって言ってる。こうそくもされていないし、研究だって嫌だと言えばっぱねることができる。あそこに行けばほかの人間のかんしようからはのがれられるの。えいゆう魔術師のしきに行けばね」

 英雄魔術師。不思議な響きを帯びた言葉が私の耳に妙に残った。

 銀髪の妖精はあやしむように言った。

「そいつはほんしようを隠しているだけで、あの研究者たちと同じように、ぼくたちを最後には実験材料にしてしまうつもりなんじゃない?」

「たぶんそれはないと思う。協力してって言われても、断ればいいの。そうすると、いつも暗いその顔を、ますますどんよりさせてわたしたちを最悪な気分にしてくれるだけ」

 ルビー色の瞳を嫌そうにすがめ妖精は言う。

「それでも、安全よ……気が向かないならいいの。わたし、他の妖精たちを逃がしにいかなきゃいけないし。興味があるなら英雄魔術師、ルクレーシャス・ブルーイットって男の屋敷を探したらいいんじゃない? 北のおかの上にあるから」

 そう言ってルビーの妖精はさっさと路地から出て行ってしまった。彼女の後ろ姿を見送りながら、銀色の妖精は顔を歪めてき捨てた。

「──どうせ、利用するつもりに決まっている」

「あのう……あなたは何か悪いことをしてつかまっていたわけじゃないの?」

 横からそっと尋ねたら、銀色の妖精にぎろりとにらまれた。

「妖精として存在していることが罪だとでも言いたいの?」

「ち、ちがうわ! 何もしてないのに捕まってるってことは、あなたたち、ひどい目にっているってことじゃない」

「そうだね、知らなかった?」

 バカにするような口調で言われ、私は思わず言葉を続けた。

「私はリンジー・マキン。私に何かできることはある?」

「何が目的? ふんとか? 信用できないな、うそっぽい」

 怪しむように言われ、胸が痛んだ。私が助けたいと思うのは、確かに義憤なんて大層な理由じゃない。

「……今夜私のつきがよくなるように。悪夢を見ない為によ。自分勝手よね」

「は、何それ。きみは変な人間だね」

 妖精がおかしそうに笑った。私は全然おもしろい気分になれないのに。

「ぼくはトピ。きみには悪いけど、きみの夢見をよくする手伝いはできそうにないかなあ」

 足音が聞こえた。「そちらに妖精はいたか!」「いません!」「次!」ときびきびとした調子で妖精をさがす人間がどんどん近づいてくる。

「もうげられそうにない」

「そんな、空を飛んでいけばいいじゃない。あなたの大きさなら鷹も捕まえられないわ!」

「ぼくはより人間に近い形になる為に、はねをなくしてしまったんだ。空は飛べない」

「私にできることは何もないの?」

「──それじゃ、一つだけお願いがある」

 トピがそう言った瞬間、その細い指と指の間から光がこぼれ出した。

 私は驚いて後じさった。かべり付きながら見ていたら、彼のりんかくは解けるようにあいまいになり、光のつぶに変わっていった。それと同時に、七色の光が彼のてのひらからあふれて、その上に丸い形を作っていく。まるで彼自身がけ、溶けた部分が掌に集まってきているみたいに──そのたとえは正しかったみたいで、掌につやつやと銀色にきらめく大きな宝石が現れるころには、光に?まれた妖精の姿は、青年から十代前半の少年ぐらいの大きさになっていた。

「え? うそ。何が起きたの?」

「この石は魔石と呼ばれている。──ぼくたち妖精にとって、命そのもの」

 トピは私の問いには答えずに、掌の上に生まれた銀色の宝石を見つめながら、さきほどより少し高くなった声でたんたんと言った。そして壁にべったりと貼り付く私のスカートのポケットにその石を押し込んだ。


 トピの命そのものらしい石を押し付けられ、突っ返そうとあわててポケットを押さえた私を、トピはまっすぐな視線で押し止めた。

「リンジー、あいつらに利用されないように、ぼくの命を預かって」

「あ……」

 捕まれば実験材料にされるのだとトピは信じている。

 これほど人間とそっくりで、言葉だって通じるのに──不思議な力を持つ人間ではない生き物だというだけで追われているのだとしたら。その上で利用されるとしたら?

