第37話

 しんみりしたその時、


「あ、電子! 元気?」


 桃子の言葉に、俺と電子はズッコケた。


「それはこちらの台詞でござるよ、モモ嬢! 全く、人がどれだけ心配したと思っておられるのやら……見舞い品でござる」


 電子は、綺麗な紙の箱を俺に差し出した。


「開けてみるがよろしい」


 俺はしゃがみ込み、モモの目線に高さを合わせた。ゆっくりと開封する。


「うわあ、すごーい!!」


 そこには、円形のフルーツタルトが鎮座していた。


「うお! 電子、お前奮発したな!」

「なあに、バイトの賃金の〇・二二パーセントでしかござらぬ」


 バイト? 電子が? ううむ、あまり関わりたくない話だな。どんなことをやっているのか見当もつかない。


「ところで電子」


 彼女の出現で頓挫した告白を諦め、俺は電子に、疑問をぶつけてみた。


「今回の警察とか自衛隊の出動、まさかお前が要請したのか?」

「左様でござる」


 電子はざっとその場にひざまずいた。

 エンターテイナーはといえば、一旦病院に収容された後、山荘との繋がりがバレてそのまま逮捕となった。黙秘を貫いているという。

 

 最終決戦が終了し、桃子を背負った俺と残るメンバーは、フィールドを展開したまま俺の家まで撤収した。ただしその前に、俺達にはまだやるべきことが残っていた。


「竜介殿、『彼』の扱いはあれでよかったのでござるか?」


 俺は即答しかねた。『彼』、そう、シュワちゃんがあんな最期を迎えてよかったのか否か。

 結局シュワちゃんは、北郎が背負って家の裏庭まで運んできた。棺桶もなく、土葬という形になってしまう。こればかりは仕方がない。ただ、シュワちゃんの表情が穏やかだったのが、せめてもの救いか。


 思うに、彼は人間になりたかった人造人間などではなかったと思う。一番人造人間らしい『人間』だったのだ。

 もしエンターテイナーが、単なる戦闘マシンとしてシュワちゃんを造ったのであれば、あの手紙にあったような感情をどこで得たというのだろう?

 今俺たちにできるのは一つ。シュワちゃんが『人間として』自分との戦いを続けながら精いっぱい生きたということが、神様に認められることを祈る、ということだ。


 などと思索にふけっていると、


「ねえ、先輩」

「何だ、桃子?」

「あのラノベ……主人公、私に似てませんでした?」

「は?」


 ああ、桃子が涼に読んでやっていた、あのラノベか。


「いや似てねえだろ。あの主人公、頭いいし背高いし」

「じゃあ胸は?」

「そりゃあお前の方があるだろ、桃子!」


 俺は自信満々で言った。


「……」

「……」


 嵌められた。


「なるほど竜介殿、貴殿はやはりロリコンでござったか……」

「ごっ、誤解だ!! ってか『やはり』って何だよ!?」


 俺は『うぎゃあーーー』、だか『うおおーーー』だか喚きながら、自分の頭を何度も壁にぶつけまくった。


「まあ先輩の性癖を探るのはこのくらいにしておいて」


 全く、なんて後輩だ。そう呟いてみたが、桃子は穏やかな笑みを浮かべている。


「私がそのラノベを好きな理由、知ってますか?」

「何だよ、いきなり?」


 主人公が貧乳だという理由で、自分の優位性を感じられるからだ、とか言わねえだろうな。


「テーマが好きなんです」

「ほう?」


 俺は腕を組んで、桃子の批評を拝聴することにした。


「主人公、ラスボスを倒すまでずーっとやられっぱなしじゃないですか」

「そうだな」

「でも、諦めないんです。『運命なんか信じない』って、高々と語るんです」


 確かに、そんな台詞があったな。


「私、そこに惹かれちゃって。だから思わず、エンターテイナーの前で『運命なんか信じない』って流用しちゃったんですよ」


 なるほど、『思わず』ねえ。


「お前もとんだ中二病だな」

「余計なお世話です!」


 と、その時だった。


「おっと、拙者はそろそろ戻らねばならぬでござる。御免!」


 え? なんでこんなタイミングで電子が出ていくんだ? 

 すると、少し語気を震わせながら、桃子が語りだした。


「わ、私、中二病じゃないですか」

「ああ。俺もそう思う」

「ちゅーーー・にびょうじゃないですか」


 唇を突き出すモモ。それを見て思わず、バゴン、と俺の心臓が高鳴った。電子が来る前、すなわち桃子に自分の気持ちを伝えようとした時と同じくらい。いや、それ以上だ。

 俺は平然を装い、告げた。


「ああ。確かにお前は中二病だ」


 落ち着け。冷静になれ、俺。


「先輩も中二病でしょ。ブレイカー能力とフィクサー能力を同時に手に入れられるなんて」

「ま、まあな」


 後頭部に手を遣る俺。すると桃子は、身を乗り出して俺のシャツを掴んだ。


「先輩、ちょっと」


 と言ってそれからもう再度、タコの口のような口を作る。緊張からか、桃子は僅かに肩を震わせていた。目はしっかりと閉じられ、何かを待っている気配もある。

 

 分かったよ。俺のファーストキス、くれてやる。


 俺はそっと瞼を閉じ、そっとモモの肩を抱きしめて――。


THE END

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異能戦場の修復稼業《フィックス・ワーク》 岩井喬 @i1g37310

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