 トピを助ける為に私にできることはこれしかないのだとしたら──私は石を入れられたポケットを強く押さえた。

 足音はもうすぐそばまで近づいている。せんたくの余地はない。

「わかった……大事に預かるわね」

「うん。その石が見つかっても、以前から持っていたと言い張って。昔妖精にもらったって言って。決して誰にもわたさないで、ぼくにもらったことは秘密にして──ぼくは必ず逃げ出してみせるから、それはリンジーが必ず預かっておいて」

「うん、わかったわ」

 通りからバタバタと足音がひびいた。私は怪しまれないようにポケットから手をはなした。ポケットがふくらんでいるのはスカートのプリーツに隠れて見えないはずだ。

 この路地をのぞき込んだのは二人の警官の男たちで、トピの目を見ると近づいてきた。

「妖精発見!──ですがリストにありません」

「なんだと? まさか、容姿が変わっているんじゃないか? ついせきから逃れようとして命をけずるほどに魔力を使ったのか。うちがマグネス王国に減った分の代価をべんしようせにゃならんかもしれん! こうなるまで追いめたやつはげんぽうだ!!」

 二人の内、かつぷくのいい、えらそうな方がっていた。

 若い方の警官は、帳面をポーチにしまうと代わりになわを取りだして、トピにかけた。みような縄で、鉄線をり合わせてできているみたいだった。

 私は口出ししそうになるのをこらえ、だまってそれを見ていた。

「おじようさん、こわかっただろう? 妖精に何かされなかったかね」

 偉そうな方に声をかけられ、私は無言で首をぶんぶん横にった。何か言ったらボロを出してしまいそうだった。

 偉そうな警官はそれでなつとくしてくれたみたいで、おおぎよううなずく。彼らが十分に離れたのを見計らい、私は思い切りためいきいた。

「見つからなかったわよね」

「そうみたい」

 すぐ後ろから返事が聞こえて私は悲鳴をあげかけた。

 振り返ると、そこには赤いドレスを着たようせいがいた。さっきのルビー色の妖精だ。

「る、ルビーの妖精!?」

「……るびーって?」

 七色にかがやく赤いひとみをくりくりさせる彼女に不思議そうにたずねられて、気づいた。

「ご、ごめんなさい。あなたのこと、心の中で勝手にそう呼んでいたの。私はリンジーよ。あなたの名前を教えてもらえればそちらで呼ぶわ」

「名前なんてないけど。……ルビーっていい名前ね?」

「ええ?」

「わたし、これからルビーって名乗ることにする!」

 そう言って妖精はうれしそうに笑った。気に入ってもらえたならそれにしたことはないけれど、名前がないとはおだやかではない気がする。

「それよりリンジー、あの妖精に何をたのまれたんだか知らないけど、今度はわたしを手伝ってよ」

「え? ええいいけど」

「よかった! それじゃ、はいっ」

 ルビーの妖精がふわりとかび上がった。その瞳の中で回る七色の光が一層強くなる。目の前にいる小さな子供はやはり妖精なのだと実感して、不思議なかんがいとらわれている内に、彼女は私の顔に小さな掌を近づけた……と思ったら、両目がいつしゆん熱くなった。

 ここよい温かさが目の奥に広がって、世界が明るく開けたような気がした。

「リンジー、妖精って魔力のかたまりなの。だから妖精の瞳からは溢れる魔力がほとばしって、光って見えるの。知ってた?」

「えっと、知らなかったけど……」

「今、リンジーの目は妖精みたいに輝いているの」

「……え? それじゃ妖精だと思われるんじゃない?」

「そうね。だからリンジーが妖精のふりをして追っ手を引き付けている間に、飛べない妖精や飛べてもたかさらわれるくらい小さい妖精を逃がすことができるよね?」

 ルビーの妖精が七色に輝く赤い瞳をくりくりさせて言う。

 ……私、とんでもないことに巻き込まれたんじゃない? じようきようが理解できてくると、いやあせがじんわりと額に浮いてくる。

つかまっちゃったら、わたしに何かをされて怖くなっちゃったとか、適当なことを言っていいから、ね?」

 ルビーの妖精はにくたらしいぐらいに満面のみだ。

「効果は三分! それじゃ、おとりよろしく!」

 どんっと小さな女の子の体には見合わない鹿ぢからで路地から大通りに押し出される。その先で、二人一組で見回りをしている、さっきとは別の警官たちと目が合った。彼らはすぐさけんだ。

「妖精を発見! リストにありません!」

「それでもいい、捕まえろ! 成人サイズとは大物だぞ! マグネスに売れば大金になる!」

「る、ルビーちゃんのバカぁ!」

 とりあえず、私はげ出した。すぐに捕まって、正直にルビーの妖精──ルビーちゃんにされたことを明かしてもいいけれど、手伝うと言ったのは私だ。

 ……ちゃんと手伝いの内容を聞いてからしようだくするべきだったと思うけれど!

「逃げ足が速いぞ! 回り込め!」

 路地を四回曲がるまで捕まらずにいられたのは我ながらけんとうしたと思う。最後には総勢六人の警官に取り囲まれて、私は捕まってしまった。

 かたを押さえられて、無理やりうでを後ろに回され、ひねりあげられる。

「い、痛い……!」

「しっかり立て!」

 乱暴にさぶられ、うめいた時、だれかが私の腕を捻る警官を止めてくれた。

あらにするな!」

「これはこれは……えいゆうじゆつ殿どの

 私の腕を捻っていた警官が腕を離しながら嫌みっぽく言った。

 私は、私を助けてくれた人の顔を見上げて息を?んだ。こわいぐらいきれいな人──警官たちをにらみつける横顔を見て、そう思った。

 れたようなしつこくかみの毛がくせ一つなく肩に流れていた。鼻筋が通っていて、黒い瞳は覗き込むのが恐いほどき通ったそこぐらい海のようだった。──その目のせいだとわかった。その目がするどすがめられていて、すごみさえ感じさせるから、恐く感じる。

 そして張り詰めた糸のような表情がはくせきぼうりついていて、そのせいで痛々しいほど美しく感じた。

 警官のせせら笑いで、私は現実に引きもどされた。

「ルクレーシャス殿、あなたに妖精をぬすまれないように重々注意しろと、マグネス王国の研究者たちより通達を受けていますよ。それとも、この妖精は元から英雄魔術師であるあなたの持ち物だと主張しますか?」

 彼はルクレーシャスと言うらしい。英雄魔術師──ルビーちゃんが身を寄せているというしきの持ち主が、彼にちがいない。

 彼は、警官に向ける鋭いまなしに一瞬をはらませた後、私を見た。

 切れ長の目は、私に向くと何故なぜやさしくなった。警官を睨んでいる時にはひたすらこうしつに感じられたくろずいしようの瞳がゆるんだ。

「いいや……俺の手元にいた妖精ではないようだ。だが、マグネス王国の研究者たちの所持リストともがつしないようだが?」

「見つけた者勝ちと聞いていますよ、妖精は」

「──俺にこの妖精を売る気はないか?」

 私はおどろきのあまり言葉を失った。私、売買されそうになっているの?

 今さっき私に向けられていた優しい眼差しはなんだったんだろう。思わず見やったルクレーシャスの横顔はかたい表情を浮かべている。私がぽかんとしている内に、こうしようけつれつした。

「研究者に売るつもりですよ。あちらの方がはらいがいいと評判なんでね」

「金額を聞かなければわからないと思うが──」

「魔術師ってやからが、おれは個人的にきらいなんだ。ケチがつくから話しかけないでくれ」

 オークランド王国の典型的な魔術師嫌いの言葉だ。警官にじやけんにされて、ルクレーシャスは無表情で引き下がった。

 けれど、次に私に向けた顔は、やっぱり本当に優しいものだった。走り回ってくしゃくしゃになった私の髪をそっとでつける。こわれものをあつかうような手つきだった。

 ──ごこが悪くて肩をすくめた私の耳元で、彼はささやいた。

「すまない……いつか必ず、助ける」

 耳がくすぐったくて思い切り身を引いたら、ルクレーシャスは苦い笑みを浮かべた。

 あきらめが混じったような傷ついた表情で、そんな顔をさせるつもりがなかった私は驚いた。けれど、弁解もできない内に、ルクレーシャスはローブのすそひるがえして、私たちを置いていってしまった。

 助ける、と彼は言っていた。妖精を買おうとしたのは、妖精を助けようとしてのことなのかもしれない。もし妖精とかんちがいされたまま警官たちに連れて行かれたら、私はどんな目にうんだろう?

 恐くなって警官たちを見上げ顔をうかがったら、彼らの一人が私の目を見て叫んだ。

「え!? 目の光が消えたぞ! 君、妖精ではないのか!?」

「え、ああ……違います。妖精に何かされて……」

 そういえば、と思いながらあわてて答えると、「まぎらわしいをするんじゃない!」とおこられながらも解放された。妖精に魔術をかけられて、パニックになったと思ってもらえたらしい。最後には「わいそうに」と同情までされた。そう言う警官の人たちは悪い人には見えない。

 私ががいしやに見えるぐらい、彼らは妖精をやつかいな存在だと思っているみたいだった。

